弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

障害雇用政策の転換期・重度知的障害者の死亡逸失利益が一般就労を前提とする平均賃金に依拠すべきとされた例(障害特性は優れた稼働能力となる可能性がある)

1.逸失利益の計算方法

 不法行為で生命を侵害された方には、生きていれば得られたであろう利益(逸失利益)の損害賠償を請求する権利が発生します。

 これが相続人に承継されるため、相続人は相続分の割合に従って、死者の逸失利益を請求する権利を持つことになります。

 逸失利益の計算は、有職者である場合、被害当時の年収が基礎になります。他方、幼児や学生、主婦等の場合、統計上の数字である賃金センサスによる平均賃金を基礎に計算します。

 交通事故を念頭にした論文ではありますが、このことは、塩崎勤『交通事故損害賠償の現状と課題 賃金センサス利用上の諸問題』判例タイムズ943-76に次のとろい記述されているとおりです。

「生命侵害による逸失利益は、基本的には、将来得られるはずであった稼働収入から再生産に必要な経費(生活費)を控除した残額に稼働可能期間を乗じ、そこから中間利息を控除するという方式により算定されることになるが、将来得られるはずであった稼働収入については、現実に稼働している有職者の場合は事故当時の年収額を一応の基礎とするとしても、現実に稼働していない幼児・学生・主婦等の場合には、将来の稼働収入を具体的に主張・立証することが甚だ困難であるところから、実務上は、より一般化・抽象化した統計上の数値、すなわちセンサスによる平均賃金を基礎として算定するという方法が広く行われ、今やこの方法が完全に実務に定着したということができる。」

 ここで重要なのは「将来得られるはずであった稼働収入」が立証命題になっているところです。

 立証命題は飽くまでも「将来得られるはずであった稼働収入」であり、賃金センサスは「将来得られるはずであった稼働収入」の予測がしにくい場合に、その代用品として使われている数字にすぎません。障害を持っている方など、平均的な賃金を得られる可能性に乏しい類型の人達が被害者になった場合、一般就労を前提とする平均賃金を前提に逸失利益を計算して、その賠償を求めても、請求を認めてもらうことは極めて困難でした。ざっくばらんに言うと「人並みに稼げるわけないでしょ。」という理屈です。

 しかし、近時公刊された判例集に、重度知的障害者の死亡逸失利益の算定基礎収入を、一般就労を前提とする平均賃金によるべきであると判示した裁判例が掲載されていました。東京地判平31.3.22労働判例1206-15 社会福祉法人藤倉学園事件です。

3.社会福祉法人藤倉学園事件

 この事件は、死亡した重度知的障害者の両親が、子どもの入所していた福祉型障害児入所施設を運営していた社会福祉法人に対し、損害賠償を請求した事件です。

 重度知的障害を持った子どもさんは、平成27年9月、施設を出て行方不明になってしまいました。詳細な死因は不明ですが、同年11月、子どもさんは山林で遺体となって発見されました。

 子どもさんが死亡したのは施設側の債務不履行(安全配慮義務違反)又は不法行為が原因だとして、ご両親が社会福祉法人を訴えたのが本件です。

 本件では子どもさんの逸失利益の計算方法が争点となり、裁判所は次のとおり判示しました。

(裁判所の判断)

我が国における障害者雇用施策は正に大きな転換期を迎えようとしているのであって、知的障害者の一般就労がいまだ十分でない現状にある(乙7ないし乙19、乙23)としても、かかる現状のみに捕らわれて、知的障害者の一般企業における就労の蓋然性を直ちに否定することは相当ではなく、あくまでも個々の知的障害者の有する稼働能力(潜在的な稼働能力を含む。)の有無、程度を具体的に検討した上で、その一般就労の蓋然性の有無、程度を判断するのが相当である。

