1.無期限謹慎処分?
ネット上に、
「吉本興業、スリムクラブと2700を無期限謹慎処分 反社会的勢力参加のパーティに出演」
という記事が掲載されていました。
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190628-00010000-huffpost-soci
記事には、
「吉本興業は6月27日、同社所属の『スリムクラブ』の真栄田賢と内間政成、「2700」の八十島宏行と常道裕史を、無期限謹慎処分にすると発表した。
吉本興業の発表によると、4人は3年ほど前に、知人の他社所属芸人を通じて、飲食店オーナーの誕生日パーティーに出演し、金銭を受け取っていたという。
このパーティーには反社会的勢力が参加していたといい、4人にその認識はなかったとしている。」
と書かれています。
しかし、この「無期限謹慎処分」とは、一体どういう処分なのでしょうか。
一般の方には分かりにくいのではないかと思います。法専門家である私にも、よく分からないからです。
2.労働契約上の懲戒処分なのだろうか?
(1)労働契約?
「無期限謹慎処分」に関しては、労働契約上の懲戒処分として理解しようとする考え方があると思います。
しかし、芸人さんと吉本興行との間では、契約書が交わされていないようなので、芸人さんと吉本興行との間の契約が労働契約なのかは分かりません。
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190625-00000139-spnannex-ent
(2)芸人さんに適用される就業規則はあるのか?
佐々木宗啓ほか編著『類型別 労働関係訴訟の実務』〔青林書院、初版、平29〕58頁には以下の記載があります。
「懲戒処分は、服務規律や企業秩序を維持するために、従業員の企業秩序違反行為に対する制裁罰として課される労働契約上の不利益措置として理解されるところ(菅野658頁)、その法的根拠に関して、最高裁判例は、労働者は労働契約を締結したことによって企業秩序遵守義務を負い、使用者は労働者の企業秩序違反行為に対する制裁罰として懲戒処分を課すことができるとしたうえで、懲戒権について、使用者が本来的に有する企業秩序を定立・維持する権限の一環ではあるものの、就業規則に明定して初めて行使できるものとした(最二小判平15・10・10集民211号1頁・労判861号5頁」
仮に労働契約であるとすれば、使用者である吉本興行が、労働者であるスリムクラブに対して制裁罰としての懲戒処分を課すことが可能な立場にあることは理解できます(懲戒対象行為を競業と理解しているのか、反社会的勢力と付き合ったことなのか、その両方と考えているのか、といった疑問はありますが)。
しかし、懲戒処分を課するには、懲戒権が就業規則に明定されている必要があります。芸人さんの働き方は、吉本興行の会社事務を担っている従業員さんとは相当異なると思われますが、芸人さんの働き方を規律するための就業規則は存在するのだろうかという疑問が生じます。
(3)周知性はあるのか?
また、上記文献で引用されている最高裁判例は、
「使用者が労働者を懲戒するには、あらかじめ就業規則において懲戒の種別及び事由を定めておくことを要する(最高裁昭和49年(オ)第1188号同54年10月30日第三小法廷判決・民集33巻6号647頁参照)。そして、就業規則が法的規範としての性質を有する(最高裁昭和40年(オ)第145号同43年12月25日大法廷判決・民集22巻13号3459頁)ものとして、拘束力を生ずるためには、その内容を適用を受ける事業場の労働者に周知させる手続が採られていることを要するものというべきである。」
と判示しています。
芸人さんが自分たちに適用される就業規則を知っていたという話は、私が接した報道からは聞こえてきません。就業規則に基づいて懲戒権を発動させたのだとすれば、その前提として、周知措置がとられていたといえるのだろうかという疑問も生じます。
(4)「無期限謹慎」の意味するところは? 永遠に休ませられる?
