弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

給与ファクタリング業者に金銭を返す必要がないとされた例

1.給与ファクタリングとは

 給与ファクタリングとは、

「個人が勤務先に対して有する給与(賃金債権)を、給与の支払日前に一定の手数料を徴収して買い取り、給与が支払われた後に、個人を通じて資金の回収を行う」

ことをいいます。

ファクタリングに関する注意喚起:金融庁

 例えば、賃金債権のうち10万円を給与ファクタリング業者に8万円で売却します。これにより、労働者は給与ファクタリング業者から8万円を受け取ります。そして、給料日になったら、支払いを受けた賃金の中から10万円を給与ファクタリング業者に支払います。

 通常のファクタリングでは、債権を買い取ったファクタリング業者が権利行使して債務者からお金を取り立てます。しかし、労働基準法上、

「賃金は、通貨で、直接労働者に、その全額を支払わなければならない。

とされています(労働基準法24条1項)。

 この規定とのかねあいで、給与ファクタリング業者は、働者に代わって勤務先からお金を取り立てることができません。そのため、しばしば、労働者に賃金を受け取らせ、受け取った賃金で債権を買い戻させるといったスキームがとられます。

 しかし、一見して分かるとおり、これは、ファクタリング業者が労働者にお金を貸し、給料日に労働者から借金を取り立てているのと変わりありません。

 貸金業者は、貸金業法、出資の受入れ、預り金及び金利等の取締りに関する法律(出資法)、利息制限法といった各種法律の規制下にあります。

 給与ファクタリングは、債権譲渡や債権買戻の法形式を使うことにより、貸金業法などの各種法律の適用を免れようとするものです。

 その危険性・違法性は、上記リンク先で、金融庁が、

「『給与ファクタリング』を業として行うことは、貸金業に該当します(貸金業を営む者は、財務局長又は都道府県知事の登録を受ける必要があります。登録を受けずに貸金業を営む者はヤミ金融業者です。)」

などと注意喚起しているとおりです。

 金融庁が注意喚起に踏み切って以来、給与ファクタリングに対する行政の姿勢は明らかになっていました。しかし、少額の金銭がやりとりされる例が多く、紛争になりにくいこともあり、給与ファクタリングの適法性をめぐる裁判所の姿勢は、それほど明確ではありませんでした。

 そうした状況の中、給与ファクタリングの違法性を理由に、ファクタリング業者に対して金銭を返す必要はないと判示しが裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。東京地判令2.3.24判例時報2470-47です。

2.東京地判令2.3.24判例時報2470-47

 本件は給与ファクタリング業者が、労働者に対し、債権の買戻し代金を請求した事件です。

 そのスキームは概ね次のとおりです。

 先ず、原告業者が、被告労働者から、給与債権のうち6万3000円の譲渡を受けます。原告業者は、債権譲渡の代金として、被告労働者に対し4万円を支払います。

 このとき、原告業者は、被告労働者との間で、給料日に譲渡債権を額面額で買い戻してもらう合意を取り付けておきます。

 この合意に基づいて、原告業者は、被告労働者の給料日に、買戻代金6万3000円を支払えと請求します。

 こうしたスキームのもと、原告業者が、被告労働者に対し、買戻代金6万3000円の支払いを求める訴えを起こしたのが本件です。

 これに対し、被告労働者は、その実体が法外な利息をとる貸金であることを根拠に、受け取ったお金は公序良俗に違反する不法原因給付であるから、返還する義務を負わないと原告業者の主張を争いました。

 裁判所は、次のとおり述べて、給与ファクタリングによる本件取引の違法性を認め、原告業者の請求を退けました。

(裁判所の判断)

「被告は、本件取引は実質的に高利の貸付けであり、貸金業法の規制に抵触し又は暴利行為として民法90条の公序良俗に反し無効であると主張する。」

「この点、貸金業法や出資法は、金銭の貸付けを(業として)行う者が、所定の割合を超える利息の契約をしたり、又はこれを超える利息を受領したりする行為を規制しているところ、各法はいずれも規制対象となる貸付けに、『手形の割引、売渡担保その他これらに類する方法』によってする金銭の交付を含む旨を定めている(貸金業法2条1項本文、出資法7条)。これらの規制は、いわゆる高金利を取り締まって健全な金融秩序の保持に資すること等を立法趣旨としていることからすれば、金銭消費貸借契約とは異なる種類の契約方法が用いられている場合であっても、金銭の交付と返還約束を主たる内容とするもの、すなわち、契約の一方当事者の資金需要に応えるため、一定期間利用後の返済を約して他方当事者が資金を融通することを主目的とし、経済的に貸付けと同様の機能を有する契約に基づく金銭の交付については、前記各条の『これらに類する方法』に該当するというべきである。そこで、まず、給与ファクタリングによる本件取引が、『これらに類する方法』に当たるか検討する。」

