弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

見たくもないイジメ・パワハラを目の当たりにさせられないことに、権利性は認められるだろうか?

1.同僚がパワハラを受けていたら

 職場で同僚がいじめや嫌がらせを受けている場面を目の当たりにすることは、決して気分の良いことではないだろうと思います。

 それでは、自分がターゲットになっているわけではないとしても、こうした嫌がらせを見せつけられないことを、法的な保護に値する権利・利益として構成することはできないでしょうか。

 この問題を考える上でのヒントになりそうな裁判例が公刊物に掲載されていました。

 岡山地判令元.5.31労働判例ジャーナル90-22 国立大学法人岡山大学事件です。

2.国立大学法人岡山大学事件

(1)事案の概要

 この事件は、特定の同僚ら(旧執行部であるP4教授やP6教授、原告P2の意に従った対応をしなかったP7准教授やP5准教授ら)にハラスメントを行ったことを理由に被告国立大学法人岡山大学から停職処分を受けた原告教授P2が、その効力を争って出訴した事件です。

 停職処分の後になされた解雇の効力が争われていることにもあり、事件は錯綜していますが、冒頭の問題に関係しているのはP2への停職処分の有効性に関する部分です。

 被告が停職処分の理由として掲げたP2のハラスメント行為は10にも及びます。一例を挙げると次のようなものです。

(P2処分事由1)

「平成23年1月当時、P6教授が薬学部長を務めていたところ、その任期は同年3月31日までであったため、新薬学部長を選任するための選挙に向けた準備が進められており、原告P1及びP4教授が出馬の意思を示していた。」
「原告P2は、同年1月31日、複数の薬学系教員に対し、概要下記内容のメールを送信した。」

-以下メール-

「まもなく2月、薬学部の将来を決める学部長選挙も2週間あまりになってきました。・・・少々、P2から例によりまして情報リークしたいと思います。・・・以下をお読みいただきますと明らかながら、もはやこの薬学部に救世主はP1教授をおいて無しとP2は判断しております。・・・当初、僕はもうお一方の候補者の先生でも薬学部は良くなると考えており、心底お支えし、お手伝いするつもりでしたが、どうも種々の状況と取り巻く環境がいけません。・・・以下の情報をP1新学部長実現のご参考にしてください。・・・」
「(重要情報リーク)・・・」
「3 新問題発覚難治性感染症プロジェクト問題とオープンラボ配分
 さてはて、またも駄目だめな執行部。次から次へと問題を起こしてくれています。・・・このプロジェクトの関係教授の過去のすでに隠蔽された競争的資金の不正使用、目的外使用等の再調べや今回の薬学部長選挙や研究科長選挙に関わる利益誘導、また、薬学部のオープンラボ配分では、このプロジェクトをネタに欲得に満ちた配分計画など、事実であるとすれば、ゆゆしき事態で、耳にするや嫌気がさします。・・・

-以上メール-

当時、P4教授は、副薬学部長を務めており、薬学部における執行部の一員であったほか、難治性感染症プロジェクトの実質的責任者であった。

 選挙に絡んでのこととはいえ、このようなネガティブキャンペーンで同僚が揶揄されるのを見せつけられるのは、メールを受け取った他の教員にしても、あまり良い気持ちはしないだろうなと思います。

(2)裁判所の判断

 以上のような問題行為の存在を一つ一つ認定して行った後、裁判所は次のように述べて停職処分の有効性を認めました。

(裁判所の判断)

本件P2停職処分に関する懲戒事由は、計10件にも及ぶハラスメント行為であり、そのほとんどは、旧執行部であるP4教授やP6教授、原告P2の意に従った対応をしなかったP7准教授やP5准教授らを相手方とするものであり、いずれも同人らを不快にさせるものである。P2処分事由〔1〕、〔2〕、〔3〕の一部及び〔5〕~〔10〕に関する懲戒事由については、薬学系教員らからの、ハラスメント行為の相手方(上記教授や准教授ら)に対する評価や信用を低下させる重大な結果をもたらすものである上、個々の表現内容も相手方を強い言葉で断定的に誹謗、侮蔑等するものがほとんどであり、態様としても悪質であって、ハラスメント行為の相手方を著しく不快にさせるのみならず、メールの受信等をした他の職員への悪影響ないし萎縮的効果も看過できない。原告P2のこれらの行為は故意に行われたものであり、酌むべき事情も見当たらない(原告らが被告薬学部を良くしたいという思いを持っていたことはうかがわれるが、それ故に許容範囲を大きく逸脱したハラスメント行為をしてよいことにはならない。)。本件P2停職処分に関する懲戒事由は、重大なものというほかない。」
「原告P2が、当時、副医歯薬研究科長ないし副薬学部長という、本来ならばハラスメントの防止等を図るべき地位にあったことも考慮すれば、原告P2には過去に非違行為(懲戒処分歴)はないことを考慮しても、停職8か月間という本件P2停職処分の量定をもって、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当性を欠くものとは認められず、その権利を濫用したものとはいえないというべきである。」

3.ハラスメントは直接のターゲットにならなくても悪影響・萎縮的効果を生じさせる

 国立大学法人岡山大学事件は、飽くまでも懲戒処分の有効性を判断した事案にすぎず、ハラスメントを見せつけられた職員から加害者への損害賠償請求の可否を論じた事案ではありません。

 しかし、直接のターゲットになっていなくても、悪影響や萎縮的効果などの被害を生じさせることを認めている点は興味深く思います。

 ハラスメントを見せつけられると「明日は我が身かも・・・」と怖くなって萎縮してしまうというのは容易に想像できます。

 こうした被害を権利利益の侵害と捉えたうえ、直接のターゲットになっているわけではない人からも、ハラスメント行為を裁判所で問題提起して行くことができる可能性があるのではないかと思います。

 勝てるかどうか分かりませんし、認容されたとしても、それほど金額が伸びるとは思われませんが、あってもいい訴訟類型ではないかと思います。いじめにあっている同僚を放っておくと、その人が辞めた後、本当に「明日は我が身」になりかねないからです。そうした事態を防ぐことには、お金には代えられない価値があるかもしれません。特に、職場がハラスメントの加害者に適切な対応を取ってくれない時には、検討されても良いのではないかと思います。