弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

労働者派遣:労働契約申込みのみなし制度-承諾の意思表示の内容

1.労働契約申込みのみなし制度

 労働者派遣法40条の6第1項は、一定の行為を行った派遣先について、派遣元と同一の労働条件で派遣労働者に契約の締結の申込みをしたものとみなすという仕組みを規定しています。

 例えば、労働者派遣法の適用を免れる目的で偽装請負をした場合(労働者派遣法40条の6第1項5号)、派遣先(注文事業者)は労働者に対して労働契約の申し込みをしたことが擬制されます。この場合、派遣労働者は派遣先(注文事業者)に対して承諾の意思表示をすれば、派遣先(注文事業者)との間に労働契約が締結されたと主張することができます。

 承諾をしたとしても、従前の労働条件が承継されるわけではありません。同一の労働条件を内容とする労働契約が承継されるわけではなく、飽くまでも労働契約が新たに成立するだけであるにすぎません。

 契約は申込みと承諾の意思の合致により成立します(民法522条1項)。

 しかし、派遣労働者は、派遣先の持つ就業規則の内容や労働環境等について、必ずしも十分に理解できているわけではありません。

 それでは、ここでいう「承諾」の意思表示がなされたといえるためには、どのような内容の意思を表示する必要があるのでしょうか?

 この問題を考えるうえで参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。昨日もご紹介した名古屋高判令3.10.12労働判例1258-46 日本貨物検数協会(日興サービス)事件です。

2.日本貨物検数協会(日興サービス)事件

 本件で原告になったのは、日興サービス株式会社(日興サービス)との間で期間の定めのない労働契約を締結し、被告の名古屋市内にある事務所で働いていた人達です。この働き方がいわゆる偽装請負に該当するとして、労働契約申込みのみなし制度に基づいて承諾の意思表示を行ったと主張し、労働契約上の権利を有する地位の確認を求めて被告を訴えました。原審が原告の請求を棄却したため、原告側が控訴したのが本件です。

 本件の裁判所は、次のとおり述べたうえ、直接雇用を要求内容として行われた団体交渉の申し入れが「承諾」に該当することを否定しました。

(裁判所の判断)

「申込みみなし規定に基づくみなし申込みは法律によって擬制されるものであって、申みの意思表示が実際に派遣労働者に到達するものはなく、その内容となる労働条件も擬制されるものであり、派遣労働者がその存在や内容を認識することには困難を伴うから、申込みの内容と承諾の内容とが一致することを厳密に求めることは、現実的ではなく、上記のとおり派遣労働者の希望を的確に反映させるために派遣先との新たな労働契約の成立をその承諾の意思表示に係らしめた趣旨にも合致しない。」
これらの点を踏まえると、みなし申込みに対する承諾の意思表示は、それが派遣先との間の新たな労働契約の締結を内容とするものであり、かつ、その内容やそれがされた際の状況等からみて、それがみなし申込みに対する承諾の意思表示と実質的に評価し得るものであれば足りると解するのが相当である。この点につき、控訴人らは、労働契約法19条の『込み』についての解釈にも触れつつ、派遣先に対する労働契約の締結を求める何らかの意思表示がさていれば広く承諾の意思表示があったと判断すべである旨主張する。
「しかし、派遣労働者がみなし申込みを承諾するとによって成立する派遣先との間の労働契約は、派遣先が当該みなし申込みに係る行為を行った『その時点における当該派遣労働者に係る労働条件と同一の労働条件』(派遣元における労働条件と同一の労働条件)を内容とする労働契約であり、指揮命令関係の実態も変わらないとはいっても、別の使用者(派遣先)との間で新たに成立する労働契約であるから、有給休暇の日数や退職金算定の基礎となる勤続年数等は承継されないと解されるほか、使用者が変わることに伴って承継されないこととなり、あるいは派遣先の就業規則等との関係から新たに加わることとなる労働条件も必然的に生じ得ると解され、その中には、派遣労働者にとって有利なものだけでなく不利なものがある可能性も否定できない(控訴人らが言及する労働契約法19条における労働者の「申込み」は、同一の使用者との間の同一の労働条件による有期労働契約の更新等を規律するものであるから、場面を異にするものである)。そうすると、みなし申込みに対する承諾の意思表示といい得るためには、少なくとも、使用者が変わることに伴って必然的に変更となる労働条件等があったとしてもなお派遣元との従前の労働契約の維持ではなく派遣先との新たな労働契約の成立を希望する(選択する)意思を派遣労働者が表示したと評価し得るものでなければならず、そうでなければ派遣労働者の希望を的確に反映することにはならないということができる。したがって、派遣先に対する労働契約の締結を求める何らかの意思表示をもって、上記のような変更があったとしてもこれを容認しているとしてみなし申込みに対する承諾の意思表示と実質的に評価し得ることもあろうが、そのような評価を抜きに、直ちにみなし申込みに対する承諾の意思表示があったと判断することはできないというべきでる。」

3.承諾の仕方に注意

 裁判所は、上記のような規範を定立したうえ、直接雇用を要求内容として行われた団体交渉の申し入れが「承諾」にあたることは否定しました。

 労働契約申込みのみなし制度の活用にあたっては、実体的な要件が厳格であるほか、手続的要件としての承諾の内容に関しても、特異な理解がとられていることに留意しておく必要があります。