弁護士 師子角允彬のブログ

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労働者派遣:労働契約申込みのみなし制度-偽装請負類型の「法律の規定の適用を免れる目的」の認定Ⅱ

1.労働契約申込みのみなし制度-偽装請負類型

 労働者派遣法40条の6第1項5号は、労働者派遣の役務の提供を受ける者が、

この法律又は次節の規定により適用される法律の規定の適用を免れる目的で、請負その他労働者派遣以外の名目で契約を締結し、第二十六条第一項各号に掲げる事項を定めずに労働者派遣の役務の提供を受け」

た場合、

「その時点において、当該労働者派遣の役務の提供を受ける者から当該労働者派遣に係る派遣労働者に対し、その時点における当該派遣労働者に係る労働条件と同一の労働条件を内容とする労働契約の申込みをしたものとみなす。(ただし、労働者派遣の役務の提供を受ける者が、その行つた行為が次の各号のいずれかの行為に該当することを知らず、かつ、知らなかつたことにつき過失がなかつたときは、この限りでない)」

と規定しています。

 分かりやすく言うと、偽装請負をした場合、その時点で派遣先(注文事業者)は労働者に対して労働契約の申し込みをしたことになるということです。

 この場合、労働者の側で派遣先(注文事業者)に承諾の意思表示をすれば、労働者は派遣先(注文事業者)との間に労働契約が締結されたと主張することができます。

2.適用のハードル

 偽装請負が疑われるケースは実務上それほど稀なことではなく、この仕組みは画期的なものです。

 しかし、その割には、労働者派遣法40条の6第1項5号は、あまり積極的に活用されているようには思われません。

 活用されていないことには幾つかの理由がありますが、その一つは「この法律又は次節の規定により適用される法律の規定の適用を免れる目的」(脱法目的・適用潜脱目的)という主観的要件のハードルが高いことです。

 この要件について判示した東京地判令2.6.11労働判例1233-26 ハンプティ商会ほか1社事件は、

「労働者派遣法40条の6第1項5号が、同号の成立に、派遣先(発注者)において労働者派遣法等の規定の適用を『免れる目的』があることを要することとしたのは、同項の違反行為のうち、同項5号の違反に関しては、派遣先において、区分基準告示の解釈が困難である場合があり、客観的に違反行為があるというだけでは、派遣先にその責めを負わせることが公平を欠く場合があるからであると解される。そうすると、労働者派遣の役務提供を受けていること、すなわち、自らの指揮命令により役務の提供を受けていることや、労働者派遣以外の形式で契約をしていることから、派遣先において直ちに同項5号の『免れる目的』があることを推認することはできないと考えられる。また、同項5号の『免れる目的』は、派遣先が法人である場合には法人の代表者、または、法人から契約締結権限を授権されている者の認識として、これがあると認められることが必要である。

との解釈を示しました。

 これは、嚙み砕いて言うと、

偽装請負が現になされていること(派遣先が自らの指揮命令により役務の提供を受けていること)を立証しても、なお脱法目的が推認されない、

脱法目的は、現場担当者レベルではなく、法人代表者や契約締結権限者において認められる必要がある、

ということです。

 ここまで厳しいハードルを課されてしまうと、脱法目的であることの立証は、極めて困難になります。そのため、偽装請負での労働契約申込みのみなし制度は、活用されにくい仕組みになっています。

3.適用要件の緩和?

