1.尋問で気を付けること
尋問における一般的注意事項の一つに、
「余計なことは言わない」
というルールがあります。
対象者の回答が足りない場合、尋問を担当する弁護士は、質問を補充することによって法廷に顕出される供述を適当な分量に調整することができます。しかし、しゃべりすぎて一旦取られてしまった言質を、元に戻すことはできません。
また、反対当事者からの反対尋問は、こちら側の言い分を崩すために行われます。これに適切に対処するうえでは、余計な情報を極力与えないことが重要になります。言葉が足りない分は、再主尋問で補充できるため、やはり余計なことを言わないことが大切です。
近時公刊された判例集にも、余計な供述が裁判所で不利に取扱われた事案が掲載されていました。東京地判令2.1.15労働経済判例速報2419-23岡地事件です。
2.岡地事件
本件は商品先物取引の歩合登録外務員の方の労働者性が問題になった事件です。
本件で被告になったのは、先物取引等を目的とする株式会社です。原告になったのは、被告で外務員として勤務していた方です。
原告と被告との間で交わされた契約書には、
「乙(原告)の取り扱った委託者に関して未収入金が発生し、当該委託者がその未収金を完済しない場合は、乙が委託者に代わって、残額を弁済しなければならない」
との記載がありました。要するに、顧客に未収入金が生じた場合、外務員が顧客に代わって穴埋めをするということです。
本件ではこうした仕組みが
「使用者は、労働契約の不履行について違約金を定め、又は損害賠償額を予定する契約をしてはならない。」
とする労働基準法16条に違反しないかが問題になりました。労働基準法16条違反の有無は、原告・被告間の契約が「労働契約」に該当するかに依存します。その関係で原告の労働者性が問題になったという経緯になります。
労働者性は幾つかの要素によって判断されますが、その中の一つに「勤務場所・勤務時間の拘束性」があります。
この要素について、裁判所は、次のとおり述べて、勤務場所・勤務時間の拘束性に消極的な評価を行いました。
(裁判所の判断)
「歩合外務員の多くは、毎営業日、被告に出社しており、原告も、営業日には概ね午前8時に出社していたが、歩合外務員の出社時刻、退社時刻及び休憩時刻について定めはなく、歩合外務員の中には、午前9時頃に出社したり、昼過ぎに退社したりする者もおり、遅刻、早退又は欠勤を理由として、歩合外務員の固定報酬部分から報酬が控除されることはなかった。前記認定のとおり、先物取引の売買執行の際には日本橋支店内での作業が必要となることや、個々の歩合外務員専用フリーダイヤル用の電話機が日本橋支店内に設置されていたこと等を踏まえると、原告を含む多くの歩合外務員が日本橋支店へ出社していたことは業務の性質を理由とする側面が強く、被告が指揮監督を及ぼすために勤務場所・勤務時間を強く拘束していたと評価することはできない。」
「原告は、勤務時間が定められており、土曜日の出勤も含め出社が強要されていたと主張する。しかし、原告は、本人尋問において、午前8時に出社しなければならない雰囲気であったが、出社するか否かは自由であり、強制ではなかった旨供述しており、他に勤務時間内の出社が義務付けられていたことを示す的確な証拠もないことから、本件契約において勤務時間内の出社が義務付けられていたと認めることは困難である。原告の主張は採用できない。」
3.尋問で勝敗が分かれることは稀であるが・・・
判決文を分析していれば分かることですが、尋問で勝敗が分かれたと思われる事案は、決して多くはありません。本件も上手く供述してさえいれば、原告が勝訴できていたかというと、そのような事案とは思われません(他の要素でも消極的な評価を受け、結論として原告・被告間の契約の労働契約への該当性は否定されています)。
しかし、
「勤務時間が定められており、土曜日の出勤も含め出社が強要されていた」
との主張を展開し、
「午前8時に出社しなければならない雰囲気であった」
とまで言えるのであれば、
「出社するか否かは自由であり、強制ではなかった」
と供述する必要はなかったと思います。
このような余計なことは言わず、「出社しなければならない雰囲気」がどのような雰囲気だったのか、どのような事実からそう思われたのかを具体的に供述していれば、また違った評価がくだされていたかも知れません。