1.典型的な使用者側の主張-勝手に忙しくしていた
割増賃金(残業代)を請求した場合でも、労災民訴で損害賠償を請求した場合でも、使用者側から「勝手に忙しくしていた」と反論されることがあります。
労働者が気を遣って述べたと思われる「家に居場所がない」「家にいるよりも職場にいた方がいい」などの片言隻句に依拠し、延々とこうした非常識的な主張を展開されると辟易します。
当然、こうした反論が裁判所で通ることはあまりないのですが、近時公刊された判例集にも、使用者側のこうした主張を排斥した裁判例が掲載されていました。福岡地判令5.2.28労働判例1332-98 トワード事件です。
2.トワード事件
本件で被告になったのは、貨物自動車による運送業及び倉庫業等を目的とする株式会社です。
原告になったのは、被告との間で労働契約を締結し、製品の仕分け・検品やフォークリフトによる荷下ろし業務等に従事していた方です。長時間労働によって双極性障害を発症したと主張し、労災認定を受けた後、被告に対して損害賠償を請求する訴えを提起したのが本件です。
本件では被告の注意義務違反ないし安全配慮義務違反の有無が争点の一つになりました。この争点との関係で、被告は、次のとおり主張しました。
(被告の主張)
「原告が勤務していたヤクルトのデポ部門は、平成26年6月以降、社員4名で業務を担当していた。同年7月末に上記社員が退職した際も、人員補充を適切に行うとともに、他のセンターからの応援によって、4人態勢を維持していた。この点、本来社員4人で行うべき業務を、社員の退職後、原告及び別の社員1名の2名に担当させ、さらに同社員の退職後、原告1名に担当させるなどということはおよそ不可能である。」
「例年8月は、食品倉庫・運送業の繁忙期であるが、平成26年8月については、部門の再編成を行ったことで、格別に忙しく、社員の多くが長時間労働を行わざるを得ない状態であった。しかしながら、同年9月に入ると、荷物の量も減り、人員にも多少余裕が出たため、原告の上司は、原告に対し、早く帰宅するよう促していたものの、原告はこれに応じなかった。」
「原告は、自分が一家の稼ぎ頭である、家にいるより職場にいるほうがずっと楽しいなどと話して、自発的にフォークリフトの運転業務を行っており、上司から勧められても休もうとせず、自ら進んで残業を行っていた。したがって、原告の過労は自らが作り出した部分が多いというべきである。」
「仮に、原告が被告における過重労働を原因として本件疾病を発症したと認められるとしても、被告に予見可能性はなかった。」
しかし、裁判所は、次のとおり述べて、被告の注意義務違反・安全配慮義務違反を認めました。
(裁判所の判断)
「労働者が労働日に長時間にわたり業務に従事する状況が継続するなどして、疲労や心理的負荷が過度に蓄積すると、労働者の心身の健康を損なう危険があることは、広く知られているところである。したがって、使用者は、その雇用する労働者に従事させる業務を定めてこれを管理するに際し、労働者の労働時間、勤務状況等を把握して、労働者にとって長時間又は過酷な労働とならないように配慮するのみならず、業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないように注意する義務を負うと解するのが相当であり、かかる義務は、使用者が雇用契約に付随して被用者に対して負う信義則上の安全配慮義務であるとともに、一般不法行為法上の注意義務でもあるというべきである(最高裁平成10年(オ)第217号、同年(オ)第218号平成12年3月24日第二小法廷判決・民集54巻3号1155頁参照)。」
「これを本件についてみるに、被告は、使用者として、原告を主にフォークリフト業務に従事させていたところ、同部署から退職者が出た際にも適切な人員体制の整備や業務量の調整を行い、原告に過重な業務を行わせることのないよう労働環境を整備すべき注意義務を負っていたといわざるを得ない。」
「そして、被告は、シフトの調整やタイムカードの確認等の際に、原告の労働時間を把握することができたにもかかわらず、原告を極めて長時間の労働に従事させているのであり、原告が本件疾病を発症する前の時間外労働時間数は、発症1か月前(平成26年9月28日から10月27日まで)が126時間41分、発症2か月前(同年8月29日から同年9月27日まで)が182時間58分、発症3か月前(同年7月30日から同年8月28日まで)が100時間55分に及んでいたものであって(認定事実(2)キ)、原告を心理的負荷の強い著しい長時間労働に従事させていたことは明らかであって、被告が上記義務を怠ったものと認めるのが相当である。」
「したがって、被告には、不法行為を構成する注意義務違反があったものと認められる。」
「被告は、平成26年8月は、デポ部門の業務が繁忙であり、社員の多くが長時間労働を行わざるを得ない状況であったとし、その中でも乳デポグループにおいて人員補充を適切に行った旨主張する。」
「しかしながら、他の社員も長時間労働を行わざるを得なかったことをもって、被告が上記注意義務を免れられるものではない。そして、上記・・・のとおり、原告の時間外労働時間が著しく長時間となっている以上、被告が主張する人員補充が不十分であったことは明らかである。この点、同年7月以降、原告が所属する乳デポグループから退職者が出ていたところ・・・、部門長補佐としての業務と兼任をしていたe補佐が応援に入っていたほか、九州ハブ低温センターや福岡低温センターの他のグループからも応援の人員が出されてはいるものの、応援の人員は比較的簡単な作業を行うにとどまっていたことからすれば・・・、応援の人員が配置されることによっても、原告の業務負担が軽減されていたとはいえず、被告が上記注意義務を尽くしていたとは評価できない。」
「さらに、被告は、同年9月頃には、業務量が減ったことから原告に早期の帰宅を促したものの、原告がこれに従わなかったものであり、原告の過労は自ら作り出した部分が多い旨主張する。」
「しかしながら、原告が本件疾病の発症直前の3か月間に極めて長時間の労働に従事していたことは上記のとおりである。また、原告において担当業務がないにもかかわらず帰宅しなかったというのであれば、被告としては業務命令等により、強く帰宅を促すべきであった。そうすると、原告が自ら自身の過労を作り出したということはできない。」
「以上によれば、被告の上記主張は、いずれも採用することができない。」
3.帰宅を促す業務命令は出されているか?
上述のとおり、裁判所は、担当業務がないのに帰宅していなかったのであれば、業務命令によって帰宅を促すべきであったとして、労働者が過労を自ら作り出していたという被告の主張を排斥しました。
判示されているのは当たり前のことではありますが、使用者側の典型的な主張に対する返しとして、裁判所の判断は実務上参考になります。