弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

分限免職と病気(睡眠時無呼吸症候群、高次脳機能障害)、病気・障害はオープンにすべきか?

1.分限免職

 国や自治体には、公務能率を維持するため、適格性が欠如していたり、勤務成績が悪かったりする職員を免職することが認められています。これを分限免職といいます。

 地方公務員の場合、地方公務員法28条1項が、

「人事評価又は勤務の状況を示す事実に照らして、勤務実績がよくない場合」

「その職に必要な適格性を欠く場合」

には、職員の意向に反していたとしても、これを免職することができると定めています(同項1号及び3号参照)。

 勤務実績不良や適格性欠如を基礎づける行為が病気に基づいている場合、成績が悪いことや適格性に欠けていることを理由に職員を免職することが許されるのでしょうか。

 このことがテーマになった裁判例が、近時の公刊物に掲載されていました。

 大阪地判平31.1.9労働判例ジャーナル87-83大阪府事件です。

2.睡眠時無呼吸症候群、高次脳機能障害

 この事件で問題になった疾患は、睡眠時無呼吸症候群と高次脳機能障害です。

 高次脳機能障害というのは、怪我や病気で脳に損傷を負うことにより、記憶障害(新しい出来事を覚えられないなど)、注意障害(ぼんやりしていて、ミスが多いなど)、遂行機能障害(自分で計画を立ててものごとを実行することができないなど)、社会行動障害(思い通りにならないと、大声を出すなど)の症状が出て、日常生活や社会生活に制約がある状態を指す言葉です。

http://www.rehab.go.jp/brain_fukyu/rikai/

 弁護士実務上は、交通事故事件を処理する時などで直面することがある障害です。

 原告が病気・障害を持っていたことは、以下のとおり判決で認められています。

(睡眠時無呼吸症候群)

「原告は、住宅整備課在籍当時、職場で時々意識が飛んでしまうと周りから指摘され、睡眠時無呼吸症候群の検査を受けるよう言われたとして、平成17年6月、耳原総合病院の内科を受診した。」
「同病院における検査の結果、原告については、中等度の睡眠時無呼吸症候群であると診断され、同年7月からC-PAP(持続気道陽圧療法)を睡眠時に装着するという治療を開始したものの、装着が進まず、症状が改善しなかったため、原告は、平成18年5月頃を最後に同病院に通院しなくなった。」

「原告は、平成22年8月12日、P6総括補佐の付添いで、大阪回生病院睡眠医療センターを受診し、同病院のP8医師の診察を受けた。」
「同医師は、診察の結果、原告に対し、症候性てんかん、閉塞性睡眠時無呼吸症候群、心因性要因の可能性があり、検査が必要である旨説明したが、原告は、『人を病気にしようとしている』などと拒否傾向が強かったことから、原告の納得や理解を得ながら検査を進めていく方針となった。」
「同月19日、同センターにおいて、原告に対する脳波検査が実施されたが、異常は発見されなかった。」
原告は、同月26日、上記診察や脳波検査の結果等に基づき、軽度から中等度の閉塞性睡眠時無呼吸症候群との診断を受け、その後約2か月ごとに通院し、治療を受けるようになった。」
「その後、原告は、食事制限による減量や、マウスピースの装着を指示され、1年以上にわたる治療の結果、平成23年12月頃には、10kg以上の減量に成功するとともに、業務中の居眠りが全く見られなくなった。

(高次脳機能障害)

原告は、平成24年5月11日、やまぐちクリニックを受診し、平成25年1月17日付けで、P4医師から頭部外傷後遺症による高次脳機能障害と診断されたことが認められる。
「被告は、高次脳機能障害の診断基準(甲3、4)のうち、検査所見(MRI、CT、脳波等により認知障害の原因と考えられる脳の器質的病変の存在が確認されていること)の要件を欠くため、原告については、高次脳機能障害があるとはいえないと主張する。」
「確かに、やまぐちクリニックにおいて、原告に対する上記MRI等の検査が実施された形跡はなく(甲23の〔1〕)、P4医師の医学的意見書(甲12)によっても、同医師が上記診断をするに当たり、上記要件につきどのような検討を行ったのかについては必ずしも明確とはいえない。しかしながら、証拠(甲3、4)によれば、上記要件を満たさない場合であっても他の要件を満たす場合には、例外的に高次脳機能障害と診断されることがあり得るとされていること、原告が平成29年11月14日に受けた頭部のMRI検査の結果(甲28、29)によれば、脳挫傷後の小脳・脳幹萎縮という器質的病変の存在が確認できること、以上の点に鑑みると、原告には、高次脳機能障害があると認められる。したがって、被告の上記主張は採用できない。」
「また、被告は、平成24年7月13日に実施されたウェクスラー成人知能検査の結果(甲2、23の〔2〕)には、高次脳機能障害の主要症状すら認められないかのような記載がある旨主張する。」
「しかしながら、証拠(甲12添付の文献2)によれば、P4医師は、上記検査を高次脳機能障害の総合評価(高次脳機能障害では動作性知能[PIQ]が言語性知能[VIQ]に対し有意に低い場合が多い。)のために実施したことがうかがわれる。そうすると、P4医師が、原告について、上記検査の結果に言語性知能(VIQ)が高い旨の記載があることをもって、高次脳機能障害の主要症状が認められないと判断したとまでは認められない。したがって、被告の上記主張は採用できない。」
「以上によれば、P4医師による上記診断に医学的な合理性がないとまでは言い難く、原告には、頭部外傷後遺症による高次脳機能障害があったと認めるのが相当である。

