1.他社就労の評価
解雇されたり雇止めをされたりすると、それが違法なものであったとしても、勝訴するまでの間、収入が閉ざされてしまいます。訴訟を提起してから判決が得られるまでには1年を超える時間がかかることも珍しくなく、その間、どのように生計を立てるのかかは切実な問題です。
このような場合、雇用保険の仮給付と呼ばれる仕組みを利用することが考えられます。
これは、
「雇用保険に関する業務取扱要領(令和元年10月1日以降)一般被保険者の求職者給付 53201- 53400 第18解雇の効力等について争いがある場合の措置」
に記述されている以下の制度をいいます。
「労働者が事業主の行った解雇を労働組合法第7条若しくは労働基準法第3条、第19条、第20条違反又は労働協約等に違反するからその解雇は無効であると主張し、労働委員会、裁判所又は労働基準監督機関に申立て、提訴又は地位保全若しくは賃金支払いの仮処分(以下『仮処分』という。)の申請又は申告をし、その効力を争っている場合においては、解雇事実の判定はきわめて困難であり、一方、労働者を保護する必要が大であるので、解雇の効力等について争いがある場合における措置として、一定の場合に限って資格喪失の確認を行い、これに基づき基本手当等を支給することとするものである。」
https://www.mhlw.go.jp/content/000362178.pdf
ただ、この仮給付にしても、受給できる期間には一定の限界があります。
受給期間が満了してしまった場合、生計を立てるためには、他社での就労も選択肢の一つになります。
しかし、他社で就労すると、解雇や雇止めの効力を争っているのに、その会社での就労意思を喪失したと言われそうな気もします。
これを避けるため、裁判所での係争中、他社での就労は、控えざるを得ないのでしょうか。
結論から言うと、そのようなことはありません。使用者側から所掲のような主張が出されることはありますが、生活のために他社就労したからといって、それが訴訟の帰趨を決める決定打になることは先ずないと思います。
近時公刊された判例集にも、雇止め等の係争中に他社で就労したことについての評価が書かれた裁判例が掲載されていました。
大阪地判令元.6.20労働判例ジャーナル92-28 プライベートコミュニティー事件です。
2.プライベートコミュニティー事件
(1)事案の概要
これは端的に言うと、残業代を請求した社員が報復的な雇止めにあった事件です。
被告になった会社は、キャラクターの企画、開発、デザインの販売等を目的とする株式会社です。
原告になったのは、被告でペンケース等のデザイン業務に従事していた方です。
平成28年4月1日、原告は被告との間で、試用期間3か月、基本給19万2793円とする労働契約を締結しました。
試用期間満了間際の平成28年6月28日、原告は被告との間で、
契約期間 平成28年7月1日~平成29年4月30日
基本給 月給19万2793円
定年制有り(40歳)
の雇用契約書を取り交わしました。
契約期間が過ぎた平成29年5月1日以降も、原告は従前どおりの業務に従事していました。
平成29年5月11日、原告の方は、
「基本給と残業代について記載されていた書類を、コピーしたいのですがお借りできますでしょうか。」
「未払いの残業代の支払いについて、いつの何時間分の残業代かなどの明細を頂きたいです。」
などと書かれたメールを送信しました。
すると、被告から、
雇用期間 平成29年5月1日~平成30年4月
給料 基本給15万0111円
残業手当1104円
退職に関する事項 期間の定めなし 定年40歳
と書かれた雇用契約書に署名押印するように求められました。
労働条件の切り下げであることからこれを断ったところ、被告は平成29年6月2日付けで、原告の労務提供は受領しないとして、社内からの退去を命じる退去命令書を交付しました。
こうした経過のもとで雇止めの効力などが争われたのが本件です。
原告は平成29年7月以降、他社で就労しながら雇止めの効力を争いました。
(2)裁判所の判断
裁判所は次のとおり判示して、雇止めの効力を否定しました。
「本件雇用契約書には契約期間の定めがある一方で、定年制有り(40歳)との記載があること・・・、更新が1回とはいえ、その更新の際には何ら更新の手続を行うことなく契約期間が経過し、そのまま労務の提供が行われていたこと・・・、被告が原告の労務提供の受領を拒否し、原告が被告において勤務できていないため、上記(3)で更新された労働契約の契約期間中(平成29年5月1日から平成30年2月28日まで)、原告の雇止めを基礎づけるような業務上のミス等が一切ないことからすれば、原告が平成29年5月に更新された有期労働契約の更なる更新を期待することについて合理的な理由があり、本件雇止めは、客観的に合理的な理由がなく、社会通念上相当とはいえないと認められる。」
「被告は、原告が平成29年6月2日から一切労務を提供していないことを本件雇止めの合理性・相当性を基礎づける事由として主張するが、原告が労務の提供をしていないのは被告が労務を提供しようとする原告に退去を命じるなどして・・・その受領を拒否して原告による労務提供をできなくしているためであって、そのことをもって本件雇止めの合理性・相当性を基礎づける事由とできるものではない。」
「被告は、原告が平成29年7月から他社で就労して収入を得ていることも指摘するが、被告が原告による労務提供の受領を拒否してその間の賃金を支払わない以上、原告はその生活のために他社で働かざるを得ないのであって、原告が他社で得ている収入がいずれも被告の賃金額を下回っていること(別紙未払賃金計算表参照)も考慮すると、そのことから直ちに原告に被告での就労の意思がないといえるものではない。したがって、このことから本件雇止めの合理性・相当性が基礎づけられるものでもない。」
「被告が資本金300万円、従業員15名の小規模な会社であるとしても、何らの理由なく原告を雇止めにできるものでもない。」
「以上によれば、本件雇止めは、無効である。」
3.他社就労の部分は一定の限度で賃金額から控除されるが・・・
他社就労することによって得た賃金は、未払賃金の4割を超えない範囲で損益相殺の対象になります。本件判決でも、
「原告は、平成29年7月以降他社で就労し、別紙未払賃金計算表の『中間収益』欄記載のとおりの収入を得ている・・・ところ、同収入は、対応する時期の原告の賃金額から控除することができる。ただし、控除できるのは平均賃金の4割を超えない部分に限られる(最高裁判所昭和37年7月20日第二小法廷判決・民集16巻8号1656頁参照)。」
と判示されています。
しかし、逆に言えば、他社で働いたとしても、解雇・雇止めの無効が認められた場合、最低限未払賃金の6割は得られるのであって、他社で稼働したからといって、それが損になることはありません。
他社で就労したとしても、生活のために働かざるを得ないのであって、機械的に就労意思を喪失したとみなされるわけではありません。
強引な解雇、雇止めに納得のいかない方は、他社就労しながら争うという方法も可能です。
※ 高年齢者雇用安定法8条は
「事業主がその雇用する労働者の定年(以下単に『定年』という。)の定めをする場合には、当該定年は、六十歳を下回ることができない。ただし、当該事業主が雇用する労働者のうち、高年齢者が従事することが困難であると認められる業務として厚生労働省令で定める業務に従事している労働者については、この限りでない。」
と規定しています。
同法施行規則4条の2は、
「法第八条の厚生労働省令で定める業務は、鉱業法(昭和二十五年法律第二百八十九号)第四条に規定する事業における坑内作業の業務とする。」
と規定しています。
したがって、坑内作業でもないデザインの仕事で、定年制40歳と定めることは違法だと思われます。
この点からも、当該会社は大分無茶をする会社だなと思います。