労働基準法24条1項の趣旨に徴すれば、労働者が賃金の支払を受ける前に賃金債権を他に譲渡した場合においても、その支払についてはなお同条が適用され、使用者は直接労働者に対し賃金を支払わなければならず、したがって、労働者の賃金債権の譲受人は自ら使用者に対してその支払を求めることは許されない(前掲最高裁昭和43年3月12日判決)。そうすると、原告のように、労働者である顧客から給与債権を買い取って金銭を交付した業者は、常に当該労働者を通じて譲渡に係る債権の回収を図るほかないことになる。このような給与ファクタリングを業として行う場合においては、業者から当該労働者に対する債権譲渡代金の交付だけでなく、当該労働者からの資金の回収が一体となって資金移転の仕組みが構築されているというべきである。

「本件取引では、前述のとおり、債権譲渡人たる被告の買戻義務は明確に定められていないものの、被告は、譲渡した給与債権の支給日(振込日)には、受領した給与の中から、譲渡債権の額面額を支払うことが当然の前提とされていたことが認められる。このことは、被告が同日に額面額を支払わなかったとすると、原告から被告に厳しい取立てがされるのみならず、使用者に債権譲渡が通知され、使用者の信頼を損なったり、迷惑をかけたりするおそれがあることに加え、額面額の全額を支払うまで、原告から本件のような請求を受け続けることからも裏付けられる。」

「また、原告は、債務者の破綻等による不払の危険を負担している旨主張するが、給与債権は破産手続においても財団債権ないし優先的破産債権とされて厚く保護されており(破産法149条1項、98条1項)、通常使用者にとって支払の優先度の高いものであるから、その不払の危険は被用者である債権譲渡人の破綻の危険と比べて極めて小さい。しかも、原告が給与債権を譲り受けるに際しては、前月まで直近3か月の給与が遅滞なく支払われていることを確認した上で、翌月の給与債権を譲り受けることになるから、その間に債務者が破綻等する危険はかなり低いというべきである。」

「さらに、そのような事態が生じたときにはそもそも被用者からの回収も見込めなくなるから、実態としても被用者に対する通常の金銭消費貸借による貸付けとは異なる危険を負担しているとはいい難い。」

「したがって、本件取引のような給与ファクタリングの仕組みは、経済的には貸付けによる金銭の交付と返還の約束と同様の機能を有するものと認められ、本件取引における債権譲渡代金の交付は、『手形の割引、売渡担保その他これらに類する方法』による金銭の交付であり、貸金業法や出資法にいう『貸付け』に該当する。

そうすると、原告は、業として『貸付け』に該当する給与ファクタリング取引を行う者であるから、貸金業法にいう貸金業を営む者に当たる。

そして、原告が支払を請求する前記・・・の取引について、貸金業法ないし出資法の定める計算方法により年利率を計算すると、・・・年850%を超える割合による利息の契約をしたと認められる(なお、これ以前に行われた取引の利率も、いずれも年700%を超えるものであり、・・・最初の取引に至っては、年1800%を超える利率となる)。これは、貸金業法42条1項の定める年109.5%を大幅に超過するから、本件取引は同項により無効であると共に、出資法5条3項に違反し、刑事罰の対象となるものである。

「したがって、原被告間の本件取引が有効であることを前提として、譲渡債権に係る給与を受領した被告に対して、譲渡債権の額面額を支払う合意の履行を求めたり、譲渡債権の額面額を不当に利得したとして不当利得の返還を求める原告の請求は、その前提を欠くものであって、理由がない。

3.給与ファクタリング業者とは関わり合いにならないのが一番だが・・・

 給与ファクタリング業者は、ファクタリング業者を自称してはいても、その実体は単なる闇金融であることが多々みられます。

 闇金融からの違法な請求・取り立て行為に対しては、本件裁判例が構築しているような理屈で対抗することができます。

 しかし、闇金融と関わり合いになることは、多くの人にとって多大なストレスを伴います。救済法理はあるにしても、金融庁が注意喚起しているとおり、関わり合いにならないにこしたことはありません。

 第一次的には関わらないのが一番ですが、万一、関わってしまったら、速やかに弁護士のもとに相談に行くことをお勧めします。