弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

和解内容の評価(NGT裁判)

1.和解による訴訟終了

 ネット上に、

【NGT48裁判】AKSと男性ファン「損害賠償数百万円」「謝罪文」「出禁」で和解成立

という記事が掲載されていました。

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20200408-00000024-tospoweb-ent

 記事には、

「和解の要旨について3点あるという。遠藤弁護士は『被告らが原告に対して一定程度の金銭を支払うということ』と明かし、被告らが数百万円の損害賠償金を支払うことで和解したという。」

「2点目に対しては「山口さんとのやり取りに際して、一定程度の事実を認め、原告に対して謝罪文を提出して陳謝をした」とし、A4サイズ1枚の謝罪文が提出されたと告白。『一定程度の事実』については4つあり

(1)『被告らが山口への承諾を得ずに訪問し、少なくともドアを引っ張り合うような形で暴行をしたこと』。

(2)『暴行に関して他のメンバーから山口さんの部屋番号を聞いたり、他のメンバーにそそのかされて部屋に行ったことは事実に反することを発言し、その録音テープが外部に流出したことで誤解を招いてしまったこと』

(3)『(2)に関連して他のNGTメンバーは事件に関与していなかったこと。すなわち被告らは他のメンバーと事件に関して意思の疎通はしておらず、山口さんの部屋番号を聞いたこともない』
(4)『本件、事件に関して、山口さんの帰宅時間を推測できるようなことを言ったメンバーがいましたが、このメンバーは被告らが山口さんの自宅に赴くことを告げずに、(被告らの)知人を関して(メンバーが乗る)バスに乗っているかを聞いただけで、そのメンバーは本件に関する事情は知らなかった』」

「3点目は『被告らが原告およびNGT48を含むAKB48グループの名誉やイメージを棄損することを行わないこと。また、接触をしないこと、イベント等に参加しないこと』と説明。AKB48グループ主催イベントではなく、別組織が主催する参加イベントに関しても“出禁処分”に同意したという。」

と書かれています。

 この和解内容について、

「【NGT48裁判】AKS側弁護士『私は勝訴的和解と思っている』とコメント

という記事も掲載されています。

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20200408-00000036-tospoweb-ent

 記事には、

「『勝訴的和解か、敗訴的和解か?』という問いについては『私は勝訴的和解と思っている』とし、被告からは数百万円の損害賠償金とA4サイズ1枚の謝罪文が提出されたことを明かした。」

と書かれています。

 以前、AKS側は裁判所から敗訴的な心証を開示されたのではないかという趣旨の記事を書きました。

https://sskdlawyer.hatenablog.com/entry/2020/03/27/222736

https://sskdlawyer.hatenablog.com/entry/2020/03/29/202040

 本件に関しては、概ね言いたいことは言った感はあるのですが、自分の書いたこととの整合性に関しては、説明を補充しておきたいと思います。

2.和解の評価(勝訴的和解か、敗訴的和解か)

(1)勝ち負けの基準

 結論から申し上げると、予想したとおり、AKS側の敗訴に近い和解だと思います。

 弁護士が訴訟の勝敗をどのように判断するのかというと、当初設定された獲得目標との関係で理解して行きます。

 例えば、理論的には厳しいことを認識しながら、敢えて請求を吹っ掛けるということは、それほど珍しい現象ではありません。

 300万は固い、だけれども、3000万の請求は難しい、それでも、上手く嵌れば3000万の請求が認められるかも知れないから訴訟提起段階では3000万請求するということはよくあります(あまりに荒唐無稽な主張をすることはどうかとは思いますが、画期的な裁判例はそういう挑戦の繰り返しで作られて行きますので、従前の実務から外れた主張をすることは、それ自体が不適切であるわけではありません)。

 そうした検討の結果、裁判所の認容額が300万円だったところで、それを敗訴とは考えません。こうした場合、1000万円とれたら、認容額が請求額の3分の1でも勝訴だと評価するとも思います。金銭的な請求に関する勝ち負けは、請求額と認容額との対比だけで第三者が判定できるものではありません。

(2)金銭は勝敗を判定する尺度になるのか?

