弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

自殺遺族と受任弁護士が行った記者会見等が共同不法行為(名誉毀損)を構成するとされた例

1.農業アイドル自殺-元所属事務所からの反訴

 ネット上に、

「農業アイドル自殺『遺族側が会見やネットで事実無根の悪評を拡散した』元所属事務所が反訴」

との記事が掲載されていました。

https://www.bengo4.com/c_5/c_1234/c_1720/n_10237/

 記事には、

「愛媛県松山市を中心に活動する農業アイドル「愛の葉Girls(えのはがーるず)」のメンバーだった大本萌景(ほのか)さん(当時16)が自殺したのはパワハラや過重労働が原因だとして、約9268万円の損害賠償を求めた訴訟。」

「訴えられた当時の所属事務所と社長が10月11日、遺族側の記者会見での発言や関連団体に掲載された内容などが名誉毀損に当たるとして、萌景さんの両親とその代理人弁護士などを相手取り、約3663万円の損害賠償を求めて東京地裁に反訴した。」

「会社側代理人は提訴後、東京・霞が関の司法記者クラブで会見を開き、社長は提訴した理由について『言われのない訴えと、メディアを最大限に利用した一方的な広報活動により、事実無根の悪評を拡散され、人生が変わり果ててしまう者が今後二度と現れてはいけないと考えた』とコメントを発表した。」

と書かれています。

 ハラスメントが問題になる紛争において、原告本人が記者会見等での言動を理由に名誉毀損で反訴される例は一定数あります。しかし、代理人弁護士まで被告に加えられる例は少ないのではないかと思います。

 ただ、少ないとはいっても、ないわけではありません。

 長野地上田支判平23.1.14判例時報2109-103もその一つです。

2.長野地上田支判平23.1.14判例時報2109-103

(1)事案の概要

 この事件は、自殺した男子高校生(竹夫)の母親(被告花子)と、被告花子から委任を受けた弁護士(被告丙川)が、竹夫の通っていた高校の校長から名誉毀損を理由とする損害賠償請求訴訟を提起された事件です。

 原告は、被告花子及び被告丙川弁護士が、

「①本件高校の校長であった原告が、竹夫に対する殺人罪及び名誉毀損罪を犯したとする告訴状・・・を長野県丸子警察署長に提出して告訴し」たこと、

「②本件告訴に関して記者会見を開き・・・、出席した記者らに対し、本件告訴状等を配布するなどして本件告訴について説明」したこと、

「③本件ブログに本件告訴状を掲載するなどし」たこと、

「④本件訴訟においても、原告が前記殺人罪及び名誉毀損罪を犯した旨主張した」こと

が不法行為に該当すると主張しました。

 遺族側が①~④の行為に及んだ背景には、不登校や自殺に繋がるいじめ等があったのかどうかに対する学校側との認識の相違がありました。

 また、本件ブログは、以下のようなものだったと認定されています。

(判決の前提事実より引用)

「本件ブログには、平成一八年三月五日から平成二一年三月一七日までの約三年間にわたり、原告に対する殺人罪及び名誉毀損罪に関する捜査が行われている旨の記載がなされていた。また、平成一八年三月一五日以降、『丁原高校から受けた数々の、竹夫くんの心を無視した行動と殺人罪の理由』と題する文書が記載され、その中には、原告が竹夫を追いつめ自殺に追いやったものであり、原告の行動は殺人罪に当たる旨の記載があった。さらに、平成一九年五月一二日ころから平成二〇年一二月末ころまでの間、本件告訴状が掲載された。係る各掲載は、インターネット上で誰でも本件告訴状の内容を見ることができる状態にあった。係る各掲載は、被告らが話し合って行われたものであった。

(2)判決の要旨

 裁判所は、①告訴、②記者会見、③ブログの不法行為該当性を認め、④訴訟での主張は適法だと判示しました。結論としては、被告らに連帯して165万円を支払うことと、謝罪広告の掲載を命じています。

 主な判示事項は次のとおりです。

(裁判所の判断)

-告訴関係-

「告訴は、それを受けた者の名誉等を著しく損ない、精神的苦痛を与える危険を伴うものであるから、特定人を告訴しようとする者は、事実関係の慎重な調査を要するというベきであり、犯罪の嫌疑をかけるのに相当な客観的根拠があることを確認せずに告訴をした場合には、その相手方に対して不法行為責任を負うものというべきである。」

(中略)

