弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

勤務成績の不良を理由とする医師への免職処分(公務員にも身分の安定していない職種はある)

1.条件付採用期間中の医師が勤務成績不良を理由に分限免職処分を受けた事案

 条件付採用期間中の医師に対し、勤務成績不良等を理由として行った分限免職処分の適法性が争われた事件が判例集に掲載されていました(札幌高判平30.8.9労働判例1197-74 雄武町・町長(国保病院医師)事件)。

2.条件付採用制度

 地方公務員法22条1項本文は、

「臨時的任用又は非常勤職員の任用の場合を除き、職員の採用は、全て条件付のものとし、その職員がその職において六月を勤務し、その間その職務を良好な成績で遂行したときに正式採用になるものとする。」

と規定しています。民間で言うところの試用期間に対応する仕組みです。

 本件で原告・控訴人となったのは、この規定に基づいて条件付きで任用された医師の方です。

3.分限免職処分

 地方公務員法には、分限処分という仕組みがあります(地方公務員法28条)。

 分限処分は公務の能率の維持及びその適正な運営の確保という目的から行われる処分をいいます。勤務実績が良くないなどの一定の事由がある場合、任命権者は職員を免職するなどの措置をとることができます。

 本件で問題になったのも、分限としての免職処分です。

4.問題の医師は何をしたのか?

 本件で問題とされた医師の行為は、

「D看護師に対し、処方すべき薬剤を誤って伝えた上、当該薬剤の処方を求めた同看護師を怒鳴り付け、詰め寄るなどしたこと」

「B事務長に対し、体当たりし、詰め寄るなどしたこと」

「人工透析が必要な患者らがいるんもかかわらず、十分な対応をしなかったこと」

「レントゲン撮影をすべき部位を3回ほど誤って指示したこと」

です。

 裁判では、これらの行為から、医師の勤務成績が不良であったといえるかが争われました。

5.指導や研修を行うことなく免職することは裁量権の誤りか?

 本件の争点は多岐に渡りますが、原告・控訴人となった医師が提起した問題の一つに、事前の指導や研修が行われていないということがあります。

 医師は、事前に指導や研修が行われることなく免職処分をしたことを、自治体が裁量権の行使を誤ったといえる事情の一つとして指摘しました。

 しかし、裁判所は、

原告は医師として約14年間の経験があり、それまでにも医長や副院長といった要職に就いたことがあったのであって、これほどの経験と経歴を有する原告に対して改めて指導や研修をしなければならないとは考えにくいし、そもそも、前記(1)で認定した各事実、とりわけ合理的な理由もなく看護師を怒鳴りつけ、詰め寄るなどしたこと、医師が行うべき業務を合理的な理由もないのに行わなかったことは、それらの理由として原告が述べているところに鑑みると、社会人として、あるいは医師としての心構えの問題というべきである。原告は、医師として当然行うべきことをせず、あるいは社会人として明らかに相当性を欠く言動をしていあのであって、このようなことについて、指導や研修を受けていないなどと主張すること自体が、原告の問題の根深さを示すものであるといわなければならない。

と原告の主張を排斥し、分限免職処分は適法であると判示しました。

 上記は原審となった地裁の判示を抜き出したものですが、上記の判示は高裁でもそのまま維持されています。

6.公務員にも地位の不安定な職種はある

 公務員は安定していると言われます。

 しかし、公務員だから押しなべて地位が安定しているというわけではありません。

 民間でも高度な職務遂行能力が期待されて中途採用された専門職などに対しては、標準的な労働者との比較において緩やかに解雇が認められる傾向にありますが、公務員の場合にも似たような利益衡量が働くのだと思われます。

 特に、事前の指導や研修の機会が付与されていないことを主張したことに対し、

「主張すること自体が、原告の問題の根深さを示すものである」

とそれ自体を消極的に評価していることに関しては、民間の場合でもあまり見られないほど厳しい判示ではないかと思います。