弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

高校の合気道部の顧問によるセクハラ、被害者証言の信用性に疑問が呈される場面とは

1.被害者女性の供述の信用性

 私自身の実務経験の範囲で言うと、性犯罪でもセクハラでも、被害者女性の証言の信用性が崩れることは、それほど多くありません。

 虚偽供述で男性を犯罪者やセクハラの犯人に仕立て上げることには、心理的に大きなハードルがあるのが普通です。

 また、本当に被害を受けている事案ですら好奇・偏見に晒されることがあるのに、虚偽供述が発覚した場合に、当該女性が被るであろう不利益は計り知れません。

 法的措置をとることの負担感や、弁護士・検察官といった職業人がスクリーニングにかけることもあり、実際に被害を受け、かつ、相手方当事者からの反対尋問にも耐えられるほど迫真性をもって事実を語れるという事案しか、裁判所には上がってきにくいのではないかと思います。

 そのため、被害者供述の信用性に疑義が呈された判例は、決して多くはないのではないかと思っています。

 近時、セクハラ行為の存否を争点とする裁判において、被害者女性の証言を

「全幅の信頼性を置くことは困難」

と評価した事案が判例集に掲載されていました(大阪地裁平31.2.5労働判例ジャーナル88-46学校法人アナン学園事件)。

 講学的に希少な例でもあるため、裁判所が、どのような事情に基づいて被害者女性の証言の信用性に疑義を容れたのかを、ご紹介させて頂きます。

2.事案の概要

 本件はセクハラ行為を理由とする懲戒解雇・普通解雇の効力が問題となった事案です。

 原告は高等学校の教師で合気道部の顧問をしていました。

 P4は学校の生徒で、合気道部の部員でした。

 被告学校法人は、P4に対してセクハラ行為に及んだことを理由にP4を懲戒解雇し、その後、予備的に普通解雇しました。

 問題となったセクハラ行為としては、次の7項目が挙げられています。

(1)

「ツッコミでおしりを触られたことが何回もある。」「後ろ受け身の練習時、わざわざおしりを触ってきた。」
 原告は、平成27年10月中旬頃から、部活動以外の時間にP4と会話している際に、毎回P4の臀部を触った。その回数は数えきれないほどであった。
 原告は、後ろ受け身の練習の際、ほとんど毎回のようにP4の臀部を触った。特に、原告は、平成27年10月23日、後ろ受け身の練習の際に、P4の臀部を触り、P4と同学年の男子生徒から、「先生、それはセクハラとちゃうの。」と指摘されていた。
(2)

「20cm以内に顔を近づけて、離れても距離を縮めてくる。」
 原告が、部活動以外の時間にP4と会話している際に、P4の顔の20cm以内に自分の顔を近づけ、離れても更に近付けてきた。

(3)

「『彼氏はおるん?』『彼氏とどこまでした?』『ちゅーした?』など言ってきた。」
 原告は、平成28年7月20日、P4に対し、上記発言をした。

(4)

「『おへそに重心をかけて』と言いながらおへそあたりを触ったり、『女の子は子宮に気をつけなあかん』と言いながら、子宮あたりを触ってきた。」
 原告は、平成27年12月12日、P4と二人きりという状況を奇貨として、座って行う呼吸法の指導と称し、「おへそに重心をかけて」と言いながらおへそあたりを触ったり、「女の子は子宮に気をつけなあかん。」といいながら、P4の子宮周辺を触った。
(5)

 「今日調子悪いけど生理か?」と言ってきた。
 原告は、平成27年11月5日の部活動中に、P4に対し、上記発言をした。
(6)

 「『俺は下着はいてないねんで』とか『ほんまは下着はいたらあかん』と言ってきた。」
 原告は、平成27年10月31日、P4と二人きりという状況を奇貨として、P4に対し、上記発言をした。
(7)

 「『胸ないな』と言ってきた。」
 原告は、平成28年1月6日、合気道の練習中に、P4の道着の襟を必要以上に引っ張り、胸元をのぞき込み、P4に対し、上記発言をした。

3.裁判所の判断

 裁判所は次のとおり述べてP4の供述の信用性には全幅の信頼は置けないと判断しました。

(供述の信用性について)