「本件告訴のうち、原告が殺人罪を犯したとする本件告訴は、被告らに事実関係の慎重な調査を要すベき注意義務があるにもかかわらず、殺人罪という犯罪の嫌疑をかけるのに相当な客観的根拠もなく、また、その確認もせずに本件告訴をしたといってよく、原告に対する不法行為に当たる。そして、前記告訴は、被告らが話合いの上で行ったものであるから、被告らによる共同不法行為となる。」

-記者会見、ブログ-

(丙川弁護士の関与)

被告丙川は、本件ブログには関与していない旨供述する。しかしながら、長野地裁における民事訴訟事件で、被告花子は、ブログの掲載内容については被告丙川らに確認していた旨明確に供述していること、この時点において、被告花子が、ブログに関して虚偽の供述をする必要性はまったく認められないこと、他方、被告らによる本件記者会見までした被告丙川が、インターネット上とはいえ、どのような掲載をするのかについて、興味がないはずがないことなどの事情に照らせば、被告丙川の前記供述は、にわかに信用することはできない。

(責任)

「被告らによる本件記者会見の内容によれば、被告丙川は、本件告訴状等の資料を配付した上で、本件告訴内容を口頭でも説明していることから、本件告訴内容がほぼそのとおりの会見結果になったと認められる。その結果、集まった新聞記者等によって、各紙で新聞報道された。係る被告らによる本件記者会見に係る摘示事実は、いずれも、一般人の通常の注意をもって見聞した場合に、原告が竹夫を殺害したり、竹夫の名誉を毀損するなどの犯罪行為を行ったとの印象を受けるものと認められ、係る状況は、前記第一三で検討した本件告訴の場合と異なるところではない。そうすると、被告らによる本件記者会見によって、被告らは、原告の社会的評価を低下させ、その名誉等を毀損したと認められる。」
「さらに、本件ブログは、被告花子において開設していたものであり、本件ブログへの本件告訴状等の掲載についても、結局、前記二と同様に、一般人の通常の注意をもって見た場合に、原告が竹夫を殺害したり、竹夫の名誉を毀損するなどの犯罪行為を行ったとの印象を受けるものと認められる。」
「そして、本件ブログには、原告が竹夫を追いつめ自殺に追いやったものであり、殺人罪に当たる旨の記載があるばかりか、本件告訴状の内容も掲載されていた以上、前記第一三で判断した本件告訴の違法性と異なるところはなく、被告らは、本件ブログによっても、原告の名誉等を毀損したものである。」

「被告らによる本件記者会見による説明及び本件ブログによる掲載は、いずれも被告らが話し合って行われたものであるから、被告らによる共同不法行為と評価することができる。」

-訴訟活動-

民事訴訟は、私的紛争を対象とするものであるから、必然的に当事者間の利害が鋭く対立し、個人的感情の対立も激しくなるのが通常であり、したがって、一方当事者の主張、立証活動において、相手方当事者やその訴訟代理人その他の関係者の名誉や信用を損なうような主張に及ばざるを得ないことが少なくない。しかしながら、そのような主張に対しては、裁判所の適切な訴訟指揮により是正することが可能である上、相手方は、直ちにそれに反論し、反対証拠を提出するなど、それに対応する訴訟活動をする機会が制度上確保されており、また、その主張の当否や主張事実の存否は、事案の争点に関するものである限り、終局的には当該事件についての裁判所の裁判によって判断され、これによって、損なわれた名誉や信用をその手続の中で回復することが可能になる。
このような民事訴訟における訴訟活動の性質に照らすと、その手続において当事者がする主張、立証活動については、その中に相手方の名誉等を損なうようなものがあったとしても、それが当然に名誉毀損として不法行為を構成するものではなく、相当の範囲内において正当な訴訟活動として是認されるものというべく、その限りにおいて、違法性が阻却されるものと解するのが相当である。
「そこで検討するに、本件は、原告が弁護士である被告丙川を含めた被告らに対して名誉毀損等を理由とした訴訟であり、前記のとおり争点が多岐にわたり、鋭く利害が対立している事件に係るものである。そして、本件準備書面の記載内容は、前記第三の前提事実のとおりであり、その文面は、原告があたかも竹夫を自殺に追いやって殺人を犯したというものであり、また、原告による記者会見での発言が竹夫に対する名誉を毀損するというものであって、その内容だけからすれば、原告の社会的評価を低下させ、その名誉等を毀損するものであると認められる。」

