弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

職場での録音が非違行為に該当しない場面/公務員の懲戒処分の取消訴訟が認容されやすい場面

1.消防職員に対する懲戒処分(停職6か月)の有効性が争われた事件

 消防職員に対する懲戒処分(停職6か月)の有効性が争われた事件が判例集に掲載されていました(岡山地判平31.3.27労働判例ジャーナル88-22)。

 一般論として、懲戒処分に対する取消訴訟で原告側が勝訴することは、それほど容易なことではありません。

 しかし、本件では停職6か月の処分は重きに失するとして、懲戒処分の取消が認められました。

 本件の判決文には、職場での録音一般の指針となりそうな判示事項が含まれています。

 また、公務員の懲戒処分の取消訴訟に関し、公務員側が勝訴し易い場面について一定の示唆を含んでいるように思われます。

 後者の点は公務員の労働問題という、やや特殊な領域の話ではありますが、前者の点は、一般の方が職場での録音を行うにあたっての指針として、広く周知されて良いのではないかと思い、本判決を紹介させて頂きます。

2.本件の非違行為

 本件で被告(東備消防組合)が懲戒事由として主張したのは、

〔1〕平成27年10月16日、連絡橋のない島の住民からの119番通報による救急要請(第1通報)に対し、一方的に電話を切り、救急隊を出動させないなど救急対応を行わず、再度の救急要請(第2通報)に対しても不誠実な対応をとるなど、住民に重大な事態が生じかねない不適切な対応を行ったこと。
〔2〕多数の職員に対し、上司との職務に関連する会話を秘密録音するよう強く勧めたこと。
〔3〕平成28年2月2日など、通信指令室勤務中に公用のパソコン(本件コンピュータ)を使用して動画サイトを視聴したこと。
〔4〕その他、住民に対して複数回にわたり不適切な対応をしたこと。

の四点です。

3.裁判所の各非違行為についての認定・評価

 裁判所は各処分理由について、次のような認定・評価をしています。録音との関係で重要なのは処分理由2の部分です。

〔処分理由1〕

「本件テキストにおいて、指令員は、119番通報について、通報者に対して不安を与えないようにするとともに、電話でのコミュニケーションが円滑に行われるよう、対面で対応するとき以上の丁寧な対応を心掛けるなどとされた上、通報者が動揺等しているときは、安心感を与えて落ち着かせつつ、常に冷静、沈着、迅速な対応を行うようになどとされている。」
「ところが、原告は、第1通報の際、第1通報者が家族の病状に動揺し要領よく説明できない状態にあるにもかかわらず、安心感を与えるような対応をせず、『ちょっと 関係ない話はどうでもいいんですよ』と言って一方的に第1通報者の発言を遮り、しかも、救急車を要請する旨の第1通報に対し、出動させるかどうかを伝えることなく切断している(前記1(6)ア、(8)ア)。このような原告の対応は、119番通報者に対する言動として丁寧さを欠くものである上、119番通報者をして救急車を出動してもらえるのかどうか不安にさせる行為といえ、119番通報に対する対応として極めて不適切なものというべきである。」
「また、原告は、第2通報の際も、第1通報によって救急車を出動してもらえるのかどうか不安に覚え救急車の出動の有無を確認してきた第2通報者に対し、『なによんですか おたくはほんまに そんなおこっていうことですか あの関係ないこと言われてもうちこまるんですよ』とまたもや冷静、沈着さを欠いた発言、第1通報者に対する自らの対応に非があるのにそれを顧みることもしない発言をしている(前記1(6)ウ)。このような原告の対応もまた、同様に、丁寧さを欠き、119番通報に対する対応として極めて不適切なものというべきである。」
「原告の対応は、事務処理に適正さを欠いていたといえ、救急車の出動遅延を招いたり、救急業務に対する通報者からの信用を損なったりしたもので、公務の運営に支障を与えたといえるから、本件標準例の『不適正な業務執行』に当たるというべきである。」
「したがって、処分理由〔1〕に係る行為が存在し、それは非違行為に該当するものと認められる。」

