弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

育休明けに周囲への気兼ねからパート契約を結んでしまった(雇用形態の変更に応じてしまった)正社員の方へ

1.出産後に職場復帰する際に取り交わしたパート契約の効力が問題になった事例

 出産後に職場復帰する際に取り交わしたパート契約の効力が問題となった判例が公刊物に掲載されていました(東京地判平30.7.5労働判例1200-48 フーズシステムほか事件)。

 原告となった女性は、期間の定めなく雇用されていて、事務統括という役職を務めていました。

 第一子の妊娠、出産を経て、勤務先に復帰しようとしたところ、勤務先から

「勤務時間を短縮するためにはパート社員になるしかない」

と説明されました。

 原告女性は

「雇用形態が・・・パート社員へと変更され、賞与も支給されなくなることについて釈然としないながらも、出産で被告会社の他の従業員に迷惑を掛けているという気兼ねもあり、出産直後であり別の就職先を探すのも事実上きわめて困難な状況にあることも考慮し、有期雇用の内容を含むパート契約書に署名押印」

しました。

 本件では、こうした経緯のもとで締結されたパート契約の効力が争点になりました。

2.裁判所の判断

 裁判所は、次のように述べて、パート契約の効力を否定しました。

「育児休業法23条は、事業主は、その雇用する労働者のうちその3歳に満たない子を養育する労働者であって育児休業をしていないものに関して、労働者の申出に基づき所定労働時間を短縮すること(以下『育児のための所定労働時間の短縮申出』という。)により当該労働者が就業しつつ当該子を養育することを容易にするための措置(以下『育児のための所定労働時間の短縮措置』という。)を講じなければならないとし、同法23条の2は、事業主は、労働者が前条の規定による申出をし又は同条の規定により当該労働者に上記措置が講じられたことを理由として、当該労働者に対して解雇その他不利益な取扱いをしてはならないと規定している。これは、子の養育又は家族の介護を行う労働者等の雇用の継続及び再就職の促進を図り、これらの者の職業生活と家庭生活との両立に寄与することを通じてその福祉の増進を図るため、育児のための所定時間の短縮申出を理由とする不利益取扱いを禁止し、同措置を希望する者が懸念なく同申出をすることができるようにしようとしたものと解される。上記の規定の文言や趣旨等に鑑みると、同法23条の2の規定は、上記の目的を実現するためにこれに反する事業主による措置を禁止する強行規定として設けられたものと解するのが相当であり、育児のための所定労働時間の短縮申出及び同措置を理由として解雇その他不利益な取扱いをすることは、同項に違反するものとして違法であり、無効であるというべきである。
「もっとも、同法23条の2の対象は事業主による不利益な取扱いであるから、当該労働者と事業主との合意に基づき労働条件を不利益に変更したような場合には、事業主単独の一方的な措置により労働者を不利益に取り扱ったものではないから、直ちに違法、無効であるとはいえない。
「ただし、労働者が使用者に使用されてその指揮命令に服すべき立場に置かれており、当該合意は、もともと所定労働時間の短縮申出という使用者の利益とは必ずしも一致しない場面においてされる労働者と使用者の合意であり、かつ、労働者は自らの意思決定の基礎となる情報を収集する能力にも限界があることに照らせば、当該合意の成立及び有効性についての判断は慎重にされるべきである。そうすると、上記短縮申出に際してされた労働者に不利益な内容を含む使用者と労働者の合意が有効に成立したというためには、当該合意により労働者にもたらされる不利益の内容及び程度、労働者が当該合意をするに至った経緯及びその態様、当該合意に先立つ労働者への情報提供又は説明の内容等を総合考慮し、当該合意が労働者の自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在することが必要であるというべきである。」
「これを本件についてみるに、それまでの期間の定めのない雇用契約からパート契約に変更するものであり、期間の定めが付されたことにより、長期間の安定的稼働という観点からすると、原告に相当の不利益を与えるものであること、賞与の支給がなくなり、従前の職位であった事務統括に任用されなかったことにより、経済的にも相当の不利益な変更であることなどを総合すると、原告と被告会社とのパート契約締結は、原告に対して従前の雇用契約に基づく労働条件と比較して相当大きな不利益を与えるものといえる。」

「加えて、前記認定のとおり、被告Y1は、平成25年2月の産休に入る前の面談時をも含めて、原告に対し、被告会社の経営状況を詳しく説明したことはなかったこと、平成26年4月上旬頃の面談においても、被告Y1は、原告に対し、勤務時間を短くするためにはパート社員になるしかないと説明したのみで、嘱託社員のまま時短勤務にできない理由についてそれ以上の説明をしなかったものの、実際には嘱託社員のままでも時短勤務は可能であったこと、パート契約の締結により事務統括手当の不支給等の経済的不利益が生ずることについて、被告会社から十分な説明を受けたと認めるに足りる証拠はないこと、原告は、同契約の締結に当たり、釈然としないものを感じながらも、第1子の出産により他の従業員に迷惑をかけているとの気兼ねなどから同契約の締結に至ったことなどの事情を総合考慮すると、パート契約が原告の自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在すると認めることはできないというべきである。」

「原告が自由な意思に基づいて前記パート契約を締結したということはできないから、その成立に疑問があるだけでなく、この点を措くとしても、被告会社が原告との間で同契約を締結したことは、育児休業法23条の所定労働時間の短縮措置を求めたことを理由とする不利益取扱いに当たると認めるのが相当である。」
「したがって、原告と被告会社との間で締結した前記パート契約は、同法23条の2に違反し無効というべきである。」

3.周囲への気兼ねからパート契約を結んでしまった正社員の方へ

 法の趣旨からは疑義がありますが、育休明けに勤務時間の短縮を申し出たところ、雇用形態をパートに変更されたという話は、それなりに耳にします。

 こうした勤務先からの打診に対し、釈然としない思いを抱えながらも、周囲に迷惑をかけているのではという気兼ねから、雇用形態の変更を受け入れてしまう方は、決して珍しくありません。

 民法の意思表示理論のもとでは、誤解があるだとか、騙されただとか、脅かされたといった事情がない限り、契約の効力を否定することはできないのが原則です。

 しかし、労働法の世界では、錯誤、詐欺、強迫といった事情がなかったとしても、

「労働者の自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在する」とは認められない

という理由で、契約の効力を否定できる場合があります。

 フーズシステムズほか事件では、原告の方は、結局、勤務先から雇い止めされました。

 パート契約の有効性は、雇い止めの効力との関係でも問題になった争点です。パート契約が無効であることから、勤務先からの雇い止めの通知は解雇の意思表示として理解され、解雇は客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であるとは認められないとして、その効力を否定されました。

 雇用形態の変更は、職場から排除するための嫌がらせの一環で、雇い止めや解雇へと発展して行く可能性があります。

 フーズシステムほか事件の原告は、期間の定めのない嘱託社員の方ですが、裁判所の判示は正社員からパート社員への雇用形態の変更の場面にも応用可能です。

 出産からの復職を機会にパート契約に雇用形態を変更させられてしまった人、パート契約に雇用形態を変更させられたうえ雇い止めや解雇をされてしまった人で、釈然としない思いをお抱えの方がおられましたら、一度弁護士に相談してみても良いだろうと思います。

 地位の回復を図れそうな事案は、決して少なくないのではないかと思います。