1.身元保証人
ある人に被用者の行為によって使用者が受ける損害の賠償を約束してもらうことを「身元保証契約」といいます(身元保証ニ関スル法律1条)。この身元保証契約を結び、被用者の損害賠償義務を引き受ける人を見元保証人といいます。
身元保証人が背負い込む危険は予測が難しく、過大なものになりがちです。
こうした問題があることから、法は、身元保証契約の上限を5年としたり(身元保証ニ関スル法律2条)、極度額を定めなければならなかったりするなど(民法465条の2)、身元保証人が予想外の不利益を受けることを防ぐためのルールを設けています。
就職活動や求職活動をしていると、勤務先から見元保証人を立てるように求められることがあります。
しかし、大きなリスクを負わせる反面、特段のメリットもないことから、労働者にとって身元保証人を立てることは、必ずしも容易ではありません。
それでは、就職こそできたものの、使用者の要求に従い身元保証人を立てることができなかったことは、解雇理由になるのでしょうか?
この問題を考えるにあたり参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。東京地判令7.8.8労働判例ジャーナル168-48 マトリックス・オーガナイゼーション事件です。
2.マトリックス・オーガナイゼーション事件
本件で被告になったのは、インターネット、デジタル放送等を利用した映像の企画制作等を目的とする株式会社です。
原告になったのは、試用期間を3か月とする雇用契約を結んだ方です。
能力不足、勤務態度不良、理由なき欠勤、経歴詐称を理由に被告から試用期間中に解雇されたことを受け、その無効を主張し、地位確認等を求める訴えを提起したのが本件です。
被告はたくさんの解雇理由を主張しましたが、その中の一つに見元引受人を立てられないと述べたことがありました。これが勤務態度不良を基礎付ける一事由になるというのが被告の主張の論旨です。
これに対し、裁判所は、次のとおり述べて、発言が解雇理由にあたることを否定しました。結論としても、被告による解雇は無効だと判示しています。
(裁判所の判断)
「原告は、被告から求められた身元保証人を立てず、マイナンバーの記載のない住民票及び年金手帳ではなく、マイナンバーを塗りつぶした住民票写しと年金番号を記載したメモを提出した。また、被告への通勤のため、自宅最寄り駅であるC駅から被告事務所の最寄り駅より遠いF駅までの定期券を購入し(その際、年齢を34歳と実際より15歳若く登録した。)、その写しを被告に提出した。(争いがない事実、ただし、年齢について乙5、6)」
(中略)
「原告が10月21日に遅刻したこと・・・、1分ごとに残業代が支払われないのは違法ではないかと述べたこと(・・・なお、感情的なそぶりであったことを認めるに足りる証拠は見当たらない。)、身元保証人を立てず、マイナンバーを塗りつぶした住民票写しと年金番号を記載したメモを提出したことに加え、原告が本件解雇から2年以上が経過した後の原告本人尋問において本件上司の氏の読み方を誤ったこと・・・は、雇用関係の維持に関係がないか軽微な事情であって、勤務態度における改善の余地のない問題点を基礎づける事情とはいえない。」
「また、定期券についても、被告は原告の住所をその住民票により正しく把握していたのであるから、原告が購入した経路が適切でないのであれば、差し戻すなり被告が適切と考える経路に係る費用のみ支給すれば足りる。登録した年齢が事実と異なることも他者に不利益を生じさせるような事情ではない。そうすると、定期券に関して、原告の勤務態度の問題点を基礎づける重要な事情があるとはいえない。」
「10月24日の勤務時間中に再就職手当の申請を行ったことや内定日を偽って再就職手当を申請しようとしたことを認めるに足りる証拠はない。」
「以上からすれば、原告の勤務態度に、従業員としての協調性の観点から、改善の余地がないような特段の問題点があったと認めることはできない。」
「そうすると、勤務態度の点で、原告が、5号解雇事由(従業員としての協調性を欠き、事業運営に支障を来したとき)又は10号解雇事由(勤務態度が不良で注意しても改善しないとき)に該当するとは認められない」
3.言動や勤務態度に関するものではあるが・・・
本件は身元保証人を立てられなかったことそれ自体というよりも、言動が問題視されていた節があります。問題とされた解雇事由も「身元保証人を立てなかったこと」ではなく「勤務態度が不良で注意しても改善しないとき」とされています。
とはいえ、
「身元保証人を立て」なかったことを、
「雇用関係の維持に関係がないか軽微な事情」
と評価したことは注目に値します。本人が何もしていないのに、身元保証人を用意できないとの理由で解雇されるというのは酷な面もあるからです。
直接的に利用できるものではないにせよ、身元保証人を用意できなかったことを理由とする解雇の適否を争ってゆく場面において、裁判所の判断は、実務上、参考になるように思われます。