弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

取引先の従業員にぞんざいな口をきいて軋轢を生じさせることは、パワハラには至らなくても解雇の正当性を基礎づける理由の一つになる

1.取引先からのハラスメント

 今年の1月15日、

事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針

という文書が告示されました(厚生労働省告示第5号)。

https://www.mhlw.go.jp/hourei/doc/hourei/H200116M0020.pdf

 俗に、パワハラ防止指針と呼ばれているものです。

 パワハラ防止指針は、

「事業主は、取引先等の他の事業主が雇用する労働者又は他の事業主(その者が法人である場合にあっては、その役員)からのパワーハラスメントや顧客等からの著しい迷惑行為(暴行、脅迫、ひどい暴言、著しく不当な要求等)により、その雇用する労働者が就業環境を害されることのないよう、雇用管理上の配慮として、・・・取組を行うことが望ましい。」

と規定しており、事業主に対して自社の労働者が取引先の労働者からパワーハラスメント等の迷惑行為を受けた場合にも、雇用管理上の取り組みを行うことを推奨しています。

 これは、カスタマーハラスメントとも呼ばれる取引先からの迷惑行為が社会的に注目されるようになったことを受けて、指針として盛り込まれたものです。

 取引先からのハラスメントに対する問題意識の高まりを受けてか、近時公刊された判例集に、取引先の従業員にぞんざいな口をきいて、取引先と軋轢を生じさせたことを、解雇の正当性を基礎づける事情の一つとして位置づけた裁判例が掲載されていました。東京地判令元.9.18 労働判例ジャーナル95-40 ヤマダコーポレーション事件です。

2.ヤマダコーポレーション事件

 本件で被告となったのは、圧縮空気を動力源としたポンプを製造・開発するメーカーです。

 原告になったのは、被告に採用され、経営企画室IT管理者(係長)として勤務していた方です。試用期間の満了の約2週間前に解雇通知を受けたことから、その効力を争い、被告に対して地位確認等を求める訴訟を提起しました。

 本件で被告が挙げた解雇事由の一つが、取引先(富士エフ・ピー株式会社)の担当者であるq5氏に対してパワーハラスメントを行ったことです。

 平成29年10月19日、被告の購買EDI(Electronic  Data  Interchange)システムにおいて、被告から富士エフ・ピーへの発注データの一部が送信できないというトラブル(本件トラブル)が発生しました。

 被告側で本件トラブルの処理にあたったのが原告でした。

 富士エフ・ピーの担当者q5は、本件トラブルの原因は被告側の管理に係るサーバの問題であるとし、そのサーバに該当するデータが格納されているかどうかの確認を求めました。

 しかし、原告はq5からの要請に応えることなく、

「貴社にデータが到達しなかった理由はなんですか? 弊社は貴社のプログラムが動作しなかったことが要因ではないかと推測しております。」

などという質問や、富士エフ・ピーで直ちに対応することが不可能な要求を、メールや電話で繰り返し行いました。

 これを受けて、富士エフ・ピーはストレス管理の問題から担当者をq5から管理部のq8に変更したうえ、何度説明しても同じ内容のメールが送られてくることなどを被告に抗議しました。

 結局、本件トラブルの原因は被告側のシステムエラーであることが判明し、被告が取引先と余計な軋轢を生じさせた原告の行為を問題視したという流れになります。

 裁判所は、次のとおり述べて、被告が行った原告に対する解雇(本採用拒否)は有効だと判示しました。

(裁判所の判断)

