弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

新型コロナ 緊急事態宣言を受けて休業手当を支給しないと言われたら・・・

1.緊急事態宣言と休業手当

 ネット上に、

「加藤勝信厚生労働相は7日の記者会見で、新型コロナウイルス特措法に基づき緊急事態宣言が発令され、特定施設の使用が制限された場合、使用者側の休業手当支払い義務について『一律に、直ちになくなるものではない』と述べた。」

「加藤氏は支払いの要否について『(原因が)使用者の不可抗力によるものかどうかがポイント』と指摘。『自宅勤務などで労働者を業務させることが可能か、他に就かせる業務があるかも含め総合的な判断が必要』と説明した。」

「労働基準法は、使用者に責任がある理由で労働者を休ませた場合、その期間中、平均賃金の6割以上の休業手当を支払わなければならないと定めている。」

という記事が掲載されています。

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20200407-00000066-kyodonews-bus_all

 緊急事態宣言を受けて、使用者から休業を指示された場合に、労働者が休業手当を請求できるのかがホットな話題になっています。

2.休業手当とは

 労働基準法26条は、

使用者の責に帰すべき事由による休業の場合においては、使用者は、休業期間中当該労働者に、その平均賃金の百分の六十以上の手当を支払わなければならない。」

と定めています。

 この「使用者の責めに帰すべき事由」による休業の場合に、労働者が請求できる平均賃金の60%以上に相当する手当を休業手当といいます。

3.休業手当の支払いを要する「使用者の責めに帰すべき事由」とは

 それでは、休業手当を請求できる「使用者の責めに帰すべき事由」とはどのような場合をいうのでしょうか。

 最二小判昭62.7.17労働判例499-6 ノースウエスト航空事件は、

「休業手当の制度は、右のとおり労働者の生活保障という観点から設けられたものではあるが、賃金の全額においてその保障をするものではなく、しかも、その支払義務の有無を使用者の帰責事由の存否にかからしめていることからみて、労働契約の一方当事者たる使用者の立場をも考慮すべきものとしていることは明らかである。そうすると、労働基準法二六条の『使用者の責に帰すべき事由』の解釈適用に当たつては、いかなる事由による休業の場合に労働者の生活保障のために使用者に前記の限度での負担を要求するのが社会的に正当とされるかという考量を必要とするといわなければならない。このようにみると、右の『使用者の責に帰すべき事由』とは、取引における一般原則たる過失責任主義とは異なる観点をも踏まえた概念というべきであつて、民法五三六条二項の『債権者ノ責ニ帰スヘキ事由』よりも広く、使用者側に起因する経営、管理上の障害を含むものと解するのが相当である。」

という理解を示しています。

 行政解釈は、

「経営者として不可抗力を主張し得ない一切の場合を包含する」

との理解を示しています(厚生労働省労働基準局編『労働基準法 上』〔労務行政、平成22年版、平23〕367頁参照)。

 そして、行政解釈上、不可抗力の概念は、

「第一に、その原因が事業の外部より発生した事故であること(性質的要素につき客観的)、第二に、事業主が通常の経営者として最大の注意を尽くしてもなお避けることのできない事故であること(量的要素につき主観説を加味)の二要件を備えたものでなければならない」

と定義されています(同文献369頁参照)。

 代表的な労働法の概説書である菅野和夫『労働法』〔弘文堂、第12版、令元〕457-458頁では、次のような理解が示されています。

「休業手当の保証における『責めに帰すべき事由』は・・・民法上は使用者の帰責事由とならない経営上の障害も天災事変などの不可抗力に該当しないかぎりはそれに含まれる、と解するのが相当である。要するに、休業手当は、労働者の最低生活を保障するために、民法により保障された賃金請求権のうち平均賃金の6割にあたる部分の支払を罰則によって確保したことにとどまらず、使用者の帰責事由をも拡大した。すなわち、『外部起因性』および『防止不可能性』の2要件を満たして、民法で使用者の責めに帰すべきでないとされる経営上の障害であっても、その原因が使用者の支配領域に近いところから発生しており、したがって労働者の賃金生活の保障という観点からは、使用者に平均賃金の6割の程度で保障をなさしめた方がよいと認められる場合には、休業手当の支払義務があると解される

「休業手当支払義務を生ぜしめる休業の事由としては、一般的には機械の検査、原料の不足、流通機構の不円滑による資材入手難、監督官庁の勧告による操業停止、親会社の経営難のための資金・資材の獲得困難・・・などが考えられる」

