弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

異動に伴う賃金減額の効力に関する相談を、東亜ペイント事件の枠組みで回答することは適切か?

1.異動に伴う賃金減額

 ネット上に、

「『上司のパワハラ』報告したら“自分も異動”に…こんな配置転換、理不尽だ!」

という記事が掲載されています。

https://www.bengo4.com/c_5/n_11193/

 記事は、

「『上司のパワハラを本部に報告したところ、自分が異動させられることになった』と、アルバイトの男性が相談を寄せている。時給が1150円から900円になるという。」

とうい事例を設定し、

「配置転換は会社の裁量とされる。とはいえ、本人からすれば、パワハラ告発後の異動は、『報復人事』にしか感じられないだろう。こうした配転の仕方に問題はないのだろうか。」

と問題提起しています。

 これに対し、回答者となっている弁護士の方は、

「会社が命じる人事異動は、確かに労働契約上、会社に配置転換権が認められ、その行使については、広く裁量が認められるところではあります。」

「しかし、次のようなときには、この配置転換権の行使が「配置転換権の濫用」にあたるとして無効となるとされています。」

「『業務上の必要性が存しない場合又は業務上の必要性が存する場合であっても、当該命令が他の不当な動機・目的をもってなされたとき若しくは労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるとき等』(東亜ペイント事件、最高裁昭和61年7月14日判決)。」

「とはいえ、業務上の必要性と労働者の受ける不利益の比較衡量が中心となることから、濫用にあたるか否かの判断自体が難しく、さらに会社の主観的な意図を立証することも容易ではないでしょう。」

「ご相談の内容では、異動により時給が1150円から900円になったということですから、労働者が受ける不利益の程度は相当大きなものと言えるため、会社としても業務上の必要性をより具体的に根拠づける必要があるでしょう。」

「また、この人事異動の判断より前に、上司からのパワハラ被害を本部に申告していたということであれば、

・その後に、会社が当該パワハラ被害に対して真摯な対応をしていたか
・人事担当者と当該労働者のやり取りの内容

などから、当該配転命令に不当な目的があったと推認させることも不可能ではなく、配置転換権の濫用という主張が認められる可能性もあると思います。」

と東亜ペイント事件を引用して回答しています。

 しかし、賃金減額を伴う配置転換の効力を東亜ペイント事件の枠組みの中で議論することに関しては、やや疑問に思います。

2.配置転換と賃金減額の問題

(1)仕事の内容と賃金が結びついてない会社の場合

 職務(仕事の内容)と賃金が結びついていない会社(賃金がポストではなく属人的な職務遂行能力と結びついている会社)では、配置転換の効力の問題と賃金減額の効力の問題は基本的には別個の問題として理解されると思います。

 決定中で賃金制度が明確には認定されているわけではありませんが、例えば、東京地決平14.6.21労働判例835-60 西東社事件は、

「労働契約も契約の一種であり、賃金額に関する合意は雇用契約の本質的部分を構成する基本的な要件であって、使用者及び労働者の双方は、当初の労働契約及びその後の昇給の合意等の契約の拘束力によって相互に拘束されているから、労働者の同意がある場合、懲役処分として減給処分がなされる場合その他特段の事情がない限り、使用者において一方的に賃金額を減額することは許されない。

(中略)

配転命令により業務が軽減されたとしても、配転と賃金とは別個の問題であって、法的には相互に関連していないから、配転命令により担当職務がかわったとしても、使用者及び労働者の双方は、依然として従前の賃金に関する合意等の契約の拘束力によって相互に拘束されているというべきである。
「したがって、本件においても、債務者が債権者に対する配転命令があったということも契約上の賃金を一方的に減額するための法的根拠とはならない。」

と配置転換の効力と賃金減額の問題とは別個の問題だと整理しています。

 配置転換の効力と賃金減額の効力を結び付け、東亜ペイント事件の枠内で効力を議論することは、果たして一般的な理解なのかなという疑問があります。

 仕事の内容と賃金との結びつきがないか希薄である場合、私の感覚では、配置転換はともかく、賃金減額に関しては、同意していないのだから基本的には無効だと回答しても差し支えないように思います。

