弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

素人による発達障害というレッテル貼りは違法

1.発達障害というレッテル

 日常生活の中で器用でない振る舞いをする人に対し、医師でもないのに「あいつは発達障害だ。」というレッテルを貼って、辛くあたる人がいます。

 本当に下らないと思いますが、弁護士業務をしていると、それなりの頻度で目にします。それは、職場内いじめの一場面であったり、DVが絡む離婚事件で夫婦の一方が他方に向ける暴言であったりします。

 近時公刊された判例集にも、素人判断で部下を発達障害呼ばわりして退職勧奨をしたことが違法だと判示された裁判例が掲載されていました。甲府地判令2.2.25労働判例ジャーナル98-16 国立大学法人山梨大学事件です。

2.国立大学法人山梨大学事件

 本件で被告になったのは、山梨大学を設置・運営する国立大学法人です。

 原告になったのは、被告の事務職員であった方です。

 本件は、勤務成績の不良等を理由として解雇された原告が、その効力を争い、地位確認等を求めるとともに、解雇に先立つ退職勧奨時の言動を問題視して、損害賠償を請求した事件です。 

 幾つかの興味深い論点がありますが、そのうちの一つが退職勧奨時の言動です。

 原告の方は、被告のP3人事課長、P4人事課長補佐の指示のもと、P5医師(精神科)を受診しました。また、被告附属病院におけるP6臨床心理士による心理検査も受けました。

 その後、P3人事課長は原告と面談を行い、退職勧奨を行いました。原告が発達障害であるとの発言は、この時のものです。

 この面談でのP3人事課長の言動は辛辣で、裁判所では次の発言があったことが認定されています。

(P3人事課長の原告に対する発言の一部)

〔1〕「はっきり言います、努力しても覚えられないんですよ。」
〔2〕「あの程度の仕事で給料もらえると思わないでほしいんですわ。事務職員てのは、そんなもんじゃないから。」
〔3〕「今回医者の方からもこういう風な話が来て、業務適性が基本的にない。いわゆる団体生活が根本的にできない。これ事務職員としては、致命的なんですよ。・・・それはあなたの性格が問題なんではなくて、今回の検査で明らかになったように、気質的なもの。体本来の機能としてのものが損なわれているってことが、この数字に出ているんですよ。」
(中略)
〔5〕「他の一般部署に移してもトラブルを起こして処分を受けて、懲戒処分になってくのが関の山ですから。」
〔6〕「もういくらP1さんが頑張る努力するって言っても無理だろうと思います。」
〔7〕「就業したのが間違いですよ。」
〔8〕「はっきり言って、あの仕事で常勤の給料を払ってるコストはないってこと。」
〔9〕「ほんとはタライ回しにする前に、タライ回しにするときに、ほんとは辞職勧告、辞めさせるべきだったと思いますわ。」
〔10〕「組織の中に自己主張は必要ないんですよ。」、「当たり前じゃないですか。」
〔11〕「どんどんどんどん端っこに追いやられて、もう仕事にかかわってきたら逆に邪魔になるから。」
〔12〕「何かひょっとしたら別の原因があるんじゃないかな?っていうのが、今回の検診に結びついたわけですよ。で、検診の答えとして、それが結果としてでてきてるんですよ。はっきり言いますね。発達障害なんですよ、これ。」、「発達障害なんですよ。」、「こういう症状はそうです。要するにこれは発達障害の症状なんですよ。」
〔13〕「仕事くれなかったから仕事できないんだって、そんな姿勢、攻撃的な姿勢っていうのは、はっきり言えば組織の人間の発想とすれば全く必要のない発想なんですよ。」
〔14〕「だいたい歳いってからね人間知恵がついてくるから症状が低くなってくるという傾向がみえるんですよ。普通はね歳行ってくると人間丸くなるから。それが、P1さんの場合は逆にでている。若いときの方が、もっともっと素直で、もっともっとこう努力を周りに見てもらえてた、と想像させる内容なんですよ。」
〔15〕「正直言ってP1さんに私たち事務職員のポストはないんですわ。率直にもっと率直に言うと、さっき辞職勧告っていいましたよね?職務遂行能力がない。これは私たち事務職員にとっては致命的なんですよ。」
〔16〕「単純に言います。能力がなく、トラブルを起こす危険をはらんでいる。それだけです。もう危険性だけで排除されるんです。」
〔17〕「隅っこに追いやられてから、能力が発揮する場なんてあるわけないでしょ。隅っこに追いやられる前に能力は発揮すべきもんでしょうに。そういう、懲罰的処分を受けないと、わからないっていう発想自体がおかしいんですよ。」
「そんな懲罰的に処分を受けるなんて終わりですよ、それは。それから復帰できる人なんて知らない。」、「基本的には一回そんなとこ追いやられたら、二度と復帰できませんよ。終わりですって。それなのに再起のチャンスを与えろなんてのは、図々しいにも程があるっていう発想ですよ。」
〔18〕「実はP1さんだけじゃないんだ。あと数人おんなじような方がいらっしゃるんだ。その方についても追々私の方からも話つもりにしてますが。」
(後略 発言引用ここまで)
 しかし、P3人事課長は医師資格を有しているわけではありませんし、P5医師から事前に、