 こうした状況の中、昨年11月、注目すべき裁判例が出現しました。大阪高判令3.11.4労働判例1253-60 東リ事件です。

 以前、このブログでもご紹介させて頂きましたが、東リ事件は、脱法目的・適用潜脱目的の認定について、

「主観的要件は、労働者派遣の役務の提供を受ける者が自らこれを認めるような場合を除き、通常、客観的な事実から推認することになると考えられるが、偽装請負等の目的という主観的要件が特に付加された趣旨に照らし、偽装請負等の状態が発生したというだけで、直ちに偽装請負等の目的があったことを推認することは相当ではない。しかしながら、日常的かつ継続的に偽装請負等の状態を続けていたことが認められる場合には、特段の事情がない限り、労働者派遣の役務の提供を受けている法人の代表者又は当該労働者派遣の役務に関する契約の契約締結権限を有する者は、偽装請負等の状態にあることを認識しながら、組織的に偽装請負等の目的で当該役務の提供を受けていたものと推認するのが相当である。

と客観的な事情に基づいて、脱法目的・適用潜脱目的を認定することを認めました。

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 これは、かなり画期的な判断であり、公刊物に掲載された当時、話題を呼びました。裁判例の傾向が変わるのではないかと状況を注視していたところ、近時公刊された判例集に同系統の判断を行った名古屋高裁の事案が掲載されていました。名古屋高判令3.10.12労働判例1258-46 日本貨物検数協会(日興サービス)事件です。

4.日本貨物検数協会(日興サービス)事件

 本件で原告になったのは、日興サービス株式会社(日興サービス)との間で期間の定めのない労働契約を締結し、被告の名古屋市内にある事務所で働いていた人達です。この働き方がいわゆる偽装請負に該当するとして、労働契約申込みのみなし制度に基づいて承諾の意思表示を行ったと主張し、労働契約上の権利を有する地位の確認を求めて被告を訴えました。原審が原告の請求を棄却したため、原告側が控訴したのが本件です。

 他の論点との関係で請求棄却の結論は維持しましたが、名古屋高裁は、脱法目的・適用潜脱目的に関しては、次のとおり判示したうえ、その存在を肯定しました。

(裁判所の判断)

「善意無過失による適用免除は、同条1項各号に掲げる違反行為の全て(1~5号)を対象としているのに対し、適用潜脱目的という主観的意図は、5号の違反行為(いわゆる偽装請負)のみの要件とされている。これは、平成24年改正の際の議論・・・をも踏まえると、1~4号の違反行為は労働者派遣が許されない場面であり、1~4号に該当する行為を行ったことという客観的事実の認識(悪意)又は認識可能性(過失)があれば、当該労働者派遣の役務の提供を受けた者に民事的な制裁としての申込みみなし制度の適用を認めてよいと考えられるのに対し、5号の違反行為(偽装請負)は労働者派遣が許されない場面ではなく違法状態にあるにとどまる上、その態様や違法状態の程度にも種々のものがあり(例えば、労働者派遣における指揮命令と請負における注文者の指図との区別が微妙な場合等があり得る。)、5号に該当する行為を行ったことという客観的事実の認識(悪意)又は認識可能性(過失)があっても、それだけでは民事的な制裁としての申込みみなし制度の適用を直ちに認めることが適当でない場合もあり得ることから、そのような場合を同制度の適用対象から除外するために加重された要件と解される。」
「そうすると、5号の適用潜脱目的は、5号に該当する行為を行ったこと(労働者派遣以外の名目で契約を締結していること及び当該契約に基づき労働者派遣の役務の提供を受けていること)という客観的事実の認識(悪意)から直ちにその存在が推認されるものではないが、他方で、その存在を直接的に示す証拠(行為主体の指示や発言)がなければ認められないものでもなく、その存在を推認させる事情が存在する場合はもとより、上記客観的事実の認識があり、かつ、それにもかかわらず適用潜脱目的ではないことをうかがわせる事情が一切存在しないような場合にも、その存在を推認することができるというべきである。

5.指示や発言がなくても、客観的事実から推認可能

 本裁判例も、東リ事件と同じく、客観的事情から脱法目的・適用潜脱目的を認定することを認めました。大阪高裁だけではなく名古屋高裁でもこうした判断が出たことは、労働契約申込みのみなし制度の利用の活性化に繋がる可能性を持った画期的なことだと思われます。

 今後の裁判例の動向が更に注目されます。