弁護士 師子角允彬のブログ

一般の方に向けて、法律や判例に関する情報を提供して行きます。

義務者の年収が高い場合の婚姻費用の算定-よくある間違ったアドバイス

1.義務者の年収が高い場合の婚姻費用の計算

 ネット上に、

「小室哲哉氏は“8万円”提示? 別居中の生活費『婚姻費用』はどう決まるのか」

という記事が掲載されていました。

https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20191103-00052418-otonans-soci&p=1

https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20191103-00052418-otonans-soci&p=2

 記事には、

「婚姻費用の金額ですが、年収が2000万円以下なら、家庭裁判所が公表している婚姻費用算定表に互いの年収を当てはめることで計算できます。例えば、夫の年収が1000万円、妻が100万円なら、婚姻費用は月13万円、夫が600万円、妻が無収入なら、月9万円という具合です(いずれも給与所得者で数字は総支給額)。」

「しかし、算定表の上限は、給与所得者の場合は2000万円、自営業者の場合は1400万円なので、これを超える場合、算定表を使うことは難しいです。どうすればよいのでしょうか。

「今度は、家庭裁判所が公表している『新しい算定方式』(判例タイムズ1111号291頁)という別の計算式を使います。具体的な算定方法は以下の通りですが、夫の年収が1億円、妻が無収入なら、婚姻費用は毎月約166万円が妥当な金額です。裁判所を通した場合、毎月8万円では済まされないでしょう。」

などと婚姻費用に関する考え方が記載されています。

 しかし、これは、よくある類の間違ったアドバイスです。

2.婚姻費用算定表と「新しい算定方式」との関係

 記事の論者が指摘している「新しい算定方式」というのは、正確には、三代川俊一郎ほか『簡易迅速な養育費等の算定を目指して-養育費・婚姻費用の算定方式と算定表の提案』判例タイムズ1111-285です(以下「三代川論文」といいます)。三代川論文が掲載されているのは、2003年4月1日に発行された判例タイムズという雑誌です。今から16年以上前の論文であり、全然新しくはないため、「新しい算定方式」というのは誤解を招く表現です。

 婚姻費用算定表は、三代川論文に添付されている表です。

 三代川論文は、義務者の収入が、給与2000万円・自営1409万円までの事案を念頭に、年収区分毎に基礎収入割合をシミュレートし、それを一定の数式に組み込むことにより、婚姻費用を計算しようとする試みです。

 三代川論文をきちんと読んでいれば、三代川論文添付の婚姻費用算定表からはみ出ている場合に、三代川論文本文に書かれている計算式を用いて婚姻費用を計算しようという発想にはならないのではないかと思います。

3.義務者の年収が高い場合の婚姻費用の認定

 義務者の年収が高すぎて婚姻費用算定表を用いることができない場合に、婚姻費用をどのように認定するかに関しては、比較的早くから問題意識がもたれていました。

 この点を論じたのが、岡健太郎『養育費・婚姻費用算定表の運用上の諸問題』判例タイムズ1209-4です(以下「岡論文」といいます)。

 2006年7月15日に発行された岡論文には次のとおり書かれています。

「算定表は、給与所得者の基礎収入の割合を総収入の34~42%、自営業者の基礎輸入の割合を47~52%の範囲内として計算している。基礎収入割合は収入に応じて変動し、所得が高額になるほど小さくなるが、これらの基礎収入割合は、給与所得者について2000万円、自営業者については1409万円を上限として算出されたものであるから、総収入がこれらの上限額を超える場合には、基礎収入割合が更に小さくなるものと思われる。ただ、高額所得者の場合、生活実態も様々である上、公租公課の額も異なるので、算定表の予定する基礎収入割合を用いることができない。

(中略)

「婚姻費用については、もっぱら各事案の個別的事情を考慮して基礎収入の額を認定することになろう。

(中略)

総収入の額が算定表の上限額に比較的近い事案については、基本的に、概ね算定表の上限額を婚姻費用の分担額と認定することで足りるであろう。また、これまでの審判例や婚姻費用の性格(あくあで生活費であり、従前の贅沢な生活をそのまま保障しようとするものではない。)からすると、よほどの事情がない限り、婚姻費用の額が月額100万円を超えることはないように思われる。

 私の理解では、この岡論文は現在の裁判実務にも大きな影響を及ぼしていて、義務者の年収がどれだけ高かろうが、100万円を超える婚姻費用月額が認定されることは殆どないだろうと思います。義務者の年収が高額である場合でも、三代川論文の数式を機械的にあてはめて婚姻費用を算定したという例は私の知る限りありません。

4.最近の裁判例

 今年の4月1日発刊の判例タイムズに義務者が年収1億5000万円を超える高額所得者である場合の婚姻費用額が争点になった裁判例が掲載されていました。東京高決平29.12.15判例タイムズ1457-101です。

 この事案で認定された婚姻費用は、月額75万円です。義務者の年収が1億5000万円を超えていても75万円で166万円の半額以下です。

 東京高裁は同居中及び現在の生活状況から婚姻費用の額を算定しました。

 義務者の年収が高い場合の婚姻費用の算定方法は、標準算定方式を修正して計算する方法と、同居中及び現在の生活状況から算定する方法に大別されます。東京高裁の決定は後者の方法によるものです。前者による考え方も存在はしますが、三代川論文に掲載されている数式を修正することもなく、そのまま適用するという発想は普通の法曹実務家にはないと思います。

5.ネットで得た法律知識をあまり真に受けないこと

 ネットに掲載されている法律知識は本当に玉石混交です。専門家が読めば正確な情報か、胡散臭い情報かは一見して分かりますが(離婚事件をある程度取り扱っている弁護士であれば、義務者の年収がはみ出る事例の一つや二つ経験しているのが普通であり、実体験として裁判所が三代川論文の数式をそのままあてはめていないことは知っていると思います)、一般の方にとっては難しいと思います。

 ネットで聞きかじった知識をもとに法律相談に来られ、相談の中で訂正をするというパターンは多くみられますが、義務者の年収が高い場合の婚姻費用の算定についての法曹実務家の標準的な理解は上述のとおりだと思います。

 なお、記事に関しては、他にも突っ込みたくなるところはあり、本記事で指摘した以外の点が正しいという趣旨でないことも指摘しておきます。