「富士エフ・ピーの担当者であったq5氏との間での本件トラブルをめぐるやりとりについては、これが、被告の就業規則・・・やパワーハラスメントの防止に関する規程・・・において定められている『職場において、職権などの立場を利用して業務上の適切な範囲を超えて、個々の従業員の人格を無視した言動や強要を行い、従業員の労働条件に不利益を与えたり、従業員の健康や職場環境を悪化させる行為』といえるほどの違法性が認められる事情とまでは一概に評価できないものの、他方において、富士エフ・ピーの担当者からは、本件トラブルに関する原告との一連のやりとりについて、会社として明示的な抗議を受けていること・・・、その後、q6課長を含む被告関係者が、原告の対応について、富士エフ・ピーに謝罪に出向いていること・・・からすれば、少なくとも、原告の行為は、被告と富士エフ・ピーとの間での軋轢ないし関係修復が困難な状況を発現させたものと評価するのが相当である。そして、本件トラブルの解決に際しては、富士エフ・ピーとしては、原告に対して、本来的には、被告の社内中継サーバ内のログの有無を確認しなければ、送信エラーの有無が判別できず、対象となるデータもターゲットフォルダに到達していないために、送信の事実を確認しようがないと回答し続け、中継サーバ内のログを被告において確認する必要があることを繰り返し説明したにもかかわらず、原告は、被告社内にはデータが残存していないため、送信されたものと考え、データを1日程度残す方法、異常時に再起動する方法など現状ではできないことを質問したり、富士エフ・ピーのWAOシステムの異常である等と主張したために、事態が前進しない状況となり、富士エフ・ピー側の担当者交代及び被告に対する抗議という事態を招いたものであって、このような事態に陥ったのは、結果的には原告の対応が原因であったと認められる。」
(中略)
「原告には協調性に欠ける点や、配慮を欠いた言動等により、被告の社内関係者及び取引先等を困惑させ、軋轢を生じさせたことなどの問題点があり、被告の指導を要する状態であったと認められる。」
「そして、試用期間中の解雇は、本採用後の解雇より広汎に許容されることに加え、試用期間が3か月間と設定され、時間的制約があることにも鑑みれば、比較的短期間に複数回の指導を繰り返すことを求めるのは、使用者にとって必ずしも現実的とは言い難いところ、現に、原告の上司であるq9室長やq6課長が、入社から2か月目面談の実施まで、原告の上記問題点を改めるべく、機会を捉えて原告に対する相応の指導をするも、それに対する原告の反応や態度等・・・を踏まえると・・・、上記問題点に対する原告の認識が不十分であるか、原告が指導に従う姿勢に欠ける等の理由で、改善の見込みが乏しい状況であったことが認められる。」
「さらに、原告のITの専門家としての経歴及び被告における採用条件や職務内容、原告と他部署との関係等・・・を考慮すると、被告において、原告について配置転換等の措置をとるのは困難であり、かつ、前述した原告の問題点は、配置転換をすることにより改善が見込まれる性質のものでもないこと、被告が主張する解雇事由は、結局のところ、原告の勤務に臨む姿勢や態度といった根本的で重大な問題を含むものであって、係長としての管理職の資質に関するものであると解されること、原告は当時試用期間中であり、被告への入社までにすでに3社に勤務しており、システムエンジニアとして約27年間の社会人経験を経ているのであって・・・、上司からの指導を受けるなど、改善の必要性について十分認識し得たのであるから、改めて解雇の可能性を告げて警告することが必要であったともいえないことなどの事情に加え、被告の取引先との関係悪化等の上記事実関係からすると・・・、深刻又は重大な結果が生じなかったとしても、原告の雇用を継続することにより、今後、被告側の経営に与える影響等も懸念せざるを得ないことなどを総合的に考慮すると、被告が、試用期間中である同年11月30日の時点において、試用期間の満了までの残り2週間の指導によっても、原告の勤務態度等について容易に改善が見込めないものであると判断し、試用期間満了時まで原告に対する指導を継続せず、原告には管理職としての資質がなく、従業員として不適当である・・・として、原告の本採用拒否を決定したことをもって、相当性を欠くとまではいえない。」
「そうすると、本件解雇は、解約権留保の趣旨・目的に照らして、客観的に合理的な理由があり、社会通念上も相当というべきであるから、原告と被告との間の雇用契約は本件解雇により終了したものと認められる。」
「したがって、原告の労働契約上の地位確認請求・・・及び本件解雇以降の賃金支払請求・・・は、いずれも理由がない。」

3.会社の威を借ってはいけない

 本件は社内でも数多くのトラブルを引き起こしており、取引先の従業員に対するぞんざいな対応だけで解雇(本採用拒否)になったわけではありません。

 しかし、取引先の従業員に対してぞんざいな対応をすることは、ハラスメントといえるほどの違法性がなかったとしても、解雇の正当性を根拠付ける理由になります。取引先も自社の従業員を守る必要があるため抗議してきますし、正式な抗議があれば勤務先会社としても何等かの対応はせざるを得ません。

 パワハラ防止指針の施行(令和2年6月1日より施行)に伴い、ハラスメントに対する行政・司法の姿勢は、厳しくなることはあっても緩やかになることはないだろうと思われます。

 パワハラ防止指針の施行前においてすら、ヤマダコーポレーション事件のような裁判例が出されていることからすると、当たり前のことではありますが、会社の威を借って取引先の担当者に高圧的な物言いをしたなどと非難されないよう、労働者は、部下に対してだけではなく、取引先に対しても、節度を持って接する必要があります。