1.障害のある職員に対する再任用拒否の可否が問題となった事件
障害(先天性のある知的障害及び自閉症)のある自治体職員に対する再任用拒否の可否が問題となった事例が、公刊物に掲載されていました(大阪地判平31.2.13労働判例ジャーナル87-75 地位確認等請求事件)。
公務員で、かつ、障害者という、労働事件の中でも比較的特殊な事件類型です。
2.欠格条項
本件では次のような経過が辿られています。
「先天性の知的障害及び自閉症を有する原告は、平成22年12月1日、任用期間を6か月として被告職員に任用されたところ、任用期間中である平成23年4月19日に保佐開始の審判を受けた。」
「被告は、任用期間満了後である平成23年6月1日以降の原告の任用を行わなかった(以下「第一次不再任用」という。)。」
「原告は、その後、保佐開始の審判の取消し及び補助開始の審判を受けたところ、被告は、平成23年12月1日、任用期間を6か月として原告を任用したが(以下「平成23年任用」という。)、その期間満了日(平成24年5月31日)以降の任用を行わなかった(以下「第二次不再任用」という)。」
原告となった方は、元々、平成18年6月1日から3か月ないし6か月の有期任用を繰り返していました。
第一次不再任用と第二次不再任用との間で一旦任用が中断しているのは、地方公務員法上の欠格条項が関係しています。
地方公務員法16条は、
「次の各号のいずれかに該当する者は、条例で定める場合を除くほか、職員となり、又は競争試験若しくは選考を受けることができない。
一 成年被後見人又は被保佐人
(以下略)」
と規定しています。
本件は、保佐開始の審判を受けて保佐人になったことが、任用の打ち切りの背景事情となっている点に特徴があります。
3.福祉施設が欠格条項が看過された疑い
(1)原告の方の支援は補助でも対応可能であった
被保佐人になったことによる任用の打ち切りを不適切と考えたのか、保佐人に選任された司法書士は、
「平成23年8月18日、原告の保佐人として、f家庭裁判所に対し、原告に対する補助開始の審判を申し立て」
ました。
これを受け、
「f家庭裁判所は、平成23年10月6日、原告について、保佐開始の審判を取り消すとともに、補助開始の審判をし」
ました。
これによって欠格条項への該当性が解消された後、平成23年任用がなされたという経過が辿られています。
(2)保佐開始の審判の申し立ての経緯
判決では保佐開始の審判の申し立ての経緯として、次のとおり書かれています。
「原告の父は、平成22年頃までに癌に罹患しており、この頃、余命宣告を受けた。なお、原告の父は、平成23年7月10日に死亡した。」
「原告は、平成23年3月22日、f家庭裁判所に保佐開始の審判を申し立てた。同日、同裁判所で行われた面接には、原告のほか、支援者で、原告が入居するグループホームを運営する社会福祉法人Aの代表者であるB代表、被告の職員であるケースワーカーのC職員らが同席した。」
(3)欠格条項の存在は申立にあたり、きちんと考慮されたのか?
判決文で触れられている事実は上述の程度であり、保佐開始の審判の申し立てに、福祉専門職がどの程度関与していたのかを詳細に確認することまではできません。
しかし、面接に同席している以上、社会福祉法人の支援者が、一定程度、申立に関与していたことは確かではないかと思います。
この時、支援者は、公務員欠格条項のことを、きちんと考慮に入れていなかった可能性があると思っています。
民法は後見制度について、三つの類型を設けています。
「精神上の障害により事理を弁識する能力を欠く常況にある者」を対象とする成年後見制度(民法7条参照)、
「精神上の障害により事理を弁識する能力が著しく不十分である者」を対象とする保佐制度(民法11条参照)、
「精神上の障害により事理を弁識する能力が不十分である者」を対象とする補助制度(民法15条参照)、
の三つです。
本件では、保佐開始の審判がなされて半年も経たない内に、保佐開始の審判が取り消され、補助開始の審判に移行しています。
こうした事実経過を考えると、原告となった方は、知的障害・自閉症があるといっても、元々、事理弁識能力が著しく不十分とまではいえず、単に不十分といえる限度に留まっていたことが推察されます。
被保佐人が公務員欠格条項に該当することを知っていたとしたら、障害者が長年勤務している職場を奪ってしまうような申立はしなかったと思います。
保佐か補助かが就労継続にあたり重要な意味を持っていることを踏まえ、障害の程度をもっと丁寧にアセスメントし、初めから補助を選択するように勧め、原告となった方の就労機会を奪うような経過は辿られていなかったのではないかと思います。
4.任用が途切れて、その後どうなったのか
任用が途切れた後、原告の方は平成23年に不更新条項付きで期間6か月の再任用を受けました。そして、6か月後、改めて再任用を拒否されました(第二次再任用拒否)。
第二次再任用拒否は、地位確認請求、国家賠償請求の両面から争われましたが、いずれの請求も認められませんでした。
5.地位確認-公務員の雇い止めの特殊性
民間の労働関係には、雇い止め法理と呼ばれているルールが適用されます。
これは労働契約法19条に根拠があるルールです。
大雑把に言うと、有期雇用であったとしても、
更新が反復されていて期間の定めのない労働契約と同視できる事情があるだとか、
契約が更新されることに合理的期待があるだとか、
そういった事情がある場合に、期間満了で契約を打ち切るにあたっては、客観的合理的理由・社会通念上の相当性が必要になるということを内容としています。
