弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

弁護士が弁護士を訴える時、注意義務のレベルは加重されるか?

1.弁護士を訴えて欲しいという依頼に慎重なのは慣れ合いか?

 弁護士を訴えたいという相談があった場合、多くの弁護士は慎重な態度をとるのではないかと思います。

 これに対し、時折、外野から仲間同士の慣れ合いだという批判が飛んでくることがあります。しかし、弁護士が弁護士相手の訴訟に慎重な態度をとるのは、慣れ合いとは関係がないと思います。少なくとも、東京のような大都市部においては、弁護士は互いに顔見知りですらないことが多く、慣れ合う理由がありません。

 それでは、なぜ、多くの弁護士は弁護士を訴えることに慎重な姿勢をとるのでしょうか?

 理由は幾つかありますが、その中の一つに報復の危険があるのではないかと思います。

 弁護士が職務上守らなければならなないルールに、職務基本規程というものがあります。職務基本規程70条は、

「弁護士は、他の弁護士・・・との関係において、相互に名誉と信義を重んじる。」

規定しています。

 また、職務基本規程14条は、

「弁護士は、・・・不正な行為を助長し、・・・てはならない。」

と規定しています。

 職務基本規程31条は、

「弁護士は、依頼の目的・・・が明らかに不当な事件を受任してはならない。」

と規定しています。

 仮に、依頼人を代理して弁護士相手に損害賠償請求訴訟を提起したとして、それが認められなかった場合、こうした規定を根拠として、どのような報復を受けるか分かりません。感覚的に、請求を排除した弁護士には、報復しない理由がないので、損害賠償請求や懲戒請求は、普通に受けるだろうなという気はします。弁護士が弁護士相手の事件に慎重であるのは、身内同士の慣れ合いというよりも、むしろ、弁護士であるが故に相手の非を許さない業界の殺伐とした空気感が関係しているように思われます。

2.弁護士が弁護士を訴える時、注意義務の加重はあるか?

 業界の状況が上述のような感じであるため、依頼人を代理して弁護士が弁護士を訴える時、注意義務の加重があるのかが気になっていました。

 一般論としていうと、結果として敗訴したとしても、訴訟提起が不法行為を構成することは極めて稀です。最高裁が、

「民事訴訟を提起した者が敗訴の確定判決を受けた場合において、右訴えの提起が相手方に対する違法な行為といえるのは、当該訴訟において提訴者の主張した権利又は法律関係(以下「権利等」という。)が事実的、法律的根拠を欠くものであるうえ、提訴者が、そのことを知りながら又は通常人であれば容易にそのことを知りえたといえるのにあえて訴えを提起したなど、訴えの提起が裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くと認められるときに限られるものと解するのが相当である。」

と不法行為を構成する場面を極めて限定的に理解しているからです(最三小判昭63.1.26民集42-1-1参照)。

 このルールは、弁護士が依頼人を代理して弁護士を訴える場面でも当てはまるのでしょうか? 上述の職務基本規程を根拠として、弁護士が弁護士を訴えるにあたっては、より高度の注意義務が措定されはしないのでしょうか?

 この問題を考えるにあたり、参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。東京地判令1.10.1判例時報2448-93です。

3.東京地判令1.10.1判例時報2448-93

 本件は、弁護士である原告が、ブログで、訴外会社2社(A社、B社)の事業には実体がないから、資金提供を持ち掛けられてもそれは詐欺話であるなどと名指しで指摘したことに端を発している事件です。

 被告Y1弁護士は、A社からの依頼を受け、代理人として、名誉棄損・業務妨害で原告弁護士を被告訴人とする告訴状を警察署に提出するとともに、原告弁護士に損害賠償を請求する訴えを提起しました。

 この裁判は審理が進むとともにA社の旗色が悪くなってきました。結果、Y1弁護士は審理途中で辞任し、一審裁判所は、A社の請求を棄却、逆に原告弁護士が提起した反訴請求を一部認容する判決を言い渡しました(ただし、A社は控訴したようです)。

 その後、原告弁護士が、Y1弁護士らA社やB社に加担した弁護士に対し、損害賠償を請求する訴えを提起したのが本件です。

 原告弁護士は、

「原告は弁護士であり、弁護士が自己の名前において外形的に第三者の名誉を毀損する記事を投稿する場合、愉快犯的にこのような行為をするとは考え難いのであるから、第三者から依頼を受けた弁護士が当該第三者を代理して、このような弁護士の行為が違法であるとして訴訟を提起したり、刑事告訴をしたりする場合には、相応の裏付けがあるものか否かを確認する義務がある。とりわけ、違法行為の助長等を禁止する弁護士職務基本規程14条、依頼の目的が明らかに不当な事件の受任を禁止する同31条、他の弁護士等との関係において相互に名誉と信義を重んじる同70条の定めからは、仮に本件投稿行為に違法性がなければ、被告Y1の行為が上記規程に反することを認識することは容易である。」

などと主張し、Y1の落ち度を追及しました。

 これに対し、裁判所は、次のとおり述べたうえ、Y1による民事訴訟の提起の違法性を否定しました。

(裁判所の判断)

「民事訴訟の提起が相手方に対する違法な行為といえるのは、当該訴訟において提訴者の主張した権利又は法律関係が事実的、法律的根拠を欠くものである上、提訴者が、そのことを知りながら又は通常人であれば容易にそのことを知り得たにもかかわらずあえて訴えを提起した等、訴えの提起が裁判制度の趣旨・目的に照らして著しく相当性を欠くと認められるときに限られると解するのが相当である(敗訴の確定判決を受けた場合において、最高裁昭和60年(オ)第122号同63年1月26日第三小法廷判決・民集42巻1号1頁参照)。」

「そして、このことは、弁護士が提訴者の代理人として訴えを提起した場合における当該弁護士についても妥当し、弁護士が提訴者の代理人として民事訴訟を提起した場合の当該訴えの提起について当該弁護士の相手方に対する不法行為責任が認められるのは、当該訴訟において提訴者の主張した権利又は法律関係が事実的、法律的根拠を欠くだけでなく、当該弁護士が、そのことを知りながら又は容易にそのことを知り得たにもかかわらずあえて訴えを提起した等、訴えの提起が裁判制度の趣旨・目的に照らして著しく相当性を欠くと認められるときに限られると解するべきである。

(中略)

「被告Y1が、別件訴訟の提起に当たり、本件請求につき提訴者であるA社の主張した権利が事実的、法律的根拠を欠くものであることを知っていたとか、そのことを容易に知り得たとは認められないから、被告Y1が代理人として別件訴訟を提起したことが原告に対する不法行為を構成するとは認められない。」

4.職務基本規程の存在は民事訴訟での注意義務に影響はなさそうだが・・・

 職務基本規程の存在は民事訴訟との関係では、代理人弁護士に課せられた注意義務を加重する要因にはなっていないように思われます。

 ただ、懲戒請求された時に、このような緩やかな注意義務のもとで綱紀審査・懲戒審査がなされるとは限らず、こうした裁判例が出たとしても、やはり弁護士が弁護士を訴えることに慎重な風潮は残り続けるのではないかと思われます。