更に言えば、「無期限謹慎」とはどのような効果を持つ処分なのかも気になります。
出勤停止・停職と似たような理解になるのでしょうか。
そうだとすると「無期限」というのを、どのように理解したら良いのかという問題が生じます。
国家公務員の場合、国家公務員法83条1項が、
「停職の期間は、一年をこえない範囲内において、人事院規則でこれを定める」
と規定しており、停職期間は長くても1年を超えないことが法定されています。
使用者の裁量によって、いつまでも出勤停止・停職させておけるかのような懲戒事由を規定することが、果たして適法なのかという疑問も生じます。
「無期限謹慎処分」を労働契約上の懲戒処分として理解しようとすると、どのような法的根拠のもと、どのような効果が生じる処分が下されたのか、処分は適法要件・有効要件をきちんと満たしているのだろうかといった疑問が、次々に生じてきます。
3.事業者間での契約上の措置なのだろうか?
(1)競業避止義務・専属義務を契約書上の明確な規定もなく課することが可能か?
スリムクラブと吉本興行との関係は、労働契約ではないとすれば、事業者間での契約として理解されることになります。
しかし、労働契約の締結によって導かれる懲戒権とは違い、事業者間の契約では、一方が他方を処分できる権限が、当然に導かれるわけではありません。
競業避止義務・専属義務といった強度の制約を、契約書上の明確な規定もなく、業界の慣行というだけで負担させることが、果たして可能なのだろうかと思います。
(2)事業者間における「無期限謹慎処分」の効果とは?
「無期限謹慎処分」が、事業者間において、どのような法的効果を生じさせるものなのかという疑問もあります。専属義務は解除するけれど仕事を回さないということなのか、専属義務を負わせたまま仕事を回さないという意味なのか、良く分かりません。
(3)専属契約を維持したまま、無期限に仕事を回さないということが適法か?
専属契約を維持したまま、無期限(発注者の裁量で永遠に?)仕事を回さないといったことが、独占禁止法上許容されるのかといった問題もあると思います。
公正取引委員会が公表している「(平成30年2月15日)『人材と競争政策に関する検討会』報告書」には、専属義務について次の記載があります。
https://www.jftc.go.jp/houdou/pressrelease/h30/feb/20180215.html
https://www.jftc.go.jp/cprc/conference/index_files/180215jinzai01.pdf
「優越的地位の濫用の観点(前記第6の1⑶〔26~28頁〕)からも問題となり得る。専属義務は、役務提供者が他の発注者に対して役務を提供する機会を失わせている点において、役務提供者に不利益をもたらしている。したがって、役務提供者に対して取引上の地位が優越していると認められる発注者が課す専属義務が、役務提供者に対して不当に不利益を与えるものである場合には、独占禁止法上の問題となり得る。」
「不当に不利益を与えるものか否かは、これら義務の内容や期間が目的に照らして過大であるか、役務提供者に与える不利益の程度、代償措置の有無及びその水準、これら義務を課すに際してあらかじめ取引の相手方と十分な協議が行われたか等の決定方法、他の取引の相手方の条件と比べて差別的であるかどうか、通常の専属義務との乖離の状況等を考慮した上で判断される。」
と書かれています。
競業もできないまま、無期限に仕事を干されるという事態は、かなり大きな不利益だと思われますが、優越的地位の濫用との関係で許容されるのかという疑問が出てきます。
結局、事業者間での契約上の措置として理解しようとしても、「無期限謹慎処分」の法的根拠や、法的効果、その適法性に関しては、良く分からないことばかりです。
4.法令遵守には適用されるルールを明確にすることが重要ではないか
ルールが明確であることは、ルールを守る前提です。
法令遵守の前提としては、先ずは芸人さんと会社との間に適用されるルールをきちんと定め、何をしたら契約上問題となり得るのかを契約書で明確にすることが重要になってくるのではないかと思います。
反社会的勢力と関係が判明した場合に何等かの処分をするにしても、どのような法的根拠に基づいてどのような効果を持った処分をするのかを書面上明確しておくことが、大切ではないかと思います。