弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

説明が的確でなかったことにつき謝罪を要求することは指導とはいえないとされた例

1.「指導」とは何か?

 令和2年厚生労働省告示第5号『事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針』は、パワーハラスメントについて、次のように定義しています。

「職場におけるパワーハラスメントは、職場において行われる

① 優越的な関係を背景とした言動であって、

② 業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより、

③ 労働者の就業環境が害されるものであり、

①から③までの要素を全て満たすものをいう。

なお、客観的にみて、業務上必要かつ相当な範囲で行われる適正な業務指示や指導については、職場におけるパワーハラスメントには該当しない。

 パワハラの成否との関係でしばしば問題になるのは、この「指導」との関係です。

 どこまでが「指導」でどこからが「パワハラ」なのかは、常に実務家の関心を集めています。

 近時公刊された判例集に、説明が的確でなかったことについて謝罪を求めることが指導とはいえないとされた裁判例が掲載されていました。昨日もご紹介した、

長崎地判令7.10.3労働判例ジャーナル168-20長崎ヤクルト事件です。

2.長崎ヤクルト事件

 本件で被告になったのは、

食品・化粧品等の卸売・小売業を営む株式会社(被告会社)

被告会社の会長P7の子で、被告会社の代表取締役P5(被告P5)

の2名です。

 原告になったのは、

自殺した従業員P6の遺族(原告P1、原告P2)、

退職した元従業員P3(原告P3)、

退職した元従業員P4(原告P4)

の4名です。原告P1、原告P2についてはP6が死亡したのは被告P5のパワハラが原因であるとして、原告P3、原告P4は被告P5によるパワハラ等が原因で被告会社からの退職を余儀なくされたとして、損害賠償を請求する訴えを提起したのが本件です。

 日報との関係で注目したいのは、原告P4の請求に対する判断です。

 裁判所は、次のとおり述べて、稟議に関して行われたやりとりをパワハラに該当すると認めました。

(裁判所の判断)

「P15は、全国のヤクルトの職員が強制加入となる福利厚生のための組織である。職員退職時には、P15から離職金が支給されるが、被告会社においては、当該離職金が被告会社から職員へ支払われる退職金の一部に充当されていた。」

「上記のような離職金の取扱いに関し、被告会社の職員から苦情申出がされたため、原告P4は、これを改善する方向で社内稟議に掛けようと考えた。平成29年4月3日、原告P4が被告P5にその旨報告したところ、被告P5は、『充当をやめるということはここに書かないでくれる』などと言いながら、原告P4に対し、稟議の内容を問い質した。被告P5は、その際、端的かつ簡潔に稟議内容を論理的に説明できなかった原告P4に対し、『しっかり説明しろよ』と言い、被告P5の面前で無言となった原告P4に対し、『何だその態度は、そもそも人を混乱させといて、謝れ。』と言い、『今の悪態も・・・表出るか・・・おい、おい、何だその反抗は、何なんだよ。はあとか、はいとか・・・しっかり説明しなかったのはおまえだろう。間違ったことを言ったのはおまえだろう。で、何だその態度は』と言った。被告P5は、『立ってるだけです』と答える原告P4に対し、『何や、立ってるだけって。何や。反抗して俺に言ってきたよ・・・反抗してきた・・・』『おまえが間違った説明したよ、理解せずに何を稟議しようとかもう書いてない、説明せずにさ、どうしようとしたの?そうでした、こう指摘した、はあ、はあ?ってか。それで、その後のその態度、何挑発してる・・・行こうか、暴力的に・・・挑発されて、・・・けんか売ってきて・・・何その挑発する・・・』『いいですって思いっきりおまえが売ってきたやろ、けんか、どうしてくれんだよ、この俺の怒りは。おまえが挑発するから、反抗するから、ごねるから・・・』などと言いつつ、ひじかけを殴り、原告P4の左肩を小突いた(しかし、その後、被告P5は、すぐに落ち着きを取戻し、『今すごいこづいたこと後悔してるよ』などと言った。)。」

(中略)

「原告P4としても、上司である被告P5に対し、稟議の内容を端的かつ簡潔に説明できなかったことは認められる。しかし、上司である被告P5が、部下である原告P4に対し、『何だその態度は、そもそも人を混乱させといて、謝れ。』などと、説明が的確でなかったことにつき謝罪を要求することが指導とはいえず、原告P4が稟議の内容を端的かつ簡潔に説明できなかった等の経緯を踏まえても、被告P5の上記言動は、業務の目的を大きく逸脱した言動であると認められる。

「また、被告P5は、原告P4の態度が反抗的であると思い、『表出るか』などと暴力を示唆する発言を行った上、現実に原告P4の左肩を小突くなどしているところ、証拠・・・及び弁論の全趣旨によれば、当時、原告P4は黙りがちで、全く激高などしていなかったことが認められる。そうすると、当時、被告P5が一方的に激高したもので、これらも業務の目的を大きく逸脱した不法な有形力の行使と認められる。」

以上によれば、被告P5の上記言動は、原告P4に対するパワハラに該当するものと判断される。

3.乱暴な言動や有形力行使が続いていた事案ではあるが・・・

 本件は乱暴な言動や有形力行使が引き続き行われている事案であり、単純に謝罪を要求したことのみが問題になった事案とはいえません。

 それでも、

「『何だその態度は、そもそも人を混乱させといて、謝れ。』などと、説明が的確でなかったことにつき謝罪を要求することが指導とはいえず」

と謝罪を要求したことが取り出され、これを対象に、

「被告P5の上記言動は、業務の目的を大きく逸脱した言動であると認められる」

という評価が与えられたことは注目に値します。

 日本語の用例として「指導」とは、

「ある目的・方向に向かって教え導くこと」

をいいます。

指導(シドウ)とは? 意味や使い方 - コトバンク

 謝罪を要求したところで、できなかった仕事ができるようになるわけではありません。「仕事ができるようになる」という「目的・方向に向かって教え導く」という意味では、確かに、謝罪要求は指導であるとはいえず、本来の語義に忠実な理解の仕方がなされているといえます。

 現代においても「指導」の名のもと、業務遂行能力の改善に結びつかない言動がとられることは少なくありません。裁判所の判断は、「指導」と「パワハラ」の限界を考えるうえで、実務上参考になります。