 訴訟提起時、AKS側は、

「『お金の問題ではない。とりあえず一部請求をという形で3000万円になりました』と、第一に真相究明を強調した。」

とコメントしていました。

https://www.tokyo-sports.co.jp/entame/akb/1467066/

 一部請求という本気度に疑義のある構成がとられていたことからも、AKS側は「真相」(AKSの言う「真相」がどのように定義されるのかは別として)の解明に焦点を当てていたことは、そうなのだと思います。

 金銭が第一義的に位置付けられていなかったことや、金銭請求に特有の問題(請求額と和解金額の対比だけでは、一概に勝敗を評価できないこと)から、和解金額が数百万レベルに留まっているからといって直ちにAKS側の敗訴だと評価するのは早計だと思います。

 本気で3000万~1億とれると思っていて和解金が数百万レベルに落ち込んだというのなら負けかもしれませんが、飽くまでも二次的な目標である限り、金銭的な請求に関する部分は訴訟の勝敗を判断するにあたり、それほど注目する必要はないと思います。

(3)獲得した「真相」は?

 勝敗の評価につながるのは、「真相」の解明の部分です。

 民事訴訟は、基本的に、私的な利益を追求するためにやります。AKS側にも獲得目標として思い描いていた「真相」があったはずです。しかし、その「真相」の部分に成果として目される部分がない、だから敗訴的和解だと評価しています。

 AKS側が和解のポイントとして挙げる、

「被告らが山口への承諾を得ずに訪問し、少なくともドアを引っ張り合うような形で暴行をしたこと」

に関して言うと、暴行の内容が当初内容(第三者報告書の内容)よりも大分後退しています。

 第三者委員会は、

「顔面をつかむ暴行を行った事実が認められる」

と認定しているので、この点が明記されていないのは、ドアを引っ張り合う程度のことしかしていないという被告側の言い分が通ったのだと思います(山口氏が反論しないので当然ですが)。

https://ngt48.jp/news/detail/100003226

 また、

「暴行に関して他のメンバーから山口さんの部屋番号を聞いたり、他のメンバーにそそのかされて部屋に行ったことは事実に反することを発言し、その録音テープが外部に流出したことで誤解を招いてしまったこと」

「他のNGTメンバーは事件に関与していなかったこと。すなわち被告らは他のメンバーと事件に関して意思の疎通はしておらず、山口さんの部屋番号を聞いたこともない」
「本件、事件に関して、山口さんの帰宅時間を推測できるようなことを言ったメンバーがいましたが、このメンバーは被告らが山口さんの自宅に赴くことを告げずに、(被告らの)知人を関して(メンバーが乗る)バスに乗っているかを聞いただけで、そのメンバーは本件に関する事情は知らなかった」

との事実に関しても、新たに獲得されたようなものではないと思います。

 他のメンバーの関与に関しては、第三者報告書の時点で、既に、

「メンバーが被疑者らとの間で何等かの共謀をして関与した事実は認められなかった。」

との認識が示されていました。

 また、下記の報道にあるとおり、本件訴訟において、被告らは元々他のメンバーの関与を否定していました。

(以下、報道引用)

「現場に駆けつけたAKSスタッフを交えた公園でのやりとりの際、被告が“つながり”があるというメンバー8人の名前を挙げたからだ。」

「X氏は陳述書で『適当なうそ』とし、理由について『(山口がX氏と)つながっていることをAKSのスタッフの前で話してしまえば、山口真帆がNGT48のルールを破ったとして不利益な処分を受けてしまうから』と説明。AKSスタッフに山口とのつながりを隠すため、しどろもどろな発言をし、メンバー8人の名前はとっさについたうそだったと主張している。」

https://www.tokyo-sports.co.jp/entame/akb/1612398/

 他のメンバーの関与はない(提訴時)→他のメンバーの関与はない(和解時)となっているだけで、特に何かが獲得されているわけではありません。

 被告らが不関与を認めたことが一定の成果ではないかという考え方もあるかも知れませんが、そういう見方は少し疑問に思っています。供述の変遷理由についての合理的説明がないからです。