「原告は、

〔1〕P4には虚偽の供述をする動機はなく、

〔2〕被害内容についてLINEのメモを残しており、

〔3〕供述内容に迫真性があり、

〔4〕被害を受けた時期の特定についてクラブノート(乙8)と符合するから、

P4証言に信用性が認められる旨主張する。
 しかしながら、

〔1〕上記認定事実(6)、(8)及び証拠(原告本人)によれば、P4は、SNSへの投稿を理由に平成28年度の単位取得ができず、このままでは留年することに関して、平成29年1月末頃には本件学校側と話合いを行っていたこと、P4は、当該話合いの帰りに本件メモを作成して、同年2月2日に本件学校に提出していることが認められ、また、本件学校においては、衛生看護科の単位を普通科の単位に読み替えることができないことから、衛生看護科から普通科への転科はできないはずであること(原告本人。なお、被告は、原告のかかる主張・供述に対し、反論・反証を行っていない。)、にもかかわらず、P4は、平成29年度から、普通科に転科していること(争いのない事実)、以上の点を踏まえると、P4には、被告の譲歩を引出し、転科を認めさせて留年を回避すべく、原告からセクハラ行為を受けたと虚偽の供述を行う動機がないとはいえない。

〔2〕LINEのメモについては、それが実際に存在することを認めるに足りる的確な証拠が認められない。

〔3〕P4は、法廷において、本件P4メモを書いた理由、本件各セクハラ行為を受けた時期やどのような状況で行われたかという核心部分について問われてすぐには答えられず、質問者の誘導に従って回答している場面も見られ、その供述が迫真性に富むと評価することはできない。

〔4〕被害を受けた時期の特定がクラブノート(乙8)と符合することは、P4がクラブノートを見た上で証言していること(証人P4)から当然であって、信用性を補強する事情とはならない。
 以上の点を踏まえると、P4証言について全幅の信用性を認めることは困難というほかない。」

(個別の行為について)

ア 本件セクハラ行為1について
(ア)被告は、原告が、部活動以外の時間にP4と会話している際に、毎回P4の臀部を触った、その回数は数えきれないほどであったと主張する。しかしながら、原告は普通科クラス担任の教員で、P4は衛生看護科の生徒であるところ(前提事実(1)イ、エ)、証拠(原告本人)によれば、普通科と衛生看護科は校舎も別棟であるため、原告とP4は、部活動以外の場面での接触はほぼなかったと認められるから、原告が、部活動以外の時間に、数えきれないほどP4の臀部を触るという事態は想定し難い。被告の主張は採用できない。
(イ)被告は、原告が、後ろ受け身(実際には「後ろ回り受け身」である。証人P4、原告本人。)の練習の際、ほとんど毎回のようにP4の臀部を触った旨主張する。しかしながら、P4自身が、後ろ回り受け身の練習の際に臀部を触られたのは1日であり、また、補助の際に触られたと証言しており(証人P4)、この限りにおいて原告の供述と一致するから、原告は、後ろ回り受け身の練習をした日に、P4の補助を行う際にその臀部を触ったという限度で認められる。そして、合気道は、身体的接触を伴う武術という性質から、練習の際にある程度の身体的接触が生ずることは避けられない上、原告が、故意に、性的意図をもってP4の臀部を触ったとまで認めることもできない(なお、上記認定事実(11)のとおり、P4は、上記行為が強制わいせつ罪に当たるとして原告を告訴したが、同被疑事件は嫌疑不十分により不起訴処分とされた。)。
イ 本件セクハラ行為2について
 被告は、原告が、部活動以外の時間にP4と会話している際に、P4の顔の20cm以内に自分の顔を近づけ、離れても更に近付けてきたと主張し、P4は、このような状況が会話するたびに数えられないほどあったと証言する(証人P4)。しかしながら、上記アで認定説示のとおり、原告とP4は、部活動以外の場面での接触はほぼなかったのであるから、原告が、部活動以外の時間に、数えきれないほどP4の顔の20cm以内に自分の顔を近づけ、離れても更に近付けてくるという事態は想定し難い。被告の主張は採用できない。
ウ 本件セクハラ行為4について
 被告は、原告が、平成27年12月12日午後0時頃、P4と二人きりという状況を奇貨として、座って行う呼吸法の指導と称し、「おへそに重心をかけて」と言いながらおへそあたりを触ったり、「女の子は子宮に気をつけなあかん。」といいながら、P4の子宮周辺を触ったと主張する。しかしながら、座って行う呼吸法(座法呼吸法)は、通常向かい合って正座し、相互に相手の両手をつかんで左右に転がし合う、あるいは倒し合うのであり(この点について、原告の主張とP4の証言は一致する。)、当該呼吸法の練習に当たって、腹部を触って指導することは考え難い。もっとも、「女の子は子宮に気をつけなあかん。」との発言は特徴的であり、これをP4が創作したとは考え難く、原告が、P4に対し、何らかの場面で、当該発言を行った可能性は否定できない。
エ 本件セクハラ行為6について
 被告は、原告が、平成27年10月31日、P4に対し、「俺は下着はいてないねんで」、「ほんまは下着はいたらあかん」と発言した旨主張する。証拠(原告本人)によれば、合気道の道着は、下履きを履いた上にはかまを履くところ、下履きが下着であり、更にその下に下着を着けるべきでないとの考え方があること、原告は、下履きの下に下着を着けないというスタイルを行う師範を見習い、また、練習中に汗で下着が濡れることを防げる面があることから、下履きの下に下着を着けないというスタイルを実践していることが認められる。原告は、下履きの下に下着を着ける、着けないはどちらが正解というものではないし、高校生の段階でそれを言うべきであると思っていないので、P4に対し、被告が主張するような発言はしていない旨供述するが(原告本人)、仮に、原告が、かかる発言をしていたとしても、それは、下履きの下に下着を着ける、着けないという道着のスタイルの問題について言及する一環の発言と認められ、セクハラ行為であるとの評価が妥当するとはいえない。
オ 本件セクハラ行為7について
 被告は、原告が、平成28年1月6日、合気道の練習中に、P4の道着の襟を必要以上に引っ張り、胸元をのぞき込み、P4に対し、「胸ないな。」と発言をした旨主張する。しかしながら、合気道で道着を引っ張る技はない上(この点について、原告の供述とP4の証言は一致する。)、P4が証言する練習内容も、どのような状況で原告がP4の胸をのぞき込もうとしたのかが明らかでなく、P4の証言のみから、このような出来事があったと直ちに認めることは困難である。

