弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

日時を特定しない居眠りの主張・立証に意味はあるのか?

1.居眠りの主張・立証

 使用者側から解雇事由の一つとして、勤務時間中の居眠りを指摘されることがあります。また、残業代を請求した時に、「居眠りをしていたから払わない。」という反論が寄せられることがあります。

 しかし、大抵の場合、

「それでは、何年何月何日の何時から何時まで居眠りをしていたのか。」

と釈明を求めても、具体的な回答が返ってくることはありません。概ねのケースでは、「居眠りばかりしていた。」などという抽象的な主張が繰り返されたり、同僚と称する人物の「居眠りばかりしていました。」という趣旨の陳述書が出てきたりするだけです。

 こういう主張や供述には、日時が特定できなければ詳細な認否反論が不可能であることを指摘したうえ、単純否認していれば、裁判所から無視・黙殺してもらえることが多いように思われます。

 しかし、残念なことに、どれだけ無駄だと指摘しても、鸚鵡のように「居眠りをしていた。」という抽象的な主張を繰り返し述べられる事案に一定頻度で遭遇します。

 こうした事態に対応するため、引用できる裁判例がないかと思っていたところ、近時公刊された判例集に、参考になる裁判例が掲載されていました。大阪地判令2.3.27労働判例ジャーナル102-52 太平洋ディエムサービス事件です。

2.太平洋ディエムサービス事件

 本件は普通解雇の無効を理由とする地位確認の可否等が問題になった事件です。

 被告になったのは、顧客である官公庁や企業から、個人情報が記載された書面や個人情報に係る電子データを預かり、同データの加工、個人情報が印字された書面の封入等の作業を受託することを主要な業務内容とした会社です。

 原告になったのは、被告で従業員として雇用されていた方です。被告から普通解雇されたことを受け、地位確認等を求める訴訟を提起したのが本件です。

 被告が主張した解雇事由は幾つかありますが、その中の一つに、

「睡眠時無呼吸症候群を原因とする居眠り」

がありました。

 より具体的に言うと、被告は、

「原告は、平成27年8月頃以降、睡眠時無呼吸症候群の影響により、勤務時間中、頻繁に居眠りをするようなり、同月中、B取締役が何度も注意をした。原告は、同年9月、そのような居眠りにつき、睡眠時無呼吸症候群によるものであり、治療をしているので今後は改善する旨説明をし、その旨記載された同年10月2日付け診断書を提出したので、懲戒処分に付すことなく改善を待っていたが、居眠りの1日当たりの回数、時間が増え、約1時間近く眠っている日も少なくなかった。原告の居眠りは、職場の規律や業務遂行に影響を及ぼす程度のものであり、平成29年1月までのおよそ1年6か月間にわたって改善せず、原因である睡眠時無呼吸症候群は治癒していないのであるから、被告の就業規則上の解雇事由『精神もしくは身体の障害により、業務に堪えられないと認められるとき』(就業規則54条1号・・・)に該当する。」

と主張しました。

 これに対し、裁判所は、次のとおり述べて、居眠りを理由とする解雇を否定しました。

(裁判所の判断)

被告は、原告が睡眠時無呼吸症候群の影響により、勤務時間中、頻繁に居眠りをするようなり、その後においても、居眠りの1日当たりの回数、時間が増え、約1時間近く眠っている日も少なくなかったなどと主張する。

「そして、前記前提事実のとおりに認められる医師の診断内容等・・・に照らせば、原告が治療の継続を必要とする程度の睡眠時無呼吸症候群に罹患していたということはできるものの、被告主張に係る上記のような回数、時間に及ぶ居眠りがあったことについては、被告代表者の供述や被告従業員作成の陳述書・・・等があるほかに客観的な裏付け証拠はなく、他方で、これを否定する趣旨の原告の供述があることに照らせば、そのような居眠りがあった事実を認定することはできない。

「以上によれば、被告主張に係る『睡眠時無呼吸症候群を原因とする居眠り』の点については、その回数、時間等が『業務に堪えられない』との程度に至っているとの評価を可能とするだけの事実を認定できないから、被告主張に係る就業規則上の解雇事由への該当性が認められず、さらには、ほかにこの点を理由とした解雇に客観的な合理的理由があり、社会通念上相当であるとの評価を基礎付ける事実を認めるに足りる証拠はないというべきである。」

3.頻繁な居眠り、約1時間近く眠っている日も少なくなかった→✕

 裁判所は、客観証拠もない中で「頻繁な居眠り」「約1時間近く眠っている日も少なくなかった」といった抽象的な主張を行い、それを供述証拠で立証しようとしても、反対当事者から否認されれば、居眠りの事実を認定することはできないと判示しました。

 当たり前の判示だとは思いますが、個人的な実務経験の範囲で言うと、こうした当たり前の帰結を省みずに居眠りの主張をする使用者は一定数います。

 そのため、本件のような判示も、存外、参照頻度を持ってくるかもしれないなと思い、備忘を兼ねて紹介することにしました。