客観的合理的理由・社会通念上の相当性が認められない場合、労働契約は従前と同一の労働条件のもとで更新されたものとして扱われます。
しかし、公務員には雇い止め法理は適用されませんし、類推適用もされません。
任用拒絶が違法であることを理由とする地位確認を認めた例は、東京地判平18.3.24労働判例915-76情報・システム研究機構(国情研)事件が存在するのみですが、これも上級審で破棄されています。
本件でも、
「現行法の立場や民間労働類似の勤務実態等の原告指摘の諸点を踏まえても、任用期間満了後の任用(再任用)の拒否について解雇権濫用法理(雇止め制限に関する法理を含む。)が適用ないし類推適用される余地はないというべきである。」
と地位確認の方は、あっさりと棄却されました。
6.国家賠償請求
一旦任用を打ち切られてしまうと、現行の裁判実務上、地位確認請求を通すのは非常に困難です。
しかし、一定の場合には、国家賠償請求は可能だとされています。
本判決でも、
「任命権者が、期限付任用に係る非常勤職員に対して、任用期間満了後も任用を続けることを確約し保障するなど、同期間満了後も任用が継続されると期待することが無理からぬものとみられる行為をしたというような特別の事情がある場合には、当事者間の信頼関係を不当に侵害するものとして、当該非常勤職員がそのような誤った期待を抱いたことによる損害につき、国賠法に基づく賠償を認める余地があり得る(最高裁判所平成6年7月14日第一小法廷判決・裁判集民事172号819頁)。」
との理解が示されています。
しかし、本判決は、
「〔1〕被告が平成23年任用に至ったのは、再度の任用について一貫して拒否する対応を続けるも、原告支援者からの強い要望がなされた末の判断であったこと、〔2〕それ故、被告は、任用の際の臨時雇用員誓約書に本件不更新文言を設け、同文言について、原告に説明した上で同誓約書の提出を受けるなどしており、合意としての効力の有無にかかわらず、少なくとも原告に対し、任用が継続するか否かについて誤った期待(今後も任用は継続されるという期待)を生じさせないための明確な措置を講じていたといえること、〔3〕平成23年任用の任用期間中においても、原告について、今後任用が継続されるとの期待を抱かせるような被告の言動や具体的な出来事があったとは窺われないこと、以上の点が認められ,これらの点に鑑みれば、平成23年任用に関し、被告が、原告に対し、その期間満了後も任用が継続されると期待することが無理からぬものとみられる行為をしたというような特別の事情があるとは認められない。」
と述べて原告の請求を認めませんでした。
これは23年の再任用の経緯に着目した判断なので、同じく雇い止めにあったとしても、保佐開始の審判を契機とする中断期間がなければ、国賠の方は結果が変わっていたかも知れません。
7.専門職連携の重要性
第一次不再任用受け、
「原告の支援者であり、原告の所属する労働組合Fの執行委員長であるG委員長は、同年6月1日及び同年6月14日に、被告のb部d課室長であったH室長及びe会事務局長であったI事務局長と面談した。その際、G委員長らが原告を被告職員として任用することを求めたのに対し、H室長は、原告が地公法上の欠格条項に該当することになったため、公務員として任用することができない旨説明した。」
とされています。
裁判所は、欠格条項に関する役所の情報提供義務違反の主張に対し、
「第一次不再任用は、原告が地公法上の欠格条項に該当することを理由とするものではなく、飽くまでも、任用期間が満了したことを理由とするものである」
から問題ないとの認識を示していますが、上述の経緯に鑑みると、額面通りに受け取っていいのか疑問です。
大方、元々問題行動があって職場からの排除を企図していたところ、保佐開始の審判がなされたことをいいことに、欠格条項の存在を黙っていたうえで雇い止めを行い、組合から交渉を持ち掛けられるや、欠格条項を盾に任用継続を拒否したといったところではないかと思います。
実際、自治体は、欠格事由への該当性だけではなく、
「〔1〕女性職員の名札を至近距離からのぞき込む、〔2〕特定の女性職員に付きまとう、〔3〕トイレに人が入っているにもかかわらずドアを強くたたく、〔4〕勤務時間中に庁舎内を歩き回り他の部課に行く、〔5〕市庁舎内で走ったり、食堂で順番の列を割り込み市民からクレームが寄せられる、〔6〕公用車のボンネットをたたく、〔7〕自分の胸や顔を殴ったり壁を蹴ったりする。」
などの問題行動も踏まえて第一次不再任用を決めたと主張していました。
ただ、元々長年に渡って任用が継続されてきたことからすると、保佐開始の審判という分かりやすい口実がなければ、疎まれはするものの、原告の方が何事もなく就労を継続できた可能性は、それなりにあったのではないかと思います。
社会福祉法人の支援者の方が、保佐審判開始の申し立ての前に、一言、弁護士に法的観点からの意見照会をしていれば、本件は違った経過を辿っていたかも知れません。
欠格条項は、法改正によって削除されるため、
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO45820490X00C19A6000000/
https://www.cao.go.jp/houan/196/index.html
https://www.cao.go.jp/houan/doc/196_7shinkyu.pdf
本件と同じような事案は今後なくなって行くのでしょうが、専門職間での連携体制を構築しておくことの重要性が注意喚起される事案だと思われます。