弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

タクシー運転手の方へ 歩合給から残業代を差し引かれていたら・・・

1.歩合給から割増賃金を差し引く仕組み

 タクシー会社の賃金規程を見ていると、歩合給から残業代を差し引く賃金制度が少なくないように思われます。

 こうした賃金制度のもとでは、同額の売上を生じさせた場合、所定労働時間内にその売上を達成した場合であっても、時間外勤務をしてその売上を達成した場合であっても、トータルでは同額の賃金が支払われることになります。

 こうした賃金制度は、会社側から見れば、従業員に対し、効率よく売上を生じさせる誘因を与える合理的な仕組みに映ります。

 しかし、現行の労働基準法は、賃金と労働時間を結びつけた仕組みをとっています。

 こうした法体系のもとでは、時間外労働が長くなればなるほど、支払われるべき賃金額は増えて行かなければ辻褄が合いません。

 したがって、歩合給から残業代を差し引いて、同額の売上である限り、時間外勤務があろうがなかろうが、トータルで支払われる賃金額を同じにする仕組みは、現行法体系とは相性の悪いものとなっています。

 それでは、こうした歩合給から残業代を差し引く賃金制度を設けることは、現行法上、許容されていると考えてよいのでしょうか。こうした仕組みのもとで残業代を払っていたとして、それは有効な残業代の支払と認められるのでしょうか。

 この点が問題になった事件で、近時、重要な最高裁判決が言い渡されました。

 最一小判令2.3.30労働判例ジャーナル98-2 国際自動車(差戻し)事件です。

2.国際自動車(差戻し)事件

 本件は、まさに、歩合から割増賃金を差し引くことの適否が問題になった事件です。

 最高裁は、次のとおり述べて、こうした賃金制度のもとで支払われた割増賃金は、有効な時間外勤務手当等の弁済にはならないと判示しました。

(裁判所の判断)

「割増金は、深夜労働、残業及び休日労働の各時間数に応じて支払われることとされる一方で、その金額は、通常の労働時間の賃金である歩合給(1)の算定に当たり対象額Aから控除される数額としても用いられる。対象額Aは、揚高に応じて算出されるものであるところ、この揚高を得るに当たり、タクシー乗務員が時間外労働等を全くしなかった場合には、対象額Aから交通費相当額を控除した額の全部が歩合給(1)となるが、時間外労働等をした場合には、その時間数に応じて割増金が発生し、その一方で、この割増金の額と同じ金額が対象額Aから控除されて、歩合給(1)が減額されることとなる。そして、時間外労働等の時間数が多くなれば、割増金の額が増え、対象額Aから控除される金額が大きくなる結果として歩合給(1)は0円となることもあり、この場合には、対象額Aから交通費相当額を控除した額の全部が割増金となるというのである。」

本件賃金規則の定める各賃金項目のうち歩合給(1)及び歩合給(2)に係る部分は、出来高払制の賃金、すなわち、揚高に一定の比率を乗ずることなどにより、揚高から一定の経費や使用者の留保分に相当する額を差し引いたものを労働者に分配する賃金であると解されるところ、割増金が時間外労働等に対する対価として支払われるものであるとすれば、割増金の額がそのまま歩合給(1)の減額につながるという上記の仕組みは、当該揚高を得るに当たり生ずる割増賃金をその経費とみた上で、その全額をタクシー乗務員に負担させているに等しいものであって、前記(1)アで説示した労働基準法37条の趣旨に沿うものとはいい難い。また、割増金の額が大きくなり歩合給(1)が0円となる場合には、出来高払制の賃金部分について、割増金のみが支払われることとなるところ、この場合における割増金を時間外労働等に対する対価とみるとすれば、出来高払制の賃金部分につき通常の労働時間の賃金に当たる部分はなく、全てが割増賃金であることとなるが、これは、法定の労働時間を超えた労働に対する割増分として支払われるという労働基準法37条の定める割増賃金の本質から逸脱したものといわざるを得ない。

結局、本件賃金規則の定める上記の仕組みは、その実質において、出来高払制の下で元来は歩合給(1)として支払うことが予定されている賃金を、時間外労働等がある場合には、その一部につき名目のみを割増金に置き換えて支払うこととするものというべきである(このことは、歩合給対応部分の割増金のほか、同じく対象額Aから控除される基本給対応部分の割増金についても同様である。)。そうすると、本件賃金規則における割増金は、その一部に時間外労働等に対する対価として支払われるものが含まれているとしても、通常の労働時間の賃金である歩合給(1)として支払われるべき部分を相当程度含んでいるものと解さざるを得ない。そして、割増金として支払われる賃金のうちどの部分が時間外労働等に対する対価に当たるかは明らかでないから、本件賃金規則における賃金の定めにつき、通常の労働時間の賃金に当たる部分と労働基準法37条の定める割増賃金に当たる部分とを判別することはできないこととなる。

「したがって、被上告人の上告人らに対する割増金の支払により、労働基準法37条の定める割増賃金が支払われたということはできない。」

※ 労働基準法37条の趣旨

「使用者に割増賃金を支払わせることによって、時間外労働等を抑制し、もって労働時間に関する同法の規定を遵守させるとともに、労働者への補償を行おうとする趣旨」

3.判別可能性の理解の深化

 最高裁は歩合給から残業代を差し引く仕組みの適法性を、固定残業代の問題と同じく判別可能性の要件との関係で理解しました。

 判別可能性は、従来、金額や時間数が明確に定められているのかといった観点から議論されていました(白石哲編著『労働関係訴訟の実務』〔商事法務、第2版、平30〕132頁等参照)。

 歩合給から残業代を引く仕組みは、残業代自体は明確に計算できるため、伝統的な理解からすれば、判別可能性は認められることになります。現に原審は判別可能性はあるとし、未払賃金があるとは認められないと判示しました。

 しかし、最高裁は時間外労働をすればするほど歩合が減少する仕組みは、時間外労働を抑制するとともに労働者への補償を行おうとする労基法37条の趣旨に反することを指摘したうえで、本件で割増賃金として支給されている金銭の実質は歩合給で、時間外勤務の要素が含まれているにしても、歩合としての部分と時間外勤務の対価としての部分を区別することができないから判別可能性がないと判示しています。

 これは、従来考えられていた判別可能性の概念を。労基法37条の趣旨を使って深化させたものだと理解できます。

 冒頭で触れたとおり、歩合給から残業代を差し引く賃金制度は、タクシー業界では、それほど珍しいものではないと思います。それだけに、この判決が実務に与える影響はかなり大きいのではないかと推察されます。

 歩合給から残業代を差し引かれる賃金制度のもとで働いているタクシー運転手の方などは、違和感を覚えたら、残業代の請求をすることができないのかを弁護士のもとに相談してみても良いのではないかと思います。