弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

不利益性を伴わない人種差別的言動・民族差別的言動の違法性

1.差別的言動に対する一般的反応

 特定の人種・民族に対する差別的な言動を耳にしたとき、眉をひそめる人はいても、言動の主に加担して迫害行為に及ぶ人は殆どいないと思います。それは職場であっても同じで、人種差別的・民族差別的な言動をとる人がいたとしても、そういう言動をとる人の方が変人扱いされるだけで、集団での加害行為が発生したという話は、あまり聞いたことがありません。

 それでは、具体的な不利益取扱いが伴っていない場合、差別的な言動に晒された人は損害賠償請求などの法的な救済を求めることはできないのでしょうか? 本邦の損害賠償法は実際に損をした分を填補するという発想のもとで成り立っています。そのため、人種差別的・民族差別的な言動をとる人がいたとしても、周りがみんな無視していた場合、権利侵害が発生しているといえるのかが問題になります。

 この問題を考えるうえで参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。大阪地堺支判令2.7.2労働判例1227-38 フジ住宅ほか事件です。

2.フジ住宅ほか事件

 本件で被告となったのは、住宅分譲等の事業を営む株式会社です。

 原告になったのは、被告に雇用されていた韓国籍の従業員です。被告会社の代表取締役である被告Aから

① 韓国人等を誹謗中傷する旨の人種差別や民族差別を内容とする政治的見解が記載された資料が職場で大量に配布されてその閲読を余儀なくされた、

② 都道府県教育委員会が開催する教科書展示会へ参加した上で被告らが支持する教科書の採択を求める旨のアンケートを提出することを余儀なくされた、

などと主張して、被告会社と被告Aに損害賠償を請求した事件です。

 ただ、比較的周囲は冷静であったようで、訴えの提起後に嫌がらせを受けたことはあっても、訴訟提起前には、文書を閲読しなかったことにより何等かの不利益を受けたり、被告らや他の従業員から差別的な言動を受けたりすることはなかったようです。

 本件では、こうした場合に差別的言動を受けた方の権利侵害性がどのように理解されるのかが問題になりました。

 この問題について、裁判所は、次のような理解を示し、権利侵害性を認めました。

(裁判所の判断)

「使用者は、労働契約に基づいて、労働者に対して教育を実施する権利を有しており、その時期、内容及び方法は、その性質上原則として使用者の裁量的判断に委ねられているものと解される。しかしながら、労働者は、労働契約を締結して企業に雇用されても、企業の一般的な支配に服するものということはできず(最高裁昭和52年12月13日判決・民集31巻7号1037頁参照)、使用者が有する上記裁量権は、労働契約上予定された範囲でのみ行使し得るものというべきである。」

「したがって、使用者において、公序良俗に反する内容の教育を行うなど法令に反することができないことはもちろん、たとえ、法令に反するとはいえない場合であっても、業務遂行と明らかに関連性のない教育の受講を強制することは労働契約上許されないというべきである。」

「また、たとえ本件配布①のように使用者の実施する教育が強制を伴わないものであっても、様々な思想・信条及び主義・主張を有する労働者が存在することが当然に予定されている企業では、企業内における労働者の思想・信条等の精神的自由が十分尊重されるべきであることは、論を待たない(最高裁昭和63年2月5日判決・労働判例512号12頁(以下『最高裁昭和63年判決』という。)参照)。それに加えて、憲法14条1項が『すべての国民は、法の下に平等であって、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない』と定めていることを受けて、労働基準法3条が『使用者は、労働者の国籍、信条又は社会的身分を理由として、賃金、労働時間その他の労働条件について、差別的取扱をしてはならない』と均等待遇の原則を規定し、使用者に対し、国籍に基づく差別的取扱いを禁止しており、労働者は、就業場所において国籍によって差別的取扱いを受けない人格的利益を有している。」

「にもかかわらず、たとえ労働条件に関する差別的取扱いそのものには該当しないとしても、使用者が、特定の国民に対する顕著な嫌悪感情に基づき、それらを批判・中傷する内容の文献や自己が強く支持する特定の歴史観・政治的見解が記載された文献等を就業場所において反覆継続して労働者に教育目的で大量に配布することは、それ自体労働者の思想・信条に大きく介入するおそれがあるのみならず、たとえ前記国籍を有する当該労働者に対して差別意思を有していない場合であっても、前記嫌悪感情が強ければ強いほど、前記国籍を有する労働者の名誉感情を害するのみならず、当該労働者に使用者から前記嫌悪感情に基づく差別的取扱いを受けるのではないかという危惧感を抱かせるのであるから、厳に慎まねばならないというべきである。

「したがって、私的支配関係である労働契約において、使用者の実施する文書配布による教育が、その配布の目的や必要性(当該企業の設立目的や業務遂行との関連性)、配布物の内容や量、配布方法等の配布態様、そして、受講の任意性(労働者における受領拒絶の可否やその容易性)やそれに対する自由な意見表明が企業内で許容されていたかなどの労働者がそれによって受けた負担や不利益等の諸般の事情から総合的に判断して、労働者の国籍によって差別的取扱いを受けない人格的利益を具体的に侵害するおそれがあり、その態様、程度がもはや社会的に許容できる限度を超える場合には違法になるというべきである(最高裁昭和48年12月12日大法廷判決・民集27巻11号1536頁(以下「最高裁昭和48年判決」という。)参照)。」

(中略)

「使用者の前記言動により、労働者が前記内心の静穏な感情を害され、それが一般人からみても、国籍による差別的取扱いを受けるのではないかとの現実的な危惧感を抱いてしかるべき程度に達している場合は、差別的取扱いそのものを行ってはいないとしても、労働者の国籍によって差別的取扱いを受けない人格的利益を侵害するおそれが現実に発生しているというべきであり、それによる精神的苦痛を労働者において甘受すべきいわれはないから、その侵害の態様、程度が内心の静穏な感情に対する介入として社会的に許容できる限度を超えているとして不法行為が成立するというべきである(最高裁平成11年判決参照)。

(中略)

「本件配布①は、たとえ前述したとおり、従業員間の在日韓国人に対する差別的言動を誘発していないとはいっても、労働契約に基づき労働者に実施する教育としては、労働者の国籍によって差別的取扱いを受けない人格的利益を具体的に侵害するおそれがあり、その態様、程度がもはや社会的に許容できる限度を超えるものといわざるを得ず、原告の人格的利益を侵害して違法というべきである。

3.損害賠償請求には必ずしも具体的不利益を伴っている必要はない

 確かに、本邦の法体系は、

「損害賠償の責任を負う者は、財産以外の損害に対しても、その賠償をしなければならない。」

と精神的損害に対しても賠償責任が生じることを認めています(民法710条)。

 しかし、裁判所は、慰謝料に対し、あまり温情的な考え方は持っておらず、強烈な不利益でも伴っていない限り、なかなか慰謝料の請求は認めてくれません。

 そのため、一般の方には当たり前のように見えるかも知れませんが、裁判所が、

差別意思(主観的悪性)、

差別的取扱い、

従業員間の差別的言動の誘発、

といったが事情が認定できなかったとしても、慰謝料請求が認められると判示している点は、法律家的な視点で見ると画期的なこととして捉えられます。

 特定の人種・民族を貶すことが業務上必要であるとは考え難く、多くの人が快適に働くにあたっては、こうした言動はないに越したことはありません。本裁判例は、差別的言動に対する一定の抑止力になるものとして、実務法曹において銘記されるべき裁判例だと思われます。