「原告は、発達障害のいくつかパターンの傾向に当てはまるところもあり、社会の中でコミュニケーションを取ることは難しいが、現状の判断基準に照らすと、病気や発達障害とまではいえず、原告のパーソナリティに起因するものである」

との見解を聴取していました。

 本件では、こうしたセンシティブな情報を勝手に取得したことや、発達障害でないにもかかわらず、面談で原告を発達障害扱いしたことが問題視されました。

 後者の問題(原告を発達障害扱いした問題)に対し、裁判所は、次のとおり判示し、P3人事課長による退職勧奨の違法性を認めました。

(裁判所の判断)

「P3人事課長は、P5医師から原告が発達障害ではないことを聴取していたにもかかわらず、原告との本件面談において、原告が発達障害であると虚偽の病名を繰り返し告げ、原告は体本来の機能が損なわれている旨、また、本件心理検査の結果によれば、発達障害である旨断言しており、原告の名誉感情を不当に害するものである。
「そして、P3人事課長は、本件面談において、原告が発達障害であるとの虚偽の事実の告知に引き続いて、原告に対し、トラブルを起こす危険性だけで排除される旨、懲罰的に処分を受けるなんて終わり、それから復帰できる人なんて知らない旨、基本的に排除している、集団で排除している旨を発言していることからすれば、P3人事課長による退職勧奨は、原告に対し、不当な心理的圧力を加え、かつ、名誉感情を不当に侵害するような態様により行われたものであり、原告の自由な意思決定を不当に妨げたものとして、社会通念上相当な範囲を逸脱した違法なものと評価することが相当である。

3.素人による勝手なレッテル貼りへの警鐘

 発達障害とうい言葉・概念が世の中に広く認知されたことに積極的な側面があることは確かだと思います。しかし、流行語のように取り扱われた結果、本件のように差別用語に近い意味合いで用いられる場面も生じています。

 冒頭で述べたとおり、発達障害という言葉が差別的・侮辱的な脈絡の中で使われている場面はそれなりの頻度で目にします。個人的な経験の範疇で言うと、日常的というほど多くはありませんが、稀というほど少なくもありません。

 このようなレッテル貼りに傷つけられている人を見るたびに、苦々しく思ってはいましたが、本件の判示は、一定の事実関係を前提とするものではあるものの(発達障害ではないと知っていた)、医師でもない素人による発達障害であるとのレッテル貼りを違法だと評価した点において、画期的なものだと思います。

 他の事案にも応用できる可能性を持っていますし、こうした裁判例が存在することは、広く周知されると良いと思います。