1.偽装請負
偽装請負とは、
「書類上、形式的には請負(委託)契約ですが、実態としては労働者派遣であるもの」
をいいます。
労働者の側から見て、自分の使用者からではなく、発注者から直接、業務の指示や命令をされるといった場合、それは偽装請負である可能性が高いとされています。
https://jsite.mhlw.go.jp/tokyo-roudoukyoku/hourei_seido_tetsuzuki/roudousha_haken/001.html
偽装請負は、労働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の保護等に関する法律(労働者派遣法)の規制を潜脱するために行われる契約形態で、もちろん違法とされています。
偽装請負による法の潜脱を防ぐため、労働者派遣法は、俗に「労働契約申し込みみなし制度」と呼ばれる仕組みを用意しています。すなわち、労働者派遣法40条の6第1項5号は、労働者派遣の役務の提供を受ける者が、
「この法律又は次節の規定により適用される法律の規定の適用を免れる目的で、請負その他労働者派遣以外の名目で契約を締結し、第二十六条第一項各号に掲げる事項を定めずに労働者派遣の役務の提供を受け」
た場合、
「その時点において、当該労働者派遣の役務の提供を受ける者から当該労働者派遣に係る派遣労働者に対し、その時点における当該派遣労働者に係る労働条件と同一の労働条件を内容とする労働契約の申込みをしたものとみなす」
と規定しています。
つまり、偽装請負をした場合、その時点で派遣先(注文事業者)は労働者に対して労働契約の申し込みをしたことになります。
この場合、労働者の側で派遣先(注文事業者)に承諾の意思表示をすれば、労働者は派遣先(注文事業者)との間に労働契約が締結されたと主張することができます。
偽装請負ではないかと疑われるケースは実務上それほど稀なことではなく、この仕組みは画期的なシステムだと思います。
しかし、その割には、労働者派遣法40条の6第1項5号の適用をめぐる紛争実例は、乏しい状況にありました。理由は幾つかあると思いますが、その中の一つとして、効果が所詮「同一の労働条件を内容とする労働契約」を成立させるにすぎないことが挙げられるのではないかと思います。
契約で定められた内容の仕事をして、契約や法令に準拠した賃金がきちんと支払われてる限り、労働者にとって誰が使用者であるのかは、必ずしも切実な問題として顕在化するわけではありません。そのため、敢えて紛争化の危険を冒してまで、使用者を挿げ替えようという発想にはなりにくいのではないかと思います。
そのため、労働者派遣法40条の6第1項5号の適否が争点となった事案が公刊物に掲載されることは永らくなかったのですが、近時公刊された判例集に、この問題が扱われた裁判例が掲載されていました。神戸地判令2.3.13労働判例1223-27東リ事件です。
2.東リ事件
本件で原告になったのは、有限会社Aに入社した労働者5名(X1~5)です。
有限会社Aは被告会社との間で業務請負契約を締結しており、原告ら(X1~5)は被告会社の伊丹工場で働いていました。
本件は、これが偽装請負に該当するとして、原告らが被告会社を相手取り、労働者派遣法40条の6第1項を根拠として、労働契約の存在の確認などを求めて提訴した事件です。
なお、本件で原告らが被告会社を訴えることになった背景には、被告会社と有限会社Aとの業務請負契約の終了に伴って、有限会社Aから整理解雇された事実があります。
本件では伊丹工場での勤務が偽装請負(労働者派遣)なのか通常の請負なのかが争点の一つになりました。
この区別について、裁判所は次のとおり判示し、各観点から検討を加えたうえ、本件は偽装請負には該当しないと判断しました。
(裁判所の判断)
「労働者派遣法2条1号は、『労働者派遣』について、自己の雇用する労働者を、当該雇用関係の下に、かつ、他人の指揮命令を受けて、当該他人のために労働に従事させることをいい、当該他人に対し当該労働者を当該他人に雇用させることを約してするものを含まないものとすると定めている。」
「一方、請負は、当事者の一方がある仕事を完成することを約し、相手方がその仕事の結果に対して報酬を支払うことを約するものであり(民法632条)、請負人に雇用されている労働者に対する指揮命令は請負人にゆだねられている。」
「そうすると、請負の形式による契約により行う業務に自己の雇用する労働者を従事させる事業者について、労働者派遣か請負の区分は、当該事業者に業務遂行、労務管理及び事業運営において注文主からの独立性があるか、すなわち、①当該事業者が自ら業務の遂行に関する指示等を行っているか、②当該事業者が自ら労働時間等に関する指示その他の管理を行っているか、③当該事業者が、服務規律に関する指示等や労働者の配置の決定等を行っているか、④当該事業者が請負により請け負った業務を自らの業務として当該契約の注文主から独立して処理しているかにより区分するのが相当である(職業安定法施行規則4条1項、労働者派遣事業と請負により行われる事業との区分に関する基準を定める告示(昭和61年4月17日労働省告示第37号)参照)。」
(中略)
「以上の事情を総合考慮すると、巾木工程及び化成品工程は、遅くとも平成29年3月頃には偽装請負等の状態にあったとまではいうことはできないというべきである。」
3.体力のない請負事業者から解雇された時に効力を発揮する
本件は結論として労働者敗訴となったものの、偽装請負と適正な請負との区別について、裁判所が労働省告示に準拠して判断する姿勢を示した点に意義があると思います。
労働者派遣法40条の6第1項5号の理解が示された判例で公刊物に掲載されたのは、おそらく本件が初めてではないかと思われます。司法判断として、偽装請負と適正な請負との判断基準が示されたことは、同種事案の見通しを考えるにあたり、参考になります。
労働者派遣法40条の6第1項5号に基づく注文事業者への請求は、請負事業者に体力がなく、請負事業者に対する地位確認等の訴えが必ずしも十分な救済にならない場合、労働者の立場を守る機能を発揮します。
コロナ禍のもと、派遣切りならぬ偽装請負切りに遭った人・遭いそうな人は、決して少なくないのではないかと思います。もし、切られた人・切られそうになっている人で、偽装請負ではないか? という違和感を受けていたとすれば、注文事業者に対する地位確認の可能性についても、弁護士ら専門家に尋ねてみても良いのではないかと思います。