1.患者から看護職員へのセクハラ
ネット上に、
「看護職員の2割がセクハラ経験 8割が『辞めたい』」
との記事が掲載されていました。
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190513-00000058-asahi-soci
記事によると、看護職員を対象とする調査で、
「セクハラを受けた経験があるのは21%で前回と同じだった。患者から受けたのが60%で最も多く、医師の28%が続いた。」
とのことです。
記事には、
「7割以上が仕事にやりがいを感じていると答えた一方、『十分な看護が提供できている』としたのは15%にとどまった。8割近くが『仕事を辞めたい』と答え、最も多い理由は『人員不足で仕事がきつい』だった。」
とも書かれています。
「看護職員の2割がセクハラ経験 8割が『辞めたい』」という目を引く表題が付けられていますが、セクハラのせいで職員の8割が辞めたいと思っているというわけではなさそうです。
ただ、職員の2割にも及ぶ人がセクハラを受けた経験があるというのは、かなり多いなと思います。
また、気になったのは、2014年の前回調査と数値が殆ど変化していないことです。
報道のもとになったアンケート調査は、自治労連のホームページ上に公開されていました。
https://www.jichiroren.jp/sys/wp-content/uploads/2019/05/1688a9a6667af85406625e12e54cea24.pdf
この中には、
「『セクハラ』に関する問いに対し、前回の 2014 年の調査では 20.9%、今回の 2018 年の調査では 20.5%と、5人に 1人の看護職員がセクハラを受けた事があると答えています。また、『誰からか』については、前回・今回とも変化は見られず約 6 割が患者からと答えました。」
と書かれています。
4年間に渡り、問題が問題として残り続けて改善のきざしが見えないことは、深刻な事態ではないかと思います。
2.男女雇用機会均等法11条
男女雇用機会均等法11条1項は、
「事業主は、職場において行われる性的な言動に対するその雇用する労働者の対応により当該労働者がその労働条件につき不利益を受け、又は当該性的な言動により当該労働者の就業環境が害されることのないよう、当該労働者からの相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備その他の雇用管理上必要な措置を講じなければならない。」
と規定しています。
厚生労働省は上記の必要な措置を講じるための指針を作成するとともに、その内容をパンフレットで公表しています。
https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-11900000-Koyoukintoujidoukateikyoku/00.pdf
ここには
「事業主、上司、同僚に限らず、取引先、顧客、患者、学校における生徒などもセクシュアルハラスメントの行為者になり得る」
ことが明記されています。
つまり、事業主は、上司や同僚からのセクハラから労働者を守らなければならないだけではなく、取引先や顧客によるセクハラからも労働者を守らなければならないということです。
病院には、病院職員を患者によるセクハラから守る義務があります。
3.自治体病院職員にも男女雇用機会均等法11条は適用される
本件でアンケートの対象になっているのは、自治体病院で働いている方です。自治体病院の職員の勤務形態には、公務員型と非公務員型があります。
男女雇用機会均等法11条は、法律の第二章第二節に規定されています。第二条第二節の規定は一般職の国家公務員等には適用されませんが、地方公務員には適用されます。したがって、自治体病院に働いている方に関していえば、公務員型だろうが非公務員型だろうが、いずれにせよ男女雇用機会均等法11条によって事業主に対し保護を求めることが可能です(男女雇用機会均等法32条参照)。
なお、適用除外とされている一般職の国家公務員等に関しても、個別的な手当が予定されているのであり、野放しになっているわけではありません。例えば、一般職の国家公務員に関しては、人事院規則10-10(セクシュアルハラスメントの防止等)によって手当されています。
4.セクハラで退職した職員との労働問題(逸失利益の損害賠償)
(1)損害賠償請求事件
セクハラの被害を受けた職員が退職した場合、事業主と職員との間で法的紛争が発生することがあります。典型的には、職員から事業主に対して損害賠償が請求されることがあります。
(2)環境型セクハラを防止すべき義務
使用者にセクハラの防止義務があることは明らかです。
