弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

シフトに入れないことは債権者(使用者)の責めに帰すべき事由になるか?

1.シフトに入れてもらえなかったシフト制労働者の賃金請求

 一般論として、違法無効な解雇をされた労働者は、判決が確定した時から解雇された時点まで遡って賃金を請求することができます。

 その根拠として理解されているのが、民法536条2項本文です。

 民法536条2項本文は、

「債権者の責めに帰すべき事由によって債務を履行することができなくなったときは、債権者は、反対給付の履行を拒むことができない。」

と規定しています。労務の提供を求める権利を有している者(債権者・使用者)が、違法無効な解雇によって労務提供を拒絶したこと(債権者・使用者の責めに帰すべき事由)によって、労務提供(債務を履行すること)ができなくなったのだから、使用者は反対給付の履行(賃金支払請求)を拒むことができないという理屈です。

 シフトに入れてもらえない労働者が、賃金請求を行おうとする場合、乗り越えなければならない壁は、二つあります。

 一つ目は、就労請求権ないし所定労働日数の問題です。

 二つ目は、シフトに入れてもらえなかったことが、民法536条2項に規定されている「債権者(使用者)の責めに帰すべき事由」によるといえるのかという問題です。

 昨日紹介した横浜地判令2.3.26労働判例1236-91 ホームケア事件は、一つ目の問題だけではなく、二つ目の問題についても、参考になる判断を示しています。

2.ホームケア事件

 本件は、シフト制の労働者を、シフトに入れないことの適否が争われた事件です。一審が簡裁で審理された地裁控訴審事件です。

 本件で被告(被控訴人)になったのは、介護保険法に基づく指定居宅サービス事業等を目的とする有限会社です。

 原告(控訴人)になったのは、被告の運営する施設で利用者の送迎業務に従事していたシフト制の労働者です。被告からシフトに入れてもらえなくなったため、雇用契約書や労働条件通知書に出勤日が「週5日程度」と書かれていたことなどを根拠に、これを下回った日数に相当する賃金の支払を請求しました。

 これに対し、被告は、週の所定労働日数が5日と合意された事実も、そのように運用された実績もないとして、原告の請求を争いました。

 また、仮に所定労働日数を下回っていたとしても、それは、原告が実際には負傷した事実がないにもかかわらず、車椅子の利用者を送迎用車両に乗せた際に手を負傷したと訴えて、以後、一切車椅子に触れなくなったため、原告を車椅子利用者の送迎に配置することができなくなったからであり、被告の責めに帰すべき事由によるわけではないと反論しました。

 裁判所は、過去の勤務実態から週4日を所定労働日数とする合意が成立していたとしたうえ、次のとおり述べて、原告を勤務させなかったことは被告の責めに帰するべき事由によると判示しました。

(裁判所の判断)

「被控訴人が控訴人を送迎計画表に入れなかった理由として被控訴人が主張するところは、控訴人が、平成27年1月22日に手を負傷したとの虚偽の事実を訴え、これを理由に、従前は行っていた車椅子の利用者の乗降車の補助業務を拒否するようになったというものである。しかし、証拠・・・によれば、被控訴人の従業員であるBは、被控訴人に対し、平成27年2月5日、同年1月22日に発生した事故の状況及びその後の経過として『ご利用者をご自宅へ送り、車から車椅子への移乗時、車椅子のヘッドレストが片方はめ込まれていなかった。ご利用者を車に戻し、はめ込んだ時に一緒に対応していたX1さんの右手の親指、人差し指を挟んでしまった。夕方でよく見えず、相手の手が見えていなかった。』、『1/24(土)にX1さんから「22日夜から指が腫れ痛みが強いため月曜日に仕事に出られないかもしれない」と連絡が入る。』、『1/26(月)痛みとしびれがあって休みと連絡があり、受診をすすめるが、労災だと会社に迷惑が掛かると言われる』などと記載した『インシデント報告書』を提出したことが認められ、このことを踏まえると、控訴人の負傷の訴えが虚偽のものであったとまでは認め難い。」

「以上を前提に、被控訴人の上記主張について検討すると、証拠・・・及び弁論の全趣旨によれば、控訴人の出勤日は、被控訴人において、利用者の送迎計画表を作成することによって決定されることが認められるところ、控訴人を送迎計画表に入れるかどうかは、被控訴人の判断に委ねられているのであり、各日の送迎計画表をもって具体的な勤務を命じられていた控訴人は、送迎計画表に入らなかった日については、当該日の送迎業務に従事することを命じられておらず、これを受けた労務の提供の有無を観念する局面に至っていなかったというべきであるから、控訴人が就労しなかったことは、基本的には被控訴人の責めに帰すべき事由によるものであったと解するのが相当である。なお、控訴人が、正当な理由もないのに、被控訴人に対し、特定の利用者を送迎する日の業務に従事することを拒否する旨をあらかじめ明確に示していて、被控訴人が控訴人のその意向に沿って送迎計画表を作成したなどの特段の事情がある場合に、これを被控訴人の責めに帰すべき事由による労務提供不能とは評価できないことがあり得るところ、被控訴人は、控訴人が車椅子の利用者の乗降車の補助業務を拒否するようになったと主張するものの、その前提として被控訴人が主張する、控訴人の負傷の訴えが虚偽のものであったとの事実が認められないことは既に判示したとおりであることからすれば、被控訴人の前記主張は採用することができず、その他本件全証拠によっても、上記特段の事情があるとも認められない。」

したがって、被控訴人が控訴人を送迎計画表に入れなかった日については、控訴人が就労しなかったことは、被控訴人の責めに帰すべき事由によるものと認めるのが相当であって、控訴人は、被控訴人に対する賃金請求権を失うものではない。

3.所定労働日数に満たないシフトしか入れないのは基本的に使用者の責任

 シフト制労働者の場合、シフトが入ることによって、労務の提供義務が発生します。つまり、シフトが入らない限り、労務提供の受領拒絶という話にはなりません。使用者による労務提供の受領拒絶がなければ、働かなかったとしても、反対給付である賃金を請求することはできないのが原則です。

 しかし、ホームケア事件の裁判所は、所定労働日数の合意がある限り、シフトが入っていなかったとしても、所定労働日数に満たない日数しか就労できなかったことは使用者の責めに帰するべき事由によると判示しました。当たり前のように見えるかも知れませんが、具体的な労働日が確定していなくても、労務提供の受領を拒絶した場合と同様に取り扱われるとした点に、判断としての特徴があります。

 シフト制労働者の所定労働日数の認定手法だけではなく、使用者の「責めに帰すべき事由」の理解の仕方についても、ホームケア事件の裁判所の判断は参考になります。