〔処分理由2〕
「被告は、原告は、P11を含む多数の職員に対し、上司との職務に関連する会話を録音するよう勧めたものであり(乙24、25)、原告の同行為は、本件標準例の『不適正な業務執行』『守秘義務違反』『職場内秩序びん乱』に当たる旨主張する。」
確かに、被告が主張するように、原告が、多数の職員に対し、何の理由も必要もないのに上司との会話を録音するよう強く勧めていたのであれば、それは職場内で無用な疑心暗鬼を生み、職員間の意思疎通の希薄化ひいては組織運営上の支障を生じさせかねないものであり、『職場内秩序びん乱』等に該当し得るものといえる。
しかし、前記1(5)イのとおり、P11が上司に対するパワーハラスメントを理由に懲戒処分を受けるような状況であったことからすれば、原告がP11に会話の録音を勧めた(乙25)のは、懲戒処分に対抗するための証拠保全を目的とするものであったと考えられるところである。原告が他の職員にも秘密録音を勧めていたとする点(乙24)についても、同様の目的からしたものである可能性を否定できないし、原告が秘密録音を多数の職員に強く勧めていたことを認めるに足りる証拠もない。」
「したがって、原告がP11らに対して上司との職務に関連する会話を録音するよう勧めたことをもって、本件規程の『職場内秩序びん乱』や『不適正な業務執行』に当たるとまではいえない。また、原告の上記行為をもって、『守秘義務違反』に当たるともいえない。
「したがって、被告の上記主張は採用できず、処分理由〔2〕に係る行為が非違行為に該当するとまでは認められない。」
〔処分理由3〕
「原告は、平成28年2月中の複数の勤務日において、休憩時間に、電源を消さないようにして使用していた本件コンピュータで有料動画サイト上の動画を視聴したものである。例え休憩時間とはいえ、職場のコンピュータである本件コンピュータをその職務に関連しない不適正な目的で使用すること、特に、本件コンピュータを有料動画サイト上の動画の視聴のために一定時間使用することが許されないことは当然である。そして、原告の上記行為が発覚したため、被告において、セキュリティシステムや情報管理システムを再検討せざるを得なくなったであろうことは、容易に推認できるところである。したがって、原告の上記行為は、本件標準例の『コンピュータの不適正使用』に当たるというべきである。また、原告の上記行為は、庁舎管理規則10条1項3号に違反するものであることも明らかである。」
「したがって、処分理由〔3〕に係る行為が存在し、それは非違行為に該当するものと認められる。」
〔処分理由4〕
「本件テキストにおいて、指令員は、119番通報について、通報者に対して不安を与えないように丁寧な対応を心掛け、動揺等している通報者を落ち着かせつつ冷静、沈着、迅速な対応を行うようになどとされている。」
「ところが、原告は、家族の急変に驚き慌て状況説明しようとしている5月30日通報者に対し、『それは状態とはちょっと違うんですけど』と突き放すような対応をしている(前記1(4)ア)。原告は、8月8日通報者に対しても、場所や氏名の確認をせず、通報者を落ち着かせようとする言葉をかけることもなく、『119番なんでこれでされると自動的にそういうことになるんですよ』と救急出動に関する不的確な回答をしたりしている(前記1(4)イ、乙28))。このような原告の対応は、119番通報者に対する言動として、やや丁寧さを欠き、不適切なものであったといわざるを得ない。」
「したがって、原告の上記各対応は、事務処理に適正さを欠いていたといえ、119番通報者からの救急業務に対する信用を一定程度損なうものであったといえるから、本件標準例の『不適正な業務執行』に当たるというべきであり、処分理由〔4〕に係る行為が存在し、それは非違行為に該当するものと認められる。」

3.懲戒処分に対抗するための証拠保全目的での録音は許容される

 無断録音に関しては、東京地立川支判平30.3.28労働経済判例速報2363-9甲社事件が、ボイスレコーダーを会社敷地内で持ち歩いていたことを非違行為として扱っています。

https://sskdlawyer.hatenablog.com/entry/2019/07/24/000740

 この裁判例が判例集に掲載されて以来、録音の許否のアドバイスは状況を慎重に見極めたうえでするようにしていましたが、非違行為になり得る録音と、許容される録音について一定の基準が示されたのは、予測可能性を高めるうえで意義深いことだと思います。

 懲戒処分など使用者側からの不利益取扱いに対する対抗としてであれば、録音は許容されるとのアドバイスに、判例上の根拠が与えられたことになります。

4.公務員の懲戒処分の取消訴訟が認容されやすい場面

 裁判所は懲戒処分の相当性を次のとおり総括しています。

「原告が本件各通報の対応について反省しているとはいい難い態度であったこと(前記1(8)ア)、処分理由〔1〕や〔4〕と同様に、119番通報者に対する不適切な職務執行等を理由に戒告を受けたという処分歴があること(前記1(1))等、原告の上記行為の前後における態度、懲戒処分の処分歴等諸般の事情を考慮しても、免職処分の次に重い停職6月(本件条例5条1項)という本件処分の量定は、懲戒事由に該当しない行為(処分理由〔2〕)を考慮したり、処分理由〔1〕の行為の性質、態様を、出動指令を出す意思がなかったものとして過大に考慮したり、各非違行為の結果、影響を適切に考慮しなかったりしたためにされたものといわざるを得ず、重きに失するというべきである。」
「したがって、本件処分の具体的量定を停職6月とした点については、懲戒権者である消防長の裁量権の行使に基づく処分として社会観念上著しく妥当を欠くものといえ、裁量権の範囲を逸脱して、これを濫用したものと認められる。」

 本件の判示は、取消訴訟が認容されやすい場面について、一定の示唆を与えてくれているように思います。

 具体的には、

① 処分が懲戒免職まで振れ切っていない場面、

② 多数の非違行為が挙示されている場面、

では処分の適法性を争いやすいのではないかと思います。

 最も重い懲戒免職にまで振れ切っていない処分は、微妙なバランスの上に成り立っています。処分の適法性を支える非違行為が複数ある場合、その一つでも切り崩すことができれば、懲戒処分の効力をぐらつかせることができます。

 その意味においては、非違行為がたくさんあることは、争っても無駄だというよりも、一つでも崩せれば芽が出てくるという意味において、法的措置をとる誘因になり得るのではないかと思います。

 上記の①、②にあてはまり、処分の効力に疑義があるとお考えの方がおられましたら、弁護士のもとに相談に行き、見解を聞いてみてもいいだろうと思います。