3.判明している病気(睡眠時無呼吸症候群)は、勤務成績の良否を判断するにあたり考慮される

 分限事由には上司から注意を受けている最中に居眠りをしたことが指摘されていました。

 しかし、裁判所は、

「被告は、住宅整備課当時の分限事由として、原告が上司から注意を受けている最中に眠っていたことを挙げるが(別紙1〔5〕)、上記3で認定した事実関係によれば、このような原告の「居眠り」は、睡眠時無呼吸症候群という原告の疾病に起因するものであると認められ、原告は、同疾病について、少なくとも本件処分時までに治療を受け改善されていたと認められるから、同事実を勤務実績不良等の事情として考慮するのは相当ではない。

と病気による居眠りを勤務成績不良等の事情として考慮することを否定しました。

4.認識できない障害(高次脳機能障害)は、考慮されないまま処分されても、不服を言えなくなる可能性がある

 高次脳機能障害に関しては、被告大阪府において認識することはできなかったことを理由に、考慮しないまま処分をしても処分の効力には影響しないと判断しました。

 具体的には、

「原告は、障害のある職員の適格性の有無の判断に当たっては、障害に対する合理的配慮が提供されてもなお適格性を欠いているか否かが判断されなければならないとして、高次脳機能障害のある原告について、合理的配慮の欠如という事情を考慮せずにされた本件処分には裁量権の行使を誤った違法がある旨主張する。」
「しかしながら、被告において原告の高次脳機能障害という障害に応じた具体的な合理的配慮を提供するためには、少なくとも本件処分当時、被告において原告が高次脳機能障害であることを認識し、又は認識し得たことが必要と解されるところ、上記3で認定説示したとおり、被告は、本件処分当時、原告が高次脳機能障害であることを認識し、又は認識し得たとは認められない。そうすると、合理的配慮の欠如に関する問題点を指摘する原告の上記主張は、その前提を欠くものであって、失当といわざるを得ない。」

と障害を考慮すべきとする原告の主張を排斥しました。

5.障害はオープンにすべきか?

 高次脳機能障害は、非常に分かりにくい障害です。

 判決でも、

「原告主張に係る『その他の問題行動』については、高次脳機能障害のない者にも存在し得るものであること、高次脳機能障害は、『見えない障害』『見えにくい障害』と称されるように、他人はおろか家族であってもその障害を理解することは困難であるとされていること(甲12・8頁)原告の高次脳機能障害は、9歳の時に負った頭部外傷により生じたものであり(甲12・21頁)、被告の職員に採用された後に生じたものではないこと、にもかかわらず、原告は、高次脳機能障害を含む脳の異常について、本件処分時までに受診したいずれの医療機関においても具体的な指摘を受けたことがなく、家族等からも脳の異常の可能性について指摘されたことはなかったこと(原告)」

が指摘されています。

 このような分かりにくい障害を持った方は、ただ単に成績の悪い人・適格性に欠ける人ということで職場から排除されがちです。

 大阪府事件でも、居眠りの点を度外視しても勤務実績不良や適格性欠如は基礎づけられる、高次脳機能障害は分からないものは考慮できなくても仕方ない、という論理で、分限免職処分の効力は維持されました(原告の請求棄却)。

 病気や障害のような私事性の強い情報は、明らかにすることに抵抗を覚える方もいると思います。

 また、地方公務員法上、

「心身の故障のため、職務の遂行に支障があり、又はこれに堪えない場合」

も分限免職事由とされているため(地方公務員法28条1項2号)、病気や障害なら免職されないというわけではありません。

 しかし、睡眠時無呼吸症候群が勤務実績不良等を打ち消す事実になっていることからも分かるとおり、疾病や障害はオープンにすれば、ある程度きちんと配慮してもらうことは可能です。少なくとも、一方的に勤務実績不良・適格性欠如と切り捨てられることは避けられる可能性があります。

 高次脳機能障害などの見えにくい障害に関しては、障害を持っていることを本人も周りも気づいていないことがあります。

 子どものときに交通事故にあったなど、何らかの心当たりのある方は、専門の医療機関を受診することも一考に値するかと思います。