弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

整理解雇における交渉、無理のある回答期限の設定はリスクでしかない(労働条件の切り下げに応じるか、さもなければ解雇する)

1.無理のある回答期限の設定には、害はあっても益はない

 労使紛争に限らず、紛争の一方当事者が他方当事者に何等かの要求をする場合、回答期限を設定することがあります。

 例えば、

「本通知の到達後、2週間以内にご回答を頂けない場合、やむを得ず法的措置をとることがあります。」

といったようにです。

 こういう通知を見ると、その期限内に何らかの回答をしなければ不利になるのではないかと心配する方がいます。

 しかし、別に心配したり怖がったりする必要はありません。一方的に設定された期限に従う義務などあるはずもなく、徒過したところで、普通、どうということはありません。

 弁護士実務をしていると、事件の性質や内容に照らして極端に短い回答期限が付されている通知を見ることがあります。1週間以内に回答しろだとか、酷いときには、3日以内に回答しろといったような通知です。

 余程の弱みでもない限り、こういう期限設定は無視して淡々と合理的期間内に回答をすることになります。普通の事案では、それで何の問題も起きません。期限内に回答がないと騒ぐ人が稀にいますが、訴訟に移行した時に、その人が裁判所から変な目で見られるだけで、当方には特段の実害はありません。紛争処理で重要なのは、裁判所の理解を得ることであって、相手方の理解や納得を得ることではありません。

 一般論として言うと、無理のある回答期限は、遵守されませんし、次の行動を正当化するエクスキューズにもなりませんし、裁判所から変人だと思われるリスクもあるし、設定したところで、害になることはあっても、益になることはありません。

 近時の判例集にも、整理解雇の場面で無理のある期限設定をして、解雇の有効性が否定された裁判例が掲載されていました。大阪地判令元.6.6労働判例ジャーナル92-38 Vet’sコンサルティング事件です。

2.Vet’sコンサルティング事件

 この事件は動物病院(被告P4の個人事業)を整理解雇された動物看護師P1~P3(以下「原告ら」といいます)が、解雇の効力を争って地位の確認等を求めて訴えを提起した事案です。

 整理解雇の背景には、動物病院の売上の減少と、人件費比率の高さがありました。

 裁判所は以下のように述べて、人件費削減の必要性があったことを認めながらも、無理のある期限設定のもとで労働条件の切り下げに応じるか、さもなければ解雇すると迫ったことから解雇回避努力が尽くされていないとして、解雇の効力を否定しました。

(裁判所の判断)

-人員削減の必要性-

「本件動物病院は、原告らの解雇日に近接する平成29年1月13日、ホームページ上で動物看護師、薬剤師及び事務職の募集を行っている・・・。しかしながら、

〔1〕被告P4の所得税青色申告決算書の損益計算書によれば、平成25年から29年にかけて、売上金額は減少を続けており、平成26年から28年にかけては、経費控除後の金額において損失を計上していること・・・、

〔2〕被告会社は、平成25年から28年まで、被告P4から、おおむね1200万円の支払を受け、被告P4の従業員に対する給与の支払いを行っていたところ、平成27年及び28年の損益計算書によれば、損失を計上していること・・・、

〔3〕被告P4は、外注工賃の名目で被告会社に資金を投入しているところ、被告会社の上記損益計算書によれば、被告会社の販売費及び一般管理費の大部分は人件費で占められていること・・・、

〔4〕被告P4の上記損益計算書によれば、給与賃金と外注工賃との合計額が、売上原価差引後の金額に占める割合は、平成28年においては約54%、平成27年においては約52%、平成26年においては約58%であったこと・・・、

以上の事実が認められる。かかる事実によれば、本件動物病院における利益に対する人件費の占める割合は高く、被告P4が上記のように損失を計上するに至った主な原因は、高額な人件費にあるということができる一方で、本件動物病院の売上金額が減少を続けている状況においては、被告P4には、経営を健全化・合理化するため、人員の削減を行ない、人件費を削減する必要性があったと認められる。

