1.懲戒処分の標準例
公務員には、どのような非違行為が、どのような懲戒処分に対応するのかに関する標準例が定められています。
例えば、国家公務員に関しては、人事院は、
「懲戒処分の指針について 平成12年3月31日職職-68」
という指針を作成しています。
この公務外非行の部分を見ると、
「故意に他人の物を損壊した職員は、減給又は戒告とする。」(器物損壊)
「他人の財物を窃取した職員は、免職又は停職とする。」(窃盗)
などという定めが確認できます。
https://www.jinji.go.jp/kisoku/tsuuchi/12_choukai/1202000_H12shokushoku68.html
ここで使われている器物損壊、窃盗といった文言は、刑法上の概念でもあります。
しかし、法の趣旨や目的が異なる場合、同じ用語が登場していても、各用語の定義に微妙なずれが生じることは、それほど珍しい現象ではありません。
それでは、公務員の懲戒処分の場面に登場する器物損壊・窃盗といった用語は、刑法上の概念と、どれだけ厳密な一致が求められるのでしょうか?
この点が問題になった事案に、高松高判令元.12.13労働判例ジャーナル96-84 徳島県教育委員会事件があります。
これは前に紹介した地裁判例の控訴審です。
https://sskdlawyer.hatenablog.com/entry/2019/09/26/010114
2.徳島県教育委員会事件
本件は、学校徴収金約40万円入りの封筒(本件各封筒)を無断で持ち出し、これを故意に損壊したとして懲戒免職処分を受けた中学校教諭(原告・控訴人)が、懲戒免職処分の取り消しを求めて徳島県を訴えた事件です。
本件で特徴的なのは、原告・控訴人が現金入りの封筒の持ち出し行為自体を否認していたこともあり、動機の認知が詰め切れないまま懲戒処分が下されている点です。
高裁も、本件各封筒を原告・控訴人が持ち出して廃棄・損壊した事実自体は認めながらも、
「控訴人は自ら本件金庫内から封筒を取り出す一方で、特に自らへの嫌疑が深まったという状況は窺えないにもかかわらず、約1週間後には封筒の取出しを認めて被害弁償をするなどしているところ、その行動には合理性や一貫性に欠けるところがあり、愉快犯や利欲犯とも考えられない。」
「また、控訴人が供述するとおりP8教諭への意趣返しであると考えても、本件各封筒の持ち出しがP8教諭に対する意趣返しになるとも考え難いから、やはりその動機は不可解といえる。」
と動機を認定しきれていません。
動機が認定できないと何が困るのかというと、窃盗と器物損壊との切り分けに難渋することになります。
同じく現金の持ち出しであったとしても、利欲的な動機のもとで行われれば窃盗になり、誰かを困らせるために捨てるなど利欲的なものとは離れたところに動機がある場合には器物損壊になります。
窃盗と器物損壊とでは、前者の方が重く処分されるのが通常です。
冒頭に挙げたとおり、国家公務員の懲戒処分の標準例でもそうなっていますし、本件で問題となった徳島県教育委員会の懲戒処分の指針(処分指針)でも、公金等取扱い関係は、
「窃取 公金又は県等の財産を窃取した教職員 免職」
「損壊 故意に県等の財産を損壊した教職員 停職、減給」
と規定されていました。
公金を盗み取った場合の標準的な懲戒処分は免職になり、公物を故意に損壊した場合の標準的な懲戒処分は停職又は減給に留まるということです。
本件において、徳島県(被告・被控訴人)側は、動機が不可解であったとしても、本件各封筒の取り出しは窃盗に準じて考えられるべきで、標準的な処分量定(懲戒免職)との関係においても、原告・控訴人に対して行われた懲戒免職処分に違法性はないと主張しました。
しかし、裁判所は、次の通り述べて、徳島県の主張を排斥しました。
(裁判所の判断)
「控訴人の本件処分事実は、学校徴収金在中の本件各封筒を取り出してこれを廃棄したものであるから、当該行為は「損壊」・・・に該当する。」
「被控訴人は、当該行為が『窃盗』に準じるものであると主張する。確かに、封筒内に保管されている現金を金庫内から取り出したという態様自体を見れば、窃盗の客観的行為に類似する点は否定できない。」
「しかしながら、窃盗と損壊は単に占有場所からの財物移転の有無による差違だけではなく、不法領得の意思の有無などにより明確に要件が異なる上、利欲的動機の有無の別によりその一般予防の要請の度合い及び行為の非難の程度に格段の差異があるというべきであり、実際に刑法においても構成要件及び法定刑にも差異が設けられ、また処分指針においても窃盗と損壊とで処分量定に差違を設けている。また、処分指針自体が「公正性、公平性及び透明性を高め」るという目的で作成されているのであるから、不明確・不透明な当て嵌めをすることは相当ではなく、標準的な処分量定の評価としても、これを『窃盗に準じる』という曖昧な評価をすることは妥当ではない。」
3.結局別の理由で懲戒免職処分が取り消されることはなかったが・・・
本件では、結局、別の理由から原告・控訴人への懲戒免職処分が取り消されることはありませんでした。
しかし、法目的が異なる中において、「窃盗に準じる」といった立論を明確に否定したことには大きな意味があると思っています。
器物損壊と窃盗とでは標準的な処分量定そのものが変わってきます。
動機の認定という観点から懲戒処分の効力を争ってゆく根拠となる点において、本件は実務的に重要な裁判例だと思われます。