弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

改善の機会を与えたといえるには、どの程度の期間の観察が必要か?

1.勤務成績・業務遂行能力不良による解雇

 勤務成績が悪いからといって、いきなりなされた解雇は、それほど簡単には有効になりません。使用者が労働者に対して事前に改善の機会を与えるべきであるとする裁判例は、決して少なくありません。

 この改善の機会は、実質的なものである必要があります。例えば、3日間連続して注意して、それで3回にわたって改善の機会を与えたから十分だという話にはならないと思います。

 それでは、改善の機会を与えてから改善がないと判断するまでの経過観察には、どの程度の期間を要するのでしょうか。

 改善の対象が事案によって区々であることもあり、一概には言えない問題ですが、この問題を考えるうえで参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されています。

 東京地判令元.8.1労働判例ジャーナル95-48 ビックカメラ事件です。

2.ビックカメラ事件

  本件は、

「勤務成績又は業務遂行能力が著しく不良で、向上の見込みがなく、他の職務に転換できない等、就業に適さないと認められたとき。」
「勤務状況が著しく不良で、再三注意をしても改善の見込みがなく、社員として職責を果たし得ないと認められたとき。」

に該当することを理由に解雇された方が原告となって、ビジュアル製品、オーディオ製品等の販売を事業内容とする株式会社である被告会社に対し、地位確認等を求める訴えを提起した事件です。

 雇用契約の締結が平成14年12月27日で、解雇されるまでには2度の業務改善指導と、3度の懲戒処分が前置されています。

 一度目の業務改善指導は、平成27年6月6日です。

 被告会社は、

〔1〕同年5月2日の免税販売における会計ルールの間違いを指摘された際、自分の判断を主張し、店長代理が正しいルールを指導したにもかかわらず反省する態度がみられなかった、

〔2〕同月16日に所属長の許可を得ないまま早退した、

〔3〕同年6月3日に上司に無断で外出し、職場を離れ業務に従事しなかった、

との事項について、業務改善指導書を交付しました。

 二度目の業務改善指導は、平成27年6月18日です。

 被告会社は、

〔1〕同日、副店長が勤務改善指導書に基づき指導を行おうとしたのに対し、一方的に黙秘を宣言し、勝手に退出した、

〔2〕上司からの事実確認に対して事実と相違する主張を行った

との事項について、勤務改善指導書を交付しました。

 一度目の懲戒処分は、平成27年8月10日付けで行われています。

 被告会社は、

同年7月18日、同月19日、同月25日及び同月30日に、上長の許可なく就業時間中にみだりに職場を離れ、業務に支障を来した

との事由に基づき、譴責の懲戒処分を行いました。

 二度目の懲戒処分は、平成27年10月7日付けで行われています。

 被告会社は、

〔1〕同年9月25日に上司から問題行動の確認を受けたが無視した、

〔2〕同月29日に上長の許可なく職場を無断離脱し、上司の指導に対して反省の弁を述べなかった、

〔3〕同月30日に職場を無断離脱し、職場に戻る旨の上司の指示を拒否するなどした

との事由に基づき、出勤停止(7日間)の懲戒処分を行いました。

 三度目の懲戒処分は、平成28年3月8日付けで行われています。

 被告会社は、

〔1〕同年2月11日及び12日にインカムを使用し、フロアメンバーに対して業務と無関係な放送を行った、

〔2〕同月17日に無断欠勤した、

〔3〕同月20日に上司の指示、注意に背く内容の館内放送を繰り返し行うなどした

との事由に基づき、降格(降給)の懲戒処分を行いました。

 解雇がなされたのは、平成28年4月15日です。

 被告会社は、

就業規程違反を繰り返しており、再三の注意・指導にもかかわらず改善がされなかったこと、

3回にわたり懲戒処分を行ったが、現在まで改善されていないこと

などを理由に原告に解雇を通知しました。

 これに対し、原告は、

「本件解雇は、最後にされた懲戒処分から1か月後にされたものであり、このような短期間で改善の有無について判断することはできない」

と主張しました。

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて、解雇の有効性を認めました。

(裁判所の判断)

「原告は、本件解雇は、最後にされた懲戒処分から1か月後にされたものであり、このような短期間で改善の有無について判断することはできない旨主張する。しかしながら、前記認定事実によれば、原告は、平成28年3月14日、同月8日付けで懲戒処分を受けた後も、同月23日から同年4月13日までの間、無断で売場を離れるなどの問題行動を繰り返しているところ・・・、同処分前にも、同様の事由に基づく懲戒処分や指導を受けていたことにも照らせば、本件解雇時点において、原告に改善の見込みがないと判断することが不合理であるということはできない。したがって、原告の上記主張は、採用することができない。」

3.最初の指導から10か月、最後の懲戒処分から1か月

 裁判所は、以前にも似たような理由で懲戒処分や指導を受けていたことを指摘し、最後の懲戒処分から1か月程度の経過観察で改善の見込みがないと見切りをつけても不合理ではないと判示しました。

 ただ、最初の業務改善指導書の交付から起算すれば、10か月程度様子が見られていることも意識しておく必要があると思います。

 本件は原告の方の行動に精神疾患の影響があったことも示唆・懸念されている事件ではありますが、職場の無断離脱といった比較的改善しやすい問題行動について、改善の機会を与えたといえるために必要な経過観察期間を理解するにあたり、参考になる事案だと思います。