 言っていることが変わっても、それ自体は問題のあることではありません。記憶違いだとか、資料にあたって考えなおしたとか、変わっていることに理屈がつけば前にαと言っていたからといって、今現在しているβという供述が信用できないということにはなりません。言っていることがコロコロ変わるから信用できないという理屈は、言っていることが変わっている理由に合理性がない場合でなければ成立しません。

 本件に即して言うと、なぜ被告らが嘘をついてたのかの理由が和解条項案の中で誰もが分かるような形で詰められていないため、被告らの「他のメンバーの関与はない」という趣旨の供述の信用性が第三者には判断し辛くなっています。

 それゆえ、被告らの供述は当初結論を補強する材料とはなり得ず(むしろ、コロコロと変わる胡散臭い供述であるように見え)、裁判をやったことによって有意な何かが獲得されたわけではないという評価になるのではないかと思います。

(4)名誉毀損しないこと・出入り禁止は成果なのか?

 名誉毀損しないことは当たり前のことでしかありません。そのような約束がなくても、名誉毀損をすれば、普通に犯罪として摘発されます(刑法230条1項)。

 出入り禁止も、改めて条項化しなくても実現可能なことです。

 民法には「契約自由の原則」というルールがあります。

 ここには、

「契約を締結するかしないかの自由、および契約の相手方を選択する自由

が含まれると理解されています(我妻榮ほか『我妻・有泉コンメンタール 民法 総則・物権・債権」〔日本評論社、第6版、令元〕1055頁)。

 依頼を断ることに正当な事由を必要とする医師などの例外はありますし(医師法19条)、人種差別のようなことまで認められているわけではありませんが、私法の世界では基本的に「気に入らないから。」という理由だけで契約を締結しないことが認められています。

 イベントに来る問題のある人物を追い返すのは、元々自由にできることでしかありません。

 こうしてみると、本件の和解は、AKS側に何かを獲得させる類の合意ではないように理解されます。

 AKS側が獲得目標としていた「真相」がどう定義されるのかは今一外部に明確でではないものの、特に有意な事実が付け加わっているように思われないうえ、事実認定が被告の主張に引きずられているように見えるため(特に暴行の態様など)、得られたものは特にない、つまり、敗訴的和解だという判断を維持しています。

3.和解条項の内容とその公表について

 個人的には、AKS側は後付けで「他のメンバーの関与はない」という事実に獲得目標をずらしたような印象を受けます。他のメンバーの不関与を立証することが訴訟の目的だということを、訴訟の初期段階で明確に定義していたわけではないからです。

 山口氏の協力が得られるか不透明なまま訴訟を提起し、案の定、協力が得られず、事実認定が概ね被告らの側に流れそうになって、それで酷い敗訴判決を受けるよりはと元々被告が争っていなかった「他のメンバーの関与はない」という主張に着目し、それを成果と目して和解の体裁を整えたように見えます。

 ただ、被告らの供述の変遷理由の合理性について詰めないで(「適当なうそ」という理屈で第三者が納得するのかという考察がない中で)、このような和解条項を作成し、その内容をマスコミに説明することが適切だったのかは、検討の余地があるように思います。

 こういうことをすると、蚊帳の外に置かれていて、特に発言の機会が付与されていたわけでもない山口氏に、全ての責任を押し付けているように見られかねないからです。

 和解内容についての説明を聞くと、一連の騒動の原因は、あたかも「つながり」のあったファンとのドアの引っ張りあいという事実に山口氏が過剰反応したことにあるとでも言いたいような印象を受けます。私の感覚では、本人不在のところで、このような合意を形成し、それを外部に吹聴することに違和感を持つ人は、少なくないのではないかと思います。

 こういう形で格好を取り繕うくらいであれば、最初から和解内容を自分自身をも拘束されるようなガチガチの秘密保持条項で縛って、

「秘密保持条項との関係で社外に公表できることはない。成果に関しては社内の関係者でのみ共有する。ただ、社内の者が納得するだけの一定の成果は得られたと認識している。」

とだけ述べていた方が、まだ湿っぽくなかったのではないかと思います。