1.深夜割増運賃の不払いの問題
労働基準法37条4項は、
「使用者が、午後十時から午前五時まで・・・の間において労働させた場合においては、その時間の労働については、通常の労働時間の賃金の計算額の二割五分以上の率で計算した割増賃金を支払わなければならない。」
と規定しています。
一般に深夜割増賃金と言われる仕組みです。本条の定めにより、使用者は午後10時~午前5時の時間帯に労働者を働かせた場合、25%以上の割増賃金を支払う義務を負うことになります。
労働基準法15条1項は、
「使用者は、労働契約の締結に際し、労働者に対して賃金、労働時間その他の労働条件を明示しなければならない。この場合において、賃金及び労働時間に関する事項その他の厚生労働省令で定める事項については、厚生労働省令で定める方法により明示しなければならない。」
と規定しています。
これを受けた労働基準法施行規則5条1項3号は、
「賃金・・・の決定、計算及び支払の方法、賃金の締切り及び支払の時期並びに昇給に関する事項」
を明示事項として掲げています。
労働基準法15条所定の書面を労働条件通知書面もしくは労働条件明示書面といいます。
労働基準法15条の要請として深夜割増賃金の計算方法は就労前に明示されなければならず、厚生労働省が作成している労働条件通知書の書式にも、深夜割増賃金の割増率を記載する欄が設けられています。
https://www.mhlw.go.jp/bunya/roudoukijun/roudoujouken01/
法制度上、深夜割増賃金が発生することや、深夜割増賃金の割増率は、労働契約を交わす前に知らされていなければならないことになっています。
しかし、所定労働時間が深夜帯である夜勤・深夜業の方の労働条件に関し、基本給という括りしかない労働条件通知書(労働条件明示書面)、雇用契約書、給与明細しかない場合があります。
所定労働時間が深夜に渡っているのだから、深夜割増賃金は基本給に当然含まれているという理解のもとで、このような取り扱いをしているのではないかと思います。
しかし、このような略式のやり方で深夜割増賃金を表示し、基本給しか支払わないという扱いは許されるのでしょうか?
この点が問題になった裁判例が、判例集に掲載されていました。
福岡地判平30.9.14判例タイムズ1461-195です。
2.事案の概要
本件で原告になったのは、トラックの長距離運転手の方です。残業代や深夜割増賃金が支払われないのはおかしいとして、未払賃金の支払いを求める訴えを起こしました。
原告の方が被告会社と交わした労働契約は次のとおりだったと認定されています。
ア.雇用形態 正社員
イ.期間 期間の定めなし
ウ.職務 長距離貨物10トントラックの運転
エ.勤務地 本店
オ.賃金支払方法 毎月20日締め、翌月5日払い
カ.所定労働時間 始業時刻午後5条、終業時刻午前3時20分
休憩時間2時間20分
本件では労働条件通知書面や雇用契約書が作成されたとの認定はなく、給与明細だけがあったようです。
そして給与明細には次のような記載がありました。
(仮払計)
毎月の運行実績に基づく路線単価を合計した金額から、退職積立金1万円を控除した額
(合計給料)
仮払計から、勤続1年以内の労働者については5%、勤続3年以内の労働者については3%を控除した額
(基本給)
合計給料から被告会社が職場放棄による損害として主張する金額を控除した額
これに加え、賃金台帳や給与明細一覧表上、「その他」として表示されていたものに是金及び社会保険料、社員寮の風呂、互助会費などがあったようです。
被告会社は、
「長距離トラックの運転手の始業時刻は、午後3時ないし午後6時頃であり、その業務には深夜の荷役等が含まれるから、その基本給は当該業務に従事する対価として支払われていた。したがって、原告と被告会社との間では、基本給に深夜労働についての割増賃金を含むとの合意が成立していた。したがって、被告会社は別途深夜割増賃金を支払う義務はない。」
と主張しました。
3.判決の要旨
裁判所は次のとおり述べて、基本給の中に深夜割増賃金が含まれているとの主張を排斥しました。
「基本給に深夜労働等の割増賃金が含まれていると認めるには、通常の労働時間の賃金に当たる部分と深夜等の割増賃金に当たる部分とが判別できることが必要となるところ(最高裁平成6年6月13日第二小法廷判決・集民172号673頁)、原告に交付されていた給与明細(甲7)にはそのような判別ができる記載はない。また、証拠(甲8、乙14)によれば、路線には深夜労働時間帯(午後10時~午前5時)が含まれるものとそうでないものがあり、同一の路線でも日ごとに深夜労働時間が異なったりするにもかかわらず、路線単価を決定するについて、深夜労働の有無や長さを厳密に検討することはされていないことが認められる。」
「そうすると、基本給に深夜労働に対する割増賃金を含むとの合意が成立していたとは認められないから、被告会社は、原告に対し、基本給とは別に深夜割増賃金を支払わなければならない。」
4.深夜業の方へ
以上のとおり、福岡地裁の判例は、所定労働時間の記載から深夜業であることが明らかなのだから、基本給には深夜割増賃金が含まれるという主張を排斥しました。
深夜業で勤務しているのに基本給しか支払われていないという方がおられましたら、一度、お手元の労働条件通知書(労働条件明示書面)、労働契約書、給与明細などを確認してみても良いと思います。
「基本給」といったような漠然とした記載しかない場合、通常の労働時間部分と深夜割増賃金の部分が判別できないとして、別に深夜割増賃金を請求できる可能性があります。
深夜業は物理的にも精神的にも負担の多い就労形態です。
釈然としない思いをお抱えの方がおられましたら、ぜひ、一度ご相談頂ければと思います。