弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

在職中の労働者の訴訟提起に対する嫌がらせに違法性が認められた例

1.法的措置をとったことへの報復

 在職しながら勤務先に対して法的措置をとることには、色々と困難が伴うことが少なくありません。そうした困難の一つに、会社からの報復があります。

 ある程度順法意識のある会社であれば、法的措置をとったからといって、少なくとも露骨な嫌がらせをしてくることはありません。しかし、法的措置の相手方が順法意識の希薄な会社である場合、報復を仕掛けてこられることがあります。この報復から労働者を護りながら法的手続をやりきるのが、結構骨が折れるのです。

 昨日ご紹介した大阪地堺支判令2.7.2労働判例1227-38 フジ住宅ほか事件は、会社側から仕掛けられた報復に違法性が認められた事案であるという点においても、注目に値します。

2.フジ住宅ほか事件

 本件で被告となったのは、住宅分譲等の事業を営む株式会社です。

 原告になったのは、被告に雇用されていた韓国籍の従業員です。被告会社の代表取締役である被告Aから

① 韓国人等を誹謗中傷する旨の人種差別や民族差別を内容とする政治的見解が記載された資料が職場で大量に配布されてその閲読を余儀なくされた、

② 都道府県教育委員会が開催する教科書展示会へ参加した上で被告らが支持する教科書の採択を求める旨のアンケートを提出することを余儀なくされた、

などと主張して、被告会社と被告Aに損害賠償を請求した事件です。

 本件で当初問題にされたのは、上記①、②の点だけでした。

 しかし、本件訴えを提起した後、被告会社は、原告の訴えの提起を誹謗中傷する旨の従業員の感想文を職場で配布しました。原告は、訴訟提起後、こうした報復的非難を受けたことも、人格的利益を侵害する行為として追加で問題にしました。

 どのような文書だったのかは判例集で省略されているため、その詳細は分かりませんが、裁判所では、次の事実経過が認定されています。

(裁判所の認定した事実経過)

「原告は、平成27年8月31日に本件訴えを提起した後、会見を開くなどした。そして、同年9月1日、本件訴え提起の事実が、『育鵬社教科書の採択運動 勤務先で強要され苦痛 在日韓国人女性、大阪で提訴』『職場で民族差別 在日の女性提訴』『資料に差別表現 勤務先を損賠提訴』『憎悪表現文書 勤務先が配布』『民族差別的表現文書を社内で配布 在日韓国人女性が提訴』などの見出しで新聞報道され、その中には被告会社の実名が記載されたものもあった。」

被告会社は、原告の氏名及び所属部署を秘した上で従業員に対して本件訴えについて説明し、同年9月7日から同月25日までの間、全従業員に対し、本件訴えや提訴者に対する批判が記載された従業員作成の感想文等を配布し(本件配布②)、以後現在に至るまでその配布を継続している。

本件配布②は、被告Aが、被告会社に提出された多数の感想文等の中から選別した上で、原告に対し、本件訴えが間違っており許されないことである旨を知らせるために行われたものであった。

「原告の支援団体は、少なくとも平成28年1月から平成29年9月頃にかけて、本件訴えへの支援を呼びかけるために、被告会社がヘイトスピーチを含む、人種差別やパワーハラスメントを行っている旨記載したチラシの配布や署名活動を行った。」

 こうした経過のもとで行われた会社の報復行為に対し、裁判所は、次のとおり述べて、その違法性を認めました。

(裁判所の判断)

「本件配布②は、前記・・・で述べたとおり、被告らが行った本件配布①及び本件勧奨はいずれも原告に対する不法行為を構成するものであるにもかかわらず、その救済を求めて本件訴えを提起した原告に対して、本件訴えが不当であることを、主に被告会社の従業員が本件訴え及び提訴者を批判していることを内容とする多数の文書を社内に配布することにより周知して、原告の前記行為を批判するものであって、原告に対する報復であるとともに、原告を社内で孤立化させる危険の高いものであり、原告の裁判を受ける権利を抑圧するとともに、その職場において自由な人間関係を形成する自由や名誉感情を侵害したものというべきであって、違法であることは明らかである。

3.訴訟提起に対する報復は許されない

 当たり前のことではありますが、本邦では、

「何人も、裁判所において裁判を受ける権利を奪はれない。」

と裁判を受ける権利が保障されています(憲法32条)。

 訴訟提起したことに対し、報復的措置を取ることは許容されていません(会社にしても、自分より経済的に強い会社の横暴に対し、法的救済を求めたときに、裸の実力を行使されて提訴妨害をされたら理不尽だと感じるのではないかと思います。)

 報復的措置をとることが却って会社の傷口(要賠償額)を拡大させることは、これを機に、広く周知されると良いと思います。