カ その他のセクハラ行為について
 以上検討したもののほか、P4が、原告から受けたと供述するセクハラ行為は、「彼氏はおるん?」、「彼氏とどこまでした?」、「ちゅーした?」(本件セクハラ行為3)、「今日調子悪いけど生理か?」(本件セクハラ行為5)との各発言である。

4.虚偽供述の動機、核心部分が語れない、内容が不自然

 被害者女性P4の供述の信用性に疑義が認められた結果、裁判所は、
「P4が、原告から受けたとするセクハラ行為は、『彼氏はおるん?』、『彼氏とどこまでした?』、『ちゅーした?』、『今日調子悪いけど生理か?』との各発言であり、これらについては、上記(1)で説示のとおり、全幅の信用性を認めることは困難なP4の証言のみに依拠するものであるが、仮に、原告が、P4に対し、これら及び上記(3)ウの『女の子は子宮に気をつけなあかん。』との発言を行った場合に、P4が不快に感じたであろうことは想像に難くない。もっとも、これらの発言と上記〔1〕及び〔2〕の事実があることをもって、原告に対し、労働者としての地位を失わせる以外の何らかの処分をもって自戒の機会を与えることなく直ちに解雇にまで踏み切ることは、原告が教師という立場にあることを踏まえても、客観的合理的理由を欠き、社会通念上相当であるとは認められないというべきである。」

と懲戒解雇のみならず普通解雇も無効だと判断しました。

 裁判所が指摘している主な事情は、①虚偽供述の動機、②語れるはずの核心部分がきちんと語れていない、③部活外ではほぼ接触がなかったという事実との整合性がとれないなど内容に不自然な点がある、といった形で整理できるのではないかと思います。

 ①虚偽供述の動機は相手方の内心の問題であるため、男性側には分かりにくいかも知れません。しかし、これを主張するにあたっては、何等かのイレギュラーな利益が発生していないかを調べることである程度カバーできるのではないかと思われます。

 後は、核心部分について詳細を語ることができるかを反対尋問で確認したり、女性の供述との食い違いが明らかになるような事実・生活実体を丹念に積み重ねて行くことが供述の信用性を崩す鍵になります。

 セクハラを理由とする懲戒処分の有効性が争われる場面など、女性の積極的な関与なく法的手続が係属する場合、女性の供述の信用性に法律家によるスクリーニングが働いているとは限りません。

 こうした紛争は、女性が原告になって起こす損害賠償請求事件や、検察官が起訴する性犯罪に比して、濡れ衣が問題になり易い類型といえるのかも知れません。 

 間違ってセクハラの犯人に仕立て上げられた時のダメージは甚大です。

 行為を争うような場面では、速やかに弁護士のもとに相談に行き、対策を協議することが大切だと思います。