-P2との関係での解雇回避努力等-
「P5マネージャーが、原告P2に対して提示した賃金額は、時給が1400円であり、1日8時間労働として日給に換算すると、1万1200円となるところ、従前は、日給が1万2705円とされていたから、日給が1505円の減額となる・・・。また、昼食代については従前1勤務日当たり800円であるとされ、仮に22日勤務した場合、月額1万7600円となるところ、提示された賃金においては、昼食代月3500円のほかに、家賃補助月2万円を支給するとされている・・・。」
「以上によれば、被告P4は、本件動物病院の経営状況に照らし、賃金の減額が避けられない中でも、原告P2に対して、一定の合理性を有する契約内容を提示することで、解雇を回避する努力を行っているということができる。」

「しかしながら、

〔1〕P5マネージャーは、平成28年9月以降、本件動物病院の経営に関与するようになり・・・、同月23又は24日、原告P2に対して、本件動物病院の経営状態が芳しくないことを理由として、最終的には年収300万円にまで賃金を減額する可能性を示唆しつつ、職務内容について教育指導を担当するか否かの意向を確認してはいたものの・・・、具体的な賃金額や職務の内容(受付事務)を提示したのは、同年11月25日が初めてであったこと・・・、

〔2〕P5マネージャーが、原告P2に対して賃金額等の労働条件を提示した際、原告P2に対して、労働条件の変更に応じるか、さもなければ解雇するとの二者択一的な提示をした上で、わずか5日で回答するように求めたこと・・・、

〔3〕原告P2が加入した本件組合は、回答期限満了までの間にも、被告P4との間で、団体交渉を行ったものの、被告P4は、原告P2が、賃金減額や職務内容の変更を了承できないとの意向であると理解しながら、回答期限を延ばすことのないまま、原告P2に対する解雇予告を行ったこと・・・、以上の事実が認められる。これらの事実に加え、労働契約法の合意原則(同法1条、3条1項、4条1項)、労働者の従属性及び労使間の情報収集能力・交渉力の格差に鑑みれば、被告P4は、原告P2に対し、解雇回避のために労働条件の変更を申し出てはいるものの、十分な説明や交渉を経ることのないまま、解雇の意思表示を行ったものということができ、解雇回避努力が十分に尽くされたものと評価することはできない。解雇の手続上も相当であるとはいえない。

「以上によれば、原告P2に対する解雇が、整理解雇として、客観的合理的理由及び社会通念上の相当性を有するものであるとは認められない。」

-P1及びP3との関係での解雇回避努力等-
「被告P4は、原告P1及びP3に対し、平成28年12月12日に労働条件の提示を行った・・・ものの、原告P1及びP3から返答を聞くことのないまま、同月27日、原告P1及びP3に対して解雇の意思表示を行った・・・ものであって、何らかの解雇回避努力がなされているとはいえない。
「したがって、原告P1及びP3に対する解雇が、整理解雇として、客観的合理的理由及び社会通念上の相当性を有するものであるとは認められない。」

3.専門家から見て適切な行動、紛争処理に慣れない人にとって頼もしく映る行動

 弁護士の良し悪しを一般の人が判断するのは困難だと思います。原因は幾つもありますが、専門家から見た適切な行動と、紛争処理に慣れない人にとって頼もしく映る行動が違うことも、その一つではないかと思います。

 無理のある回答期限の設定も評価に齟齬がでるポイントの一つです。

 紛争処理に慣れた弁護士からすると、冒頭で述べたとおり、無茶な回答期限の設定はリスク要因でしかなく、こうした期限設定をすることには消極的な評価をすることが多いだろうと思います。

 他方、裁判慣れしていない人から見ると(裁判慣れしている一般の人など殆どいないとは思いますが)、強気に回答を迫る人の方が頼もしく見えることもあるようです。

 しかし、強気に行った結果、どうなるかと言うと、Vet’コンサルティング事件で敗訴した使用者のようになります。人員削減の必要性が認められているのだから、必要なプロセスさえ踏めば有効な整理解雇ができた可能性はそれなりにあったのに、無茶な回答期限を設定して回答を迫ったという手続のところで足元を掬われました。

 使用者側の交渉はP5マネージャーがやっています。無茶な回答期限の設定がP5マネージャーの独断なのか、病院側の弁護士の助言のもとで行われたのかは分かりませんが、手続で負けるというのは、端的に言うと、エラーによる負けに等しいことだと思います。

 一般の方が弁護士の良し悪しを見極めるポイントですが、相手方に対してあんまり高圧的に迫る人への依頼の継続には、少し慎重になった方がいいかも知れません。