1.カスタマーハラスメント
近時、カスハラ(カスタマーハラスメント)という言葉を耳にすることが多くなっています。
成蹊大学法学部教授・中央労働委員会地方調整委員の原昌登氏は講演用のレジュメ上でカスタマーハラスメントを
「顧客や取引先からの著しい迷惑行為」
と定義しています。
https://www.mhlw.go.jp/churoi/roushi/h30seminar.html
https://www.mhlw.go.jp/churoi/roushi/dl/h301226-2.pdf
今年の4月24日に衆議院で行われた
「女性の職業生活における活躍の推進に関する法律等の一部を改正する法律案」
の付帯決議では、パワーハラスメント防止対策に係る指針の策定に当たり、
「自社の労働者が取引先、顧客等の第三者から受けたハラスメント及び自社の労働者が取引先に対して行ったハラスメントも雇用管理上の配慮が求められること」
を明記することが求められています。
http://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_rchome.nsf/html/rchome/News/kourou19820190424012_m.htm
マスコミでも取り上げられるようになっていますし、今後、カスタマーハラスメントへの取り組みは、進展して行くものと思われます。
https://www.nhk.or.jp/gendai/articles/4286/
近時の判例集に、生徒の親による教職員に対するハラスメントの成否が問題になった事案が掲載されていました。
東京地判平29.6.26判例タイムズ1461-243です。
親が学校にとっての顧客なのかには議論があり得ると思いますが、顧客に近い立場にあることは確かであり、少なくともカスタマーハラスメントの亜種として位置づけることは可能だと思います。
2.事案の概要
本件は、特別支援学校高等部の教員であった原告が、生徒の母親である被告が学校の管理職に対して受忍限度を超えた要望を行ったことにより、精神的に追い詰められ、新進に不調をきたし、退職することになったと主張して、慰謝料の支払いを求めた事件です。
具体的に何をやったのかですが、
「N(生徒 括弧内筆者)に対する一人通学指導等を実施することなどNの指導方法について要望したこと」
「校長らに対し原告をNの指導から外すこと」を要望したこと、
「Nの通知表から原告の名前を削除すること」を要望したこと、
「複数回に渡り原告の授業等を見学したこと」
が認定されています。
3.判決の要旨
裁判所は次のように述べて、原告の請求を認めませんでした。
「学校教育においては、学校、教員及び父母のそれぞれが、子どもの教育の結果はもとより、教員の指導方法を含めた教育の内容及び方法等につき関心を抱くのであって、それぞれの立場から上記教育の内容及び方法等の決定、実施に対し意見を述べ合いながら協力していくことが必要なものであるから、父母らが学級担任の自己の子どもに対する指導方法について要望を出し、あるいは批判することは許されることであって、その内容が教員としての能力や指導方法に関する批判に及ぶことがあったとしても、直ちに当該教員に対する不法行為を構成するような違法性があるということはできない。」
「本件全証拠をみても、被告が原告に対してNの指導方法について要望を出した際に原告に対する人格攻撃等があったとか、原告の授業等を見学した際に授業の妨害をおこなった等の事実を認めるべき証拠はない。被告が校長らに対しNの指導から原告を外すこと、Nの通知表から原告の名前を削除すること及びクラスの担任から原告を外すことなどを要望したことについても、被告は直接原告を糾弾等したわけではなく、事柄についての判断は学校長ら管理職に委ねられており、原告を学校から排除することを違法に要望したものと評価することはできない。」
4.人格攻撃・直接糾弾はダメ、管理職への要望は許容
純然たる私企業と顧客の関係とは異なり、学校教育の場合、親がサービス内容に意見を述べることが許容され易い立場にあるのは確かだと思います。
その意味で、批判を受ける側にとって厳しめの規範になっていることは割り引いて考える必要がありますが、裁判所は、
① 人格攻撃はダメ、
② 直接糾弾もダメ、
③ 管理職に要望を述べることは許容される、
との目安を示しています。
通知表からの名前の削除といった直観的にやや行き過ぎではないかと思われる要望が許容されたのは、学校教育という業務内容の特殊性(親も提供されるサービスを一緒に練り上げて行くことが求められているという特殊性)と、衆議院の付帯決議の趣旨に従って職場ないし管理職側で労働者に適切な配慮を行っていれば深刻な結果は避けられるのではないかとの衡量が働いたからではないかと思います。
カスタマーハラスメントの被害を受け、ハラスメントの主体を訴えようか悩んでいるか迷っている方がおられましたら、
① 人格攻撃をされたといえるかどうか、
② 直接的な糾弾を受けたのかどうか、それとも、管理職へのクレームに留まるのか、
を手続に踏み切るかの基準としてみても良いかもしれません。