「しかし、本件準備書面に係る主張は、原告が竹夫を殺害したり、竹夫の名誉を毀損したことはない旨の原告の主張に対応してなされたものであり、本件訴訟の主な争点と直接的な関連性が認められること、被告らとしては、原告の損害賠償請求を否定するため、本件準備書面のような主張をする必要性があったこと、本件準備書面の記載内容も、争点との関係で被告らの立場を主張したにすぎず、殊更にそれ以上の原告の名誉等を毀損するようなものではないこと、係る訴訟上の主張すら名誉毀損とされることになれば、前記争点がある本件訴訟のような場合、被告らが相当の範囲内で正当な訴訟活動をすることについて、著しく制約される結果となって妥当ではないことなどの事情に照らせば、被告らの本件準備書面を作成・提出し、その旨主張した行為は、違法とはいえず、原告に対する不法行為とはならないものというべきである。」

-弁護士の行為の正当業務行為該当性-

一般に、弁護士は、依頼者の依頼の趣旨に沿うよう、委任された法律事務を処理することが要求されるところ、依頼者の依頼内容が公序良俗に違反し明白に違法な場合や、その依頼内容を実現すると違法な結果が招来されることについて弁護士に悪意又は重過失が認められるような場合等の例外的な場合を除いては、弁護士が依頼者の依頼によって行った行為は、正当業務行為として当該弁護士については違法性が阻却されると解するのが相当である。」
「そこで検討するに、被告丙川において、本件告訴の内容及び本件告訴等に係る各摘示事実が真実であるかについて、基本的な調査ないし検討さえ尽くしていないものといわざるを得ないことは前記のとおりである。また、被告丙川には、本件告訴をしたこと及び原告の名誉等を毀損したことにつき、重大な過失があるものというべきである。」
「したがって、被告丙川の原告に対する不法行為につき、正当業務行為としてその違法性が阻却されることはない。」

3.弁護士を巻き込むという訴訟戦略は一般論としては非推奨

 相手方の代理人弁護士に対しての憤りを口にする人は一定数おられます。

 しかし、一般論としては相手方の代理人弁護士を責任追及の相手方に加えることはお勧めはしません。

 責任追及に失敗すれば報復のリスクがあるうえ、責任追及のハードルは決して低くないからです。

 報復リスクについて言うと、弁護士は法的措置をとることへのハードルが一般の方との比較において極めて低いです。訴訟は日常業務の一環であり、これを起こすことに心理的な抵抗はありませんし、自分でやればいいだけなので弁護士を雇うことによる経済的な負担がハードルになるわけでもありません。ちょっかいを出して、職務行為に対する違法・不当な干渉だと受け取られれば、法的措置を採られる可能性があります(実際、農業アイドルの件でも訴えられた弁護士は、職務基本規程という弁護士倫理を持ち出して、元所属事務所側の代理人弁護士への報復を示唆しています)。

 責任追及のハードルについて言うと、長野地裁上田支部が示している規範から分かるとおり、弁護士が職務に関連して責任を負う場面は極めて限定的です。

 訴訟での主張に関しては、余程のことがない限り違法にはなりません。

 長野地裁上田支部は、準備書面の文面が、

「原告があたかも竹夫を自殺に追いやって殺人を犯したというもの」

であることまで認定しながら、訴訟活動の違法性を否定しています。

 仮にいじめを看過したとしても、だからといって校長が生徒を殺害したと考える方は稀だと思います。実際、校長による殺人は否定されているわけですが、上記のような表現さえ訴訟においては許容されると判示されています(ただし、弁護士倫理的にこれが大丈夫かは議論のあるところだと思います。私ならこういう強い表現は使いません。)。

 結論として不法行為該当性を認められてはいますが、告訴、記者会見、ブログに責任を負うとされたのは、どう考えても無理な殺人構成を前提に色々やったからだと思います。長野地裁上田支部の判決で指摘されているとおり、普通に依頼人をサポートする限りにおいては、悪意・重過失があるなどの例外的な場合を除き、正当業務行為として違法性は阻却されるのではないかと思います。

 農業アイドルの自殺の件に関して言うと、私は全くの部外者であり、証拠に直接触れているわけでもないため、どちらの言い分が正しいのかは分かりません。

 しかし、代理人弁護士まで相手方に加えて反訴するという争い方は、決して普通の対応ではありません。

 中には酷いケースもないわけではないため、弁護士に対する責任追及はダメだとまで言うつもりはありませんが、弁護士の代理業務を問題にするには、慎重かつ多角的な検討が必要です。それは一般の方にできる作業ではないと思います。

 代理人弁護士にも矛先を向けるという争い方は、あくまでも例外であり、一般の方が真似をするのは推奨しません。