(2)仕事の内容と賃金が結びついている会社の場合

 この場合、仕事の内容が変わるのだから、それに合わせての賃金の減額も比較的簡単に認められそうにも見えます。しかし、話はそう単純ではありません。

 例えば、仙台地決平14.11.14労働判例842-56 日本ガイダント仙台営業所事件は、営業職から営業事務職への賃金減額を伴う配転について、

本件配転命令は、債権者の職務内容を営業職から営業事務職に変更するという配転の側面を有するとともに、債務者においては職務内容によって給与等級に格差を設けているところ・・・、債権者が営業職のうちの高位の給与等級であるPⅢに属していたことから、営業事務職に配転されることによって営業事務職の給与等級であるPIとなった結果、賃金の決定基準である等級についての降格(昇格の反対措置にあたる。以下この意味で「降格」という。)という側面をも有している。」
「配転命令の側面についてみると、使用者は、労働者と労働契約を締結したことの効果として、労働者をいかなる職種に付かせるかを決定する権限(人事権)を有していると解されるから、人事権の行使は、基本的に使用者の経営上の裁量判断に属し、社会通念上著しく妥当性を欠き、権利の濫用にわたるものでない限り、使用者の裁量の範囲内のものとして、その効力が否定されるものではないと解される。」
「他方、賃金の決定基準である給与等級の降格の側面についてみると、賃金は労働契約における最も重要な労働条件であるから、単なる配転の場合とは異なって使用者の経営上の裁量判断に属する事項とはいえず、降格の客観的合理性を厳格に問うべきものと解される。」
労働者の業務内容を変更する配転と業務ごとに位置付けられた給与等級の降格の双方を内包する配転命令の効力を判断するに際しては、給与等級の降格があっても、諸手当等の関係で結果的に支給される賃金が全体として従前より減少しないか又は減少幅が微々たる場合と、給与等級の降格によって、基本給等が大幅に減額して支給される賃金が従前の賃金と比較して大きく減少する場合とを同一に取り扱うことは相当ではない。従前の賃金を大幅に切り下げる場合の配転命令の効力を判断するにあたっては、賃金が労働条件中最も重要な要素であり、賃金減少が労働者の経済生活に直接かつ重大な影響を与えることから、配転の側面における使用者の人事権の裁量を重視することはできず、労働者の適性、能力、実績等の労働者の帰責性の有無及びその程度、降格の動機及び目的、使用者側の業務上の必要性の有無及びその程度、降格の運用状況等を総合考慮し、従前の賃金からの減少を相当とする客観的合理性がない限り、当該降格は無効と解すべきである。そして、本件において降格が無効となった場合には、本件配転命令に基づく賃金の減少を根拠付けることができなくなるから、賃金減少の原因となった給与等級PIの営業事務職への配転自体も無効となり、本件配転命令全体を無効と解すべきである(本件配転命令のうち降格部分のみを無効と解し、配転命令の側面については別途判断すべきものと解した場合、業務内容を営業事務職のまま、給与について営業職相当の給与等級PⅢの賃金支給を認める結果となり得るから相当でない。)。」

と判示しています。

 これは大幅な賃金減を伴う降格配転について、配転の側面における使用者の裁量を重視することを否定し、

「労働者の適性、能力、実績等の労働者の帰責性の有無及びその程度、降格の動機及び目的、使用者側の業務上の必要性の有無及びその程度、降格の運用状況等を総合考慮し、従前の賃金からの減少を相当とする客観的合理性」

という降格の枠内で当該措置の有効性を検討することとし、降格として無効なら配転としても無効だという判断枠組みを示したものです。

 こうしてみると、降格配転の問題は、東亜ペイント事件の規範とは大分異なる枠組みが採用されていることが理解できるのではないかと思います。

 設例の事案が、仕事の内容と賃金とが結びついた会社における出来事であったとしても、帰責性もないのに時給を大幅に減額することは不可、それに合わせて配置転換も無効という議論が成り立つ余地は十分にあると思います。

 少なくとも、東亜ペイント事件の判断枠組のもとで見通しを述べるかといえば、私なら述べないですし、記事で回答をしている弁護士の方よりは、労働者側にとって楽観的な回答を述べるのではないかと思います。

※ 降格配転の問題は、山川隆一ほか編著『労働関係訴訟Ⅰ』〔青林書院、初版、平30〕167頁以下の吉川昌寛判事の論文も参考になると思います。

3.労働事件は弁護士によって回答が変わりやすいのでセカンド・オピニオンを

 労働事件は依拠すべき法条が抽象的で、それだけ見ていても正確な見通しを立てることはできません。膨大な裁判例がルールやトレンドを形成しているため、知識や経験の差が回答内容に相違を生みやすい傾向があります。

 他の弁護士から厳しい見通しを告げられたとしても、セカンド・オピニオンをとってみると、そうでもなかったということは普通にあり得ると思います。

 当事務所でもご相談を受け付けておりますので、気になる方は、お気軽にご連絡ください。