「重度の知的障害者であるLにおいて、その就労開始年当初から障害者でない者と同等の稼働能力があったことを的確に認めるに足りる証拠はないものの、特定の物事に極端にこだわる(乙21)という自閉症の一般的な特性のほか、上記1で認定した事実、とりわけ、本件施設を出たLの実際の行動が、本件施設の担当職員のみならず、Lの両親である原告らの想定を超えるものであったことに照らせば、Lには特定の分野、範囲に限っては高い集中力をもって障害者でない者と同等の、場合によっては障害者でない者よりも優れた稼働能力を発揮する蓋然性があったことがうかがわれる。もとより、重度の知的障害者が有すると思われる潜在的な稼働能力の認識、発見は必ずしも容易ではなく、Lが具体的にいかなる分野、範囲について、その有する能力を有効に発揮することができたかを的確に認めるに足りる証拠はなく、仮にLの有するであろう潜在的な稼働能力を有効に発揮し得る分野、範囲を早期に認識、発見することができたとしても、これに適合する労働環境の整備が一朝一夕に実現されるわけではない(例えば、自力による通勤が困難な重度の知的障害者の雇用が困難である(証人K)ならば、在宅勤務の選択肢を用意することが考えられるが、そのような選択肢の準備が事業主に対して過重な負担を及ぼすこととなる(法36条の2ただし書)のであれば、その早期実現は困難であろう。)ものの、Lの就労可能期間(49年間)が極めて長期に及ぶことに鑑みると、Lの特性に配慮した職業リハビリテーションの措置等を講ずることにより、上記就労可能期間のいずれかの時点では、その有する潜在的な稼働能力が顕在化し、障害者でない者と同等の、場Lの就労可能期間(49年間)が極めて長期に及ぶことに鑑みると、Lの特性に配慮した職業リハビリテーションの措置等を講ずることにより、上記就労可能期間のいずれか合によっては障害者でない者よりも優れた稼働能力を発揮した蓋然性は高いというべきである。

「以上のような事情を総合考慮すれば、自閉症で重度の知的障害者であるLにおいても、(その具体的な金額は別としても)一般就労を前提とした平均賃金を得る蓋然性それ自体はあったものとして、その逸失利益算定の基礎となる収入としては、福祉的就労を前提とした賃金や最低賃金によるのではなく、一般就労を前提とする平均賃金によるのが相当である。

「もっとも、Lが原告らの主張するような平均賃金額(547万7000円)をその就労可能年当初から得られる高度の蓋然性があると見ることは障害者と障害者でない者との間に現に存する就労格差や賃金格差を余りにも無視するものであって、損害の公平な分担という損害賠償制度の趣旨に反することとなる。また、Lが就労可能期間のいずれかの時点でその有する潜在的な稼働能力を顕在化させ、障害者でない者と同等の、場合によっては障害者でない者よりも優れた稼働能力を発揮した蓋然性は高いとしても、それがLの就労可能期間のいかなる時点(始期に近い時点であるか、終期に近い時点であるか)を的確に認めるに足りる証拠もない。なお、男女同一賃金の原則を定める労働基準法4条や労働者の性別を理由とする差別的取扱いの禁止を定める雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律6条の規定を指摘するまでもなく、知的障害者に限って男女という性別が将来にわたって稼働能力の高低に影響をもたらす要因であり続けるとは考え難いから、本件における一般就労を前提とする平均賃金としては、男性の平均賃金によるのではなく、男女計の平均賃金によるのが相当である。」
「以上のような事情を総合考慮すれば、Lにはその就労可能期間を通じて平均すれば238万1500円(平成27年賃金センサス第1巻第1表、男女計、学歴計、19歳までの平均賃金)の年収を得られたものと控え目に認定するのが相当である。」

3.控え目な認定がされたとはいえ画期的な判断

 一般就労を前提とする平均賃金に依拠するとはいっても、平均賃金額(547万7000円ではなく、男女計19歳までの平均賃金である238万1500円を基礎収入とするなど、裁判所の認定は控え目なものです。

 しかし、本邦が障害雇用政策の転換期にあることを指摘したうえ、「特定の分野、範囲に限っては高い集中力をもって障害者でない者と同等の、場合によっては障害者でない者よりも優れた稼働能力を発揮する蓋然性があった」と障害を特性として位置付け、本件の子どもさんに関しては一般就労を前提とする平均賃金によって逸失利益を算定するのが相当であると言い切った点は、これまでの裁判例の傾向から一歩も二歩も踏み出すものであり、優れて画期的な判断だと思います。

 今後、障害を持っている方でも、その特性を活かし、健常者と同様に稼働・社会参加して行くという流れは深化・拡大して行くと思われます。それに併せ、逸失利益を計算しなければならない場面も増えてくることが予想されますが(逸失利益を計算する場面は死亡事故の場合に限られず、仕事をしているうえでの事故で後遺症を負ってしまった場合なども含まれます)、本裁判例は、障害を持つ方や、そのご家族にとっての希望となり得るものであり、広く周知されて良い事案だと思います。