弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

シフトに入れてもらえないという問題への解決策

1.シフトに入れてもらえない問題

 新型コロナウイルスの流行により、生活に困窮するシフト制の労働者が増加しています。なぜ、生活に困窮するのかというと、シフトに入れてもらえなくなっているからです。

 シフト制の労働者は、シフトに入って働くことで賃金を得てます。当然のことながら、シフトに入らなければ、賃金を請求することができません。

 しかし、新型コロナウイルスの影響で、時短営業を強いられている業種では、シフトの枠自体が減少しています。また、枠自体は残っていても、客足の鈍化に対応し、シフトに入れる人数を減らしている業者も少なくありません。

 また、労働は義務であって権利ではないという考えから、就労請求権は否定されるのが一般的です。

(54)就労請求権|雇用関係紛争判例集|労働政策研究・研修機構(JILPT)

 つまり、客観的にシフトに入る機会が減少してるうえ、シフトに入れてもらうことには権利性が認められるわけでもありません。そのため、シフトからあぶれてしまった労働者は、働くことができず、生活に困窮することになります。

 読者の方の中には、雇用調整助成金の支給により対処できないのかと考える人がいるかも知れません。しかし、雇用調整助成金は、労働者を休業させる場合に支給されるものです。単にシフトに入れないことが「休業」に該当するかは、誰にでも分かるほど一義的に明確ではありません。そのため、シフトに入れない労働者に関しては、そもそも休業手当等の対象として考えていない使用者が少なくありません(ただし、この点は、厚生労働省がシフト制の労働者も雇用調整助成金の対象に含めることを明確にしたため、幾分改善してはいます

https://www.mhlw.go.jp/content/11600000/000724300.pdf)。

 シフト制労働者がシフトに入れてもらえずに困窮していることは、新型コロナウイルスの影響のもと、社会保障の谷間として顕在化してきた対応の難しい問題の一つです。

 従来、この問題は、労働者側にとって、これといった解決策のない難問の一つとして認識されてきました。しかし、近時公刊された判例集に、手を出しにくい状況を改善できる可能性のある裁判例が掲載されていました。横浜地判令2.3.26労働判例1236-91 ホームケア事件です。

2.ホームケア事件

 本件は、シフト制の労働者を、シフトに入れないことの適否が争われた事件です。一審が簡裁で審理された地裁控訴審事件です。

 本件で被告(被控訴人)になったのは、介護保険法に基づく指定居宅サービス事業等を目的とする有限会社です。

 原告(控訴人)になったのは、被告の運営する施設で利用者の送迎業務に従事していたシフト制の労働者です。被告からシフトに入れてもらえなくなったため、雇用契約書や労働条件通知書に出勤日が「週5日程度」と書かれていたことなどを根拠に、これを下回った日数に相当する賃金の支払を請求しました。

 これに対し、被告は、週の所定労働日数が5日と合意された事実も、そのように運用された実績もないとして、原告の請求を争いました。

 裁判所は、次のとおり述べて、週4日を所定労働日数とする合意が成立していたとして、原告の請求を一部認めました。

(裁判所の判断)

平成26年10月20日付け雇用契約書及び労働条件通知書・・・における出勤日の記載は『週5日程度』というもので、文面上は本件施設が営業していない日曜日も出勤日の候補に含むものである上、『業務の状況に応じて週の出勤日を決める。』との記載も伴うものであるから、これをもって直ちに、本件雇用契約における週の所定労働日数が5日であったと認定することはできない。他方で、『出勤日』を『週1日以上』と記載した雇用契約書及び労働条件通知書・・・も、被控訴人が労働基準監督署から指導を受けたことを契機とするものであったにせよ、被控訴人が同契約書記載の雇用期間の始期から約10か月後に一方的に送付したものにすぎないことも踏まえると、当事者双方の意思を反映した書面であるとは認め難い。これらのほかに、控訴人と被控訴人との間において、本件雇用契約における週の所定労働日数に関する合意内容を示した書面等が取り交わされた事実はうかがわれない。」

「そうすると、本件雇用契約における所定労働日数に係る合意は、上記各契約書の記載のみにとらわれることなく、本件請求期間より前の控訴人の勤務実態等の事情も踏まえて、契約当事者の意思を合理的に解釈して認定するのが相当である。

「そこで検討すると、証拠・・・及び弁論の全趣旨によれば、控訴人は、原審の原告本人尋問において、裁判官の『あなたは何曜日に出勤することが多かったんですか。』との質問に対し、『私は月火水木と。金曜日は忙しかったら出るときもありました。この4日間だけは間違いなく出ていました。』、『これは私が他のこともやることがあるので、それで4日ぐらいでよろしいですかということを、お話をしたんですけどね。」と供述し、被告代理人の『毎日行くんですか。』との質問に対しても、『出番の日は、4日間の日は私は行きます、きちっと8時。それで朝、自宅にBさんから電話が、今日は何時頃に来てくださいとかいって、電話が入るときが多いんです。それで入らないときは、今日は誰々さんがお休みするから、申し訳ないけど休んでくださいという電話もしょっちゅうありました。』と供述したことが認められる。」
 「控訴人の上記供述は、原告本人尋問を通じて一貫しており、その内容に特段不合理な点も見当たらないから、信用することができる。そして、控訴人の使用者であり、出勤簿等をもって控訴人の出退勤を管理していたことがうかがわれる被控訴人が、平成29年以前の控訴人の勤務実態について立証しないこと(当審第4回口頭弁論調書)を踏まえると、控訴人は、本件請求期間より前である平成29年以前は、おおむね週4日勤務していたものと推認されるから、本件雇用契約における所定労働日数に係る合意は、契約当事者の意思を合理的に解釈すれば、週4日であったと認めるのが相当である。

3.過去の勤務実態から所定労働日数に係る合意が認定された

 所定労働日数が決まっていれば、それに満たない日数しか働かせられなかったことに伴う経済的な負担は、使用者の側で被ることになります。働いていないのだから賃金は支払わないという、純粋なシフト制の労働者に対して適用されるルールを主張しても、あまり意味がありません。

 本件の所定労働日数を認定した判示には、重要な点が二つ含まれているように思います。

 一つ目は、雇用契約書や労働条件通知書に「週5日『程度』」という記載があったから所定労働日数の合意が認められたわけではないことです。

 この記載があることは、週4日の所定労働日を認める根拠として判示されていないため、週5『程度』といった書き方が結論に影響した可能性は著しく低いのではないかと思います。したがって、雇用契約書や労働条件通知書に、手掛かりがないからといって必ずしも過度に悲観する必要はありません。

 もう一つは、勤務実態から所定労労働日の日数に係る合意を認定したことです。

 契約当時の合意が不明確であったとしても、事後の勤務実態が所定労働日数の認定に活かされるというには、かなり画期的な判断だと思われます。こうした考え方が応用できれば、シフトに入れてもらえないシフト制労働者の保護に関しては、未払賃金請求の可否という問題設定が可能になるかも知れません。

 本件の裁判例は、コロナ禍のもと、シフトに入れてくれなくなって困っているか方の事件の処理にあたり、示唆に富んだ裁判例として位置付けられます。