1.雇止めルール
有期労働契約は期間の満了により終了するのが原則です。
しかし、更新されるものと期待することに合理的な理由があると認められる場合、雇止めをするには客観的合理的理由・社会通念上の相当性が必要になります。これが認められない場合、労働者が契約更新を申し込みさえすれば、承諾が擬制され、同一条件で契約が更新されたことになります(労働契約法19条2号参照)。
このように、雇止めの可否の問題は、
① 更新されるものと期待することに合理的な理由があるか(合理的期待)、
② 更新拒絶に客観的合理的理由・社会通念上の相当性があるか、
の二段階で審査される構造になっています。②は①の合理的期待が肯定されて初めて議論の対象になります。①が否定される場合、客観的合理的理由・社会通念上の相当性が議論されるまでもなく、地位確認請求は門前払い(棄却)されることになります。
この雇止めの可否について、近時公刊された判例集に、目を引く裁判例が掲載されていました。仙台地判令2.5.27労働判例ジャーナル103-76 国立大学法人東北大学事件です。目を引かれたのは、相当回数契約が反復更新され、研究者としての業績がきちんと上げられていても、補助金の打ち切りと不更新条項によって、比較的簡単に合理的期待が否定されてしまっている部分です。
2.国立大学法人東北大学事件
本件は雇止めの効力が争われた地位確認等請求訴訟です。
本件で被告になったのは、国立大学法人です。
原告になったのは、平成17年6月1日に任期を平成20年3月31日までとする労働契約を締結し、以降、7回に渡って契約を更新し、平成30年3月31日まで被告の准教授として研究業務に従事してきた方です。
原告の方の所属は、
平成17年6月1日~平成20年3月1日
金属ガラス・無機材料接合開発共同研究プロジェクト
平成20年4月1日~平成29年3月31日
原子分子材料科学高等研究機構(AIMR)
平成29年4月1日~平成30年3月31日
未来科学技術共同研究センター(NICHe)
とされていました。
AIMRは文部科学省の世界トップレベル研究拠点プログラム(WPI)の支援を受けて創設された研究機関であり、平成19年度から平成28年度までの間、WPIから年間約13億円の補助金を受けて運営されていました。
この補助金給付が平成29年3月31日に終了することから、原告は被告から雇止めの通知を受けました。研究継続の必要性があったことから1度は所属を移して労働契約の更新が認められましたが、結局、平成30年3月31日をもって雇止めされたため、その効力を争って地位確認等請求訴訟を提起したという経緯になります。
本件の特徴は、
平成26年契約、平成27年契約の労働条件通知書には、平成29年3月31日までを更新上限とする条項が付されていたこと、
平成28年契約の労働条件通知書には、平成29年3月31日以降労働契約を更新しない条項が付されていたこと、
平成29年契約の労働条件通知書には、平成30年3月31日以降労働契約を更新しない条項が付されていたこと、
相応の研究実績が上げられていたと認められていること、
にあります。
補助金が打ち切られて大幅に予算規模が縮小したといはいえ、AIMRは継続していました。そうした状況の中、いかに不更新条項があったとしても、相応の研究実績を上げてきた研究者を、簡単に雇止めにしていいのかが問題になりました。
この問題について、裁判所は、次のとおり述べて、合理的期待を否定し、原告の請求を棄却しました。
(裁判所の判断)
「AIMRは、材料科学に関する高等研究所として世界トップレベルの研究成果を上げることが使命とされていたところ、AIMRの研究者は、高度の技術・能力を評価され、上記使命を達成するに相応しい即戦力として雇用された者であるといえるから、そもそも当該研究者の雇用については、高い流動性があったことが認められる。」
(中略)
「上記認定事実によれば、AIMRは、世界トップレベルの研究成果を上げることを使命とされ、そもそも雇用には高い流動性があり、原告も、平成20年契約締結当時から、平成29年にはAIMRに対するWPIの補助金の支給が原則打ち切られることを認識していたといえ、現に平成26年契約以降は、契約更新に際し、D機構長自身から、平成29年4月1日以降は原告との間の労働契約を更新できない旨説明を受け、労働条件通知書においてこれに同意していたのであり、平成29年契約も飽くまで例外的なものであったことが認められる。」
「これらの事情の下においては、原告において上記補助金の支給期間を超えて契約が更新されることを期待する事情があったものとは認め難く、平成29年契約も例外的なものであったことからすれば、平成29年契約の期間満了時において、原告には平成29年契約が更新されるものと期待することについて合理的理由があったものと認めることはできないというべきである。」
「これに対し、原告は、被告との間の労働契約の更新回数は7回、計13年間にもわたるものであり、平成20年契約締結から平成28年契約締結に至るまで、被告からWPIからの補助金の終了時期をもって契約の更新の上限とすることを説明されたことはなかったし、AIMRはWPIからの補助金の終了後も継続することを表明しており、当然に雇用が終了する理由はなく、むしろ原告は十分な研究実績を上げていたことからすれば、原告には契約が更新されることを期待する合理的理由があったなどと主張する。」
「しかしながら、原告は、平成20年契約締結当時から、AIMRに対するWPIの補助金の支給期間が10年であることを認識していたといえることは、上記において説示したとおりである。そして、原告は、平成26年契約以降は、契約更新に際し、D機構長自身から、平成29年4月1日以降は原告との間の労働契約を更新できない旨説明を直接受けていたことが認められることからすれば、原告の主張は、上記認定とは異なる事実を前提とするものであり、その前提を欠く。上記説明の経過及び同意書の提出状況等を踏まえても、不更新条項自体が無効となるような事情を認めることもできない。」
「確かに、被告が、WPIからの補助金が終了した後も、AIMRを継続することを表明していたことには争いがないものの、WPIからの補助金は年間約13億円であったのに対し、被告が平成29年度以降のAIMRの予算として表明していたのは、7億6350万円から8億6350万円にとどまるなど、平成29年以降はWPIの補助金を受給できない以上、原告は平成29年以降AIMRにおいて大幅な人員整理が行われることは当然予見できたのであるから、原告と被告との間の契約の更新回数及び継続年数が多数かつ長期にわたるものであって原告がAIMRで相応の研究実績を上げていた事情を十分に考慮しても、原告の主張は、上記判断を左右するに至らない。」
「したがって、原告の主張は、採用することができない。」
3.業績の上げられていた科学者を簡単に切り捨てていいのか?
確かに、くどいくらいに雇止め予告がされていたことは否定できませんし、補助金が終了して予算面に制約があったのもそうだと思います。
しかし、
世界トップレベルの研究成果を上げることを使命として設立された研究機関に対し、たった10年で補助金があっさりと打ち切られてしまうことも、
相応の業績を上げてきたと評価されている研究者が、即戦力として高い流動性があるのだから地位を失っても問題ないと言わんばかりに地位を追われたことも、
かなり衝撃的でした。
理科系のことは門外漢ではありますが、
このようなことをしていては、幾ら補助金を投じてトップレベルの研究拠点を育成しようとしても、10年毎にリセットされてしまうのでは意味がないのではないか、
業績を上げていても簡単に雇止めに合うのであれば、組織に対する信頼感が生まれず、評価されている研究者でも、他に少しでも安定したポストが目に入れば、どんどん辞めて行ってしまうのではないか、
と素人目にも不安になります。
科学技術政策として疑問に思うところはありますが、研究者の雇止めの効力を争う事件を担当する可能性のある弁護士は、本件のように研究者の立場についてドライな判断がされた裁判例が存在することには、留意しておく必要があるように思われます。