弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

育児休業の取得と昇給抑制

1.育児休業の取得と昇給抑制

 定期昇給と一定期間の勤務継続を結びつけている会社は、珍しくありません。

 こうした賃金制度のもとでは、育児休業期間が勤務期間に含まれるのかが問題になることがあります。

 具体的に言うと、育児休業期間は勤務期間ではないとして定期昇給を実施しなかった会社が、育児休業を取得した従業員から、昇給の不実施は育児休業の取得を理由とする不利益取扱(育児・介護休業法10条違反)だと訴えられる形で問題になります。

 近時の公刊物に、育児休業期間を勤務期間ではない(不就労期間)とする取扱いの可否が問題になった判例が掲載されていました。

 大阪地裁平31.4.24労働判例1202-39学校法人近畿大学(講師・昇給)事件です。

2.問題となった定期昇給の仕組みと育児休業の関係

 近畿大学の給与規程には、

第12条(昇給)

1.昇給は、通常毎年4月1日に行う。

2.昇給の資格のある者は、当年4月1日現在在職者で、原則として前年度12か月勤務した者とする。

との規定がありました。

 そして、事件が発生した当時の育休規程(旧育休規程)には、

第8条

 休業の期間は、昇給のための必要な期間に参入しない。昇給は原則として、復帰後12か月勤務した直近の4月に実施する。

と定められていました。

 育休規程8条と給与規程12条をそのまま適用すると、育児休業を取得すれば、それだけで、育児休業を取得しないで働いている従業員と比して、定期昇給が抑制されることになります。

 このような仕組みが、

「事業主は、労働者が育児休業申出をし、又は育児休業をしたことを理由として、当該労働者に対して解雇その他不利益な取扱いをしてはならない。」

とする育児・介護休業法10条に違反するのではないかが問題になったのが本件です。

3.裁判所の判断

 裁判所は次のとおり述べて、上記のような仕組みは、育児・介護休業法10条で規定されている不利益取扱いであり、許されないと判示しました。

「育児休業法6条は、事業主は労働者による育児休業のことができないとしているが、事業主に対し、育児休業期間を出勤として取り扱うべきことまでも義務付けているわけではない。したがって、育児休業をした労働者について、当該不就労期間を出勤として取り扱うかどうかは、原則として労使間の裁量に委ねられている。」

「旧育休規程8条が、育児休業期間を勤務期間に含めないものとしているからといって、直ちに育児介護休業法10条が禁止する『不利益な取扱い』に該当するとまでいうことはできない。 」

「しかしながら、・・・給与規程12条に基づく定期昇給は、昇給停止事由がない限り在籍年数の経過に基づき一律に実施されるものであって、いわゆる年功賃金的な考え方を原則としたものと認めるのが相当である。」

「しかるに、旧育休規程8条は、昇給基準日(通常毎年4月1日)前の1年間のうち一部でも育児休業をした職員に対し、残りの期間の就労状況如何にかかわらず当該年度に係る昇給の機会を一切与えないというものであり、これは定期昇給の上記趣旨とは整合しない」

「少なくとも、定期昇給日の前年度のうち一部の期間のみ育児休業をした職員に対し、旧育休規程8条及び給与規程12条をそのまま適用して定期昇給させないことをする取扱いは、当該職員に対し、育児休業をしたことを理由に当該期間に不就労であったことによる効果以上の不利益を与えるものであって、育児介護休業法10条の『不利益な取扱い』に該当すると解するのが相当である」

4.一部でも働いていれば、年功賃金での定期昇給の機会から締め出すのは不適切

 裁判所が示した理論構成は、大雑把に言うと、

① 定期昇給的と一定期間の継続勤務を結び付けたり、育児休業期間を勤務期間に含めなかったりすることは、それ自体は違法とまではいえない、

② しかし、本件の定期昇給が年功賃金であることに鑑みると、年度途中に育児休業休暇が取得された場合に、働いていた期間に相応する功労まで吹き飛ばしてしまうような制度設計・運用をするのは違法だ、

というものです。

 定期昇給が年功的賃金であることを前提としたものではありますが、育児休業の取得者の立場に配慮した画期的な判断だと思われます。

 昇給の遅れによる効果は将来に渡って蓄積して行くため、長い目でみれば相当な不利益になりかねません。また、裁判は育児休業を取得しやすい仕組みへと勤務先の制度を改める契機にもなります(本件でも、裁判中に、育休規程8条は「育児休業中は、定期昇給を行わないものとし、育児休業期間中に定期昇給日が到来した者については、復職後に昇給させるものとする。」と改正されています)。

 育児休業を取得したために定期昇給の対象から漏れてしまい、釈然としない思いを抱えている方がおられましたら、ぜひ、一度ご相談頂ければと思います。