1.労働基準法違反と差止請求
労働基準法1条は、
「労働条件は、労働者が人たるに値する生活を営むための必要を充たすべきものでなければならない。」
「② この法律で定める労働条件の基準は最低のものであるから、労働関係の当事者は、この基準を理由として労働条件を低下させてはならないことはもとより、その向上を図るように努めなければならない。」
と規定しています。
要するに、労働基準法で定められている労働条件は、
人たるに値する生活を営むため最低の基準だ
ということです。
そう考えると、労働基準法違反行為に対して、労働者としては差止を請求することができてもよさそうです。人たるに値する生活を営むための最低の基準を下回っているような状態は、人格権を侵害していると言えるように思います。
しかし、実務上、労働基準法違反行為に対して検討の対象とされてきたのは、主には損害賠償請求等の金銭請求です。労働法の概説書でも差止請求を扱ったものは少なく、個別労働関係紛争(労働条件その他労働関係に関する事項についての個々の労働者と事業主との間の紛争)との関係では、川口美貴 著『労働法 第9版』(信山社、2025年)197頁に、
「労働者が顧客・利用者等からハラスメントを受けた場合、①当該顧客・利用者等に対し、当該行為が不法行為(民709条)に該当する場合は損害賠償を請求することができ、将来もそのような行為がなされる蓋然性が高い場合は差止請求も可能であり・・・」
といった記述がみられるくらいです。
このような状況の中、近時公刊された判例集に、労働基準法違反行為(休憩付与義務違反)に対する差止請求を認容した裁判例が掲載されていました。一昨日、昨日と紹介している、東京地判令7.4.22労働判例1332-15 ジェットスター・ジャパン事件です。
2.ジェットスター・ジャパン事件
本件で被告になったのは、定期航空運送事業等を行う株式会社です。
原告になったのは、被告との間で労働契約を締結し、客室乗務員として勤務している方複数名です。
休憩時間が付与されない勤務を命じられ、これに従事したことにより精神的苦痛を受けたとして慰謝料を請求するとともに、
人格権に基づいて休憩時間が付与されない勤務の差止めを請求した
のが本件です。
本日、注目したいのは、差止請求の可否についてです。
裁判所は、労働基準法違反(法34条 休憩付与義務違反)を指摘したうえ、次のとおり述べて、差止請求を認めました。
(裁判所の判断)
「労基法34条の趣旨は、労働者の心身の健康の維持にあるところ、心身の健康等は、排他的な権利としての人格権として保護されるべき法益というべきである。そして、労基法で定める労働条件の基準は最低のものであること(同法1条2項参照)を考慮すると、使用者が労働者に対して同法34条1項に違反する勤務を命ずることについては、労働者がこれを受忍すべき合理的理由はなく、労働者の人格権を違法に侵害する行為というほかない。」
「本件において、前記・・・で説示したとおり、被告は、原告35以外の原告らに対し、令和元年12月及び令和3年12月に、少なくとも各1回ずつ、原告35に対し、令和元年12月及び令和4年7月に、少なくとも各1回ずつ、労基法34条1項に違反する勤務を命じ、これに従事させていたというのであって、被告の行為は、現職原告らの人格権を違法に侵害するものというべきである(なお、現職原告らは、被告が同項所定の休憩時間の付与のない勤務を命ずることを差し止めることを求めているが、労基規則32条2項所定の時間があれば、休憩時間の付与がなくとも、その勤務を命ずることが違法とはいえないから、現職原告らの請求は、その限度においては、失当というほかない。)。」
「そして,原告らに命じられていた勤務は、発着陸回数や勤務時間等の点において、原告ごとに特に偏りがあったわけではなく、別紙4『勤務状況一覧表』に記載の勤務以外にも、本件各勤務パターンと1日の発着陸回数が同じで、勤務時間がより長く、便間時間が同じか、より短い勤務を命じられたことがあったのは前記認定のとおりである上、その後、勤務パターンが、労基法34条1項の休憩時間又は労基規則32条2項所定の時間が確保されていると認められるものに変更されたといった事情も見当たらず、かえって、認定事実・・・によれば、令和6年11月以降も、各便間時間から便間業務時間である35分を差し引くと、業務外便間時間の合計時間が労基法34条1項所定の休憩時間数に達しておらず、休憩時間及び労基規則32条2項所定の時間が確保されていない勤務が行われていることが認められることに照らすと、将来にわたって、被告が、現職原告らに対し、同様の勤務を命ずることで、現職原告らの人格権を侵害する行為が継続する蓋然性も認められる。そうすると、当該行為を差止める必要性が認められる。」
「以上によれば、現職原告らの差止め請求は、被告が、現職原告らに対し、労働時間が6時間を超える場合においては少なくとも45分、8時間を超える場合においては少なくとも1時間の休憩時間を付与しない勤務(ただし、労基規則32条2項所定の時間の合計が上記休憩時間に相当する場合を除く。)を命ずることの差止めを求める限度で理由がある。」
3.差止請求が認められた
以上のとおり、裁判所は原告の差止請求を認めました。
労働基準法違反に対して差止請求が行われた事案はそれほど目にすることがなかったのですが、こうした手段の存在が周知されたことは、かなり画期的なことだと思います。応用できる範囲が広く、裁判所の判断は、実務上参考になります。