例えば、広島高判平16.9.2労働判例889-29下関セクハラ(食品会社営業所)事件では、
「使用者は、従業員に対し、良好な職場環境を整備すべき法的義務を負うと解すべきであって、セクシュアル・ハラスメントの防止に関しても、職場における禁止事項を明確にし、これを周知徹底するための啓発活動を行うなど、適切な措置を講じることが要請される。したがって、使用者がこれらの義務を怠った結果、従業員に対するセクシュアル・ハラスメントという事態を招いた場合、使用者は従業員に対する不法行為責任を免れないと解すべきである。」
「しかも、平成11年4月1日、セクシュアル・ハラスメントの防止に係る事業主の責務を明示した、『雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律』の改正法が施行され、また、『事業主が職場における性的な言動に起因する問題に関して雇用管理上配慮すべき事項についての指針』(労働省告示第20号)が適用されるに至ったのであるから、同日以降、使用者としては、セクシュアル・ハラスメント防止のための適切な措置を講じることがいっそう強く要請されるというべきである。」
と良好な職場環境を整備すべき法的義務を懈怠してセクハラが発生するという事態を招いた場合、事業主に不法行為責任が発生することを宣明にしています。
(3)発生したセクハラに適切な事後措置(真相解明・再発防止策)をとる義務
また、事業主には、セクハラが発生した時に適切な事後措置をとる義務があります。具体的には、事実関係を調査したうえ、再発を防止するための措置をとることが必要です。
例えば、京都地判平9.4.17労働判例716-49 京都セクシュアル・ハラスメント(呉服屋販売会社)事件は、女子更衣室がビデオカメラで撮影されていることが発覚した事案について、
「被告会社は、何人がビデオ撮影したかなどの真相を解明する努力をして、再び同じようなことがないようにする義務があったというべきである。」
と真相解明・再発防止義務があることを明らかにしています。
また、仙台地判平13.3.26労働判例808-13 仙台セクハラ(自動車販売会社)事件でも、男子従業員が女子トイレ内に侵入したことが発覚したという事案において、
「事業主は、雇用契約上、従業員に対し、労務の提供に関して良好な職場環境の維持確保に配慮すべき義務を負い、職場においてセクシャルハラスメントなど従業員の職場環境を侵害する事件が発生した場合、誠実かつ適切な事後措置をとり、その事案にかかる事実関係を迅速かつ正確に調査すること及び事案に誠実かつ適正に対処する義務を負っているというべきである。」
「被害回復、再発防止のための適切な対処をする義務が存在したというべきである」
などと、やはり真相解明、再発防止策を講じる義務を認めています。
(4)退職により逸失した利益まで損害賠償の対象になることもある
上述のとおり、事業主にはセクハラを防止する義務、セクハラが発生してしまったら真相解明・再発防止策を講じる義務があります。
これを怠って従業員が退職してしまった場合、退職していなければ得られたであろう賃金に相当する額まで損害として請求できることもあります。
例えば、青森地判平16.12.24 労働判例889-19青森セクハラ(バス運輸業)事件は、具体的な生活実態を踏まえた事例判断ではありますが、
「被告乙田のセクハラ行為及び同S交通の前記対応と原告の退職との間には相当因果関係があるものと認められる。」
「本件原告については、被告S交通を退職した後少なくても1年間を再就職をすることの困難な期間として認めるべきであるから、その間における得べかりし給与相当額については被告らの行為と相当因果関係にある損害(逸失利益)として認められるべきである。」
と判示し、1年間分の給与額に相当する逸失利益の賠償を認めています。
5.セクハラには早急な取り組みが必要/労働者側はセクハラの防止・再発防止に取り組んでくれない使用者には見切りを付けることも選択肢に
労働者にとって、セクハラは離職を決意させる理由になります。実際に労働者が退職すると、使用者は人手が足りなくなるだけではなく、慰謝料に加えて逸失利益まで賠償を求められるリスクを負うことになります。患者からのセクハラが多発しているという実態があるのであれば、それに取り組むのは急務だと思います。
労働者側としては使用者がいつまで経っても適切な対応をとってくれない場合、見切りを付けて退職し、慰謝料に加えて再就職までに必要な期間に相当する逸失利益の賠償まで請求してみても良いかも知れません。
現状を改善するためには、例え顧客(患者)であったとしても、ダメなものはダメだときちんと言い切って行くことが必要かと思います。