4.おそらく休業手当の要否は一律には決まらない

 労働基準法26条に関しては、あまり裁判例が見当たりません。

 判例秘書という法曹実務家によく使われている判例検索システムに労働基準法26条と入れて検索をかけても、23件しかヒットしません。

 類似裁判例が見当たらないため、率直に言って、緊急事態宣言を受けて休業する場合に休業手当の支給が必要なのかどうかの予測は難しいと思います。

 しかし、上に示した「使用者の責めに帰すべき事由」の理解からすると、一律に答えが導けるようなものではない(一律にダメだと諦める必要はない)というところまでは言えるのではないかと思います。

 最高裁は「使用者の責めに帰すべき事由」は社会的に正当とされる地点の考量だと言っています。

 行政解釈は外的な事故であっても、事業主が通常の経営者として最大の注意を尽くして回避できる場合には休業手当の支払いを要しなくなる「不可抗力」に該当しないとの判断を示しています。

 代表的な学者も防止可能性があれば「不可抗力」ではないとしたうえ、監督官庁の勧告による操業停止を具体例として掲げながら、「使用者に平均賃金の6割の程度で保障をなさしめた方がよいと認められる場合」が休業手当の支払いを要する場合だと、トートロジーに近い説明をするに留まってます。

 一口に使用者と言っても、規模や業態や置かれている状況は様々でしょうから、

社会的に休業手当の支払いを求めることが正当といえるのかどうか、

最大の注意を尽くしていれば回避可能になるのかどうか、

平均賃金の6割の程度で保障をなさしめた方がよいといえるのかどうか、

の価値判断には、ブレが生じてくる可能性が高く、これは一律に答えが決まる類の問題ではないのだろうと思います。

5.行政も個別具体的な判断になると認識しているように見える

 厚生労働省が公表している

「新型コロナウイルスに関するQ&A(企業の方向け)」

には次のとおり書かれています。

「今回の新型コロナウイルス感染症により、事業の休止などを余儀なくされた場合において、労働者を休業させるときには、労使がよく話し合って労働者の不利益を回避するように努力することが大切です。」
「また、労働基準法第26条では、使用者の責に帰すべき事由による休業の場合には、使用者は、休業期間中の休業手当(平均賃金の100分の60以上)を支払わなければならないとされています。休業手当の支払いについて、不可抗力による休業の場合は、使用者に休業手当の支払義務はありません。
「具体的には、例えば、海外の取引先が新型コロナウイルス感染症を受け事業を休止したことに伴う事業の休止である場合には、当該取引先への依存の程度、他の代替手段の可能性、事業休止からの期間、使用者としての休業回避のための具体的努力等を総合的に勘案し、判断する必要があると考えられます。

https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/dengue_fever_qa_00007.html#Q4-5

 厚生労働省は新型コロナの影響での休業を一律に不可抗力だとは認識しておらず、休業回避のための具体的努力等の総合勘案によって休業手当の支払いの要否が決まると述べています。

 これは緊急事態宣言を受けての休業に対して直接答えるものではありませんが、休業手当の要否に関する厚生労働省の考え方を推知するうえで参考になります。

 冒頭の報道にある記者会見での厚生労働大臣の発言も、上記の考え方を類推したもので、緊急事態宣言のもとでも休業手当の支払いの要否が個別具体的な事例判断であることを示唆するものなのではないかと思います。

6.休業回避の可能性をめぐって弁護士に相談してみる価値はあるのではないか

 休業手当の支払いの要否は、緊急事態だからと二者択一的に決まるものではなく、

事案次第で、できる場合もあれば、できない場合もある、

できる場合に振り分けられるか、できない場合に振り分けられるのかは、価値判断による部分が大きく、裁判例が少ないこともあり、どちらに振り分けられるのかの正確な予想は困難である、

というのが正確なところではないかと思います。

 ただ、休業の回避可能性が考慮要素となっている点において、使用者から休業手当を支払わないと言われた初期段階で相談に来てもらえれば、ある程度の事案のコントロールはできるかもしれません。

 在宅でもこのような形で労務の提供ができるのではないかと積極的に使用者側に提案しておけば、仮に使用者側の理解が得られなかったとしても、後に休業手当の不支給を問題にして法的措置を取る場合に、提案に沿った対応をとることで休業を回避する余地がなかったのかを問いやすくなるのではないかと思われるからです。

 二者択一的に決まる問題ではないからこそ、弁護士を代理人に立てて使用者と労務提供の在り方を交渉することには一定の意義があるのではないかと思います。

 休業手当を払わないと言われたら、現実問題、困る方は相当数いるのではないかと思います。そうした時には、緊急事態だからと諦める前に、一度、弁護士に対応を相談してみてもよいのではないかと思います。