弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

分限回避義務

1.分限回避義務

 「分限」とは「公務能率を維持するための官職との関係において生ずる公務員の身分上の変動で職員に不利益を及ぼすもの」を言います(森園幸男ほか編『逐条 国家公務員法』〔学陽書房、全訂版、平27〕635頁参照)。

 国家公務員法上、

「官制若しくは定員の改廃又は予算の減少により廃職又は過員を生じた場合」

には職員を降任したり免職をしたりすることができるとされています(国家公務員法78条4号)。

 組織変更などによって余剰人員が発生した場合、それを整理することができるとするもので、民間で言う整理解雇に対応する仕組みです。

 民間の場合、整理解雇の有効性は、

「裁判例の集積により、①人員削減の必要性、②解雇回避措置の相当性、③人選の合理性、④手続の相当性を中心にその有効性を検討するのが趨勢である」

とされています(白石哲編著『労働関係訴訟の実務』〔商事法務、第2版、平30〕363頁参照)。

 公務員の分限の場面にも、こうした考え方を類推することができるのかは、古くから議論の対象となってきました。

2.安定しない裁判例

 古くから議論されている割に、余剰公務員を分限免職するにあたり、国や自治体が分限回避義務を負っているのかどうか、負っているとして、その内容をどのように理解するのかに関しては、これといった定説を見出すことができません。

 例えば、福岡高判昭62.1.29労判499-64北九州市病院局長事件は、地方公務員の分限免職の場面で、

「分限免職処分を回避するための措置として、余剰人員の配置転換を命ずる義務があるとすることは、任免権者の人事権、経営権を制肘することを認めることになり妥当でなく、ただ、過員整理の必要性、目的に照らし、任免権者において被処分者の配置転換が比較的容易であるにもかかわらず、配置転換の努力を尽くさずに分限免職処分をした場合に、権利の濫用となるにすぎない」

と分限回避義務に消極的な判断をしています。

 他方、大阪地判平27.3.25LLI/DB判例秘書搭載は、日本年金機構の設立に伴う旧社会保険庁職員への分限免職処分の適否が問題になった事案で、

「任命権者において、同処分を回避することが現実に可能であるにもかかわらず、同処分を回避するために努力すべき義務(分限回避義務)を履行することなく同処分をした場合には、当該処分は、任命権者が有する裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用したものとして、違法なものになるというべきである。」

と分限回避義務を積極的に位置づけています。

3.近時公刊物に掲載された裁判例

 そうした議論状況の中、近時、分限回避義務の内容について踏み込んだ判示をした裁判例が公刊物に掲載されていました。

 東京高判平30.9.19労働判例1199-68国・厚生労働大臣(元社保庁職員ら)事件です。

 日本年金機構の設立に伴う旧社会保険庁職員への分限免職処分の適否が争われる事案は、上記の大阪地裁のものに限らず、全国で頻発しています。東京高裁の事例も、その系譜に属する事件です。

4.分限回避義務に対する判断

 東京高裁は分限回避義務について、

「分限免職処分は、被処分者に何ら責められるべき事由がないにもかかわらず、その意に反して免職という重大な不利益を課す処分であるから、同号の解釈上、処分権者である社保庁長官等は、分限免職処分をするに至るまでの間に、『廃職』の対象となる官職に就いている職員について、機構への採用、他省庁への転任又は他の組織への就職の機会の提供等の措置を採るなど分限免職処分回避に向けた努力をすべき義務(分限免職処分回避努力義務)を負うものというべきである。このような努力の内容や程度については、法令上明文の規定はなく、基本的に社保庁長官等の裁量に委ねられているというべきであるが、社保庁長官等において、特定の職員について分限免職処分を回避することが現実的に可能であったにもかかわらず、そのために合理的に期待される努力を怠った結果、分限免職処分に至ったものと認められる事情があるときは、当該職員に対する分限免職処分は、裁量権の範囲を逸脱し、又はその濫用があった違法なものとして、取り消されるべきである。

とこれに積極的な評価を与えました。

 福岡高裁の昭和62年の判決のように「容易性」といった概念を持ち込んでいないことがポイントになります。

5.整理解雇の4要素との関係についての判断

 東京高裁は整理解雇の4要素と分限回避義務の関係について、

「いわゆる整理解雇の4要件(4要素)は、私的自治の原則が妥当する私人間の法律関係において、使用者による解雇権の行使を制限するために認められてきた解雇権濫用法理に基礎を置くものである。これに対し、憲法上、公務員を選定し、及びこれを罷免することは国民固有の権利であり(15条1項)、内閣は、法律の定める基準に従い、官吏に関する事務を掌理するものとされ(73条4号)、国公法に基づく任用関係にある国家公務員については、給与、勤務時間その他勤務条件に関する基礎事項が法律によって定められるという勤務条件法定主義が採用されている(国公法28条1項)一方、その公務員としての身分保障の見地から、分限処分をする場合の要件や手続が国公法及びその委任を受けた人事院規則において法定されており、職員の免職は、法律に定める事由に基づいてこれを行わなければならないとされている(国公法33条2項(平成26年法律第22号(同年5月30日施行)による改正前のもの。改正後は同条3項)のであるから、整理解雇の4要件(4要素)の法理の趣旨が参照されることがあり得ることはともかく、その法理が国家公務員に直接(類推)適用されるべきものと解することはできない。本件のように法律の改正による官制の改廃の結果、国公法78条4号の「廃職」が生じた場合においては、上記のとおり、「廃職」の要件は充足され、「廃職」の対象となる官職に就いている職員について、処分権者による分限免職処分回避のための努力がされた否かが問題となることは別として、人員削減の必要性自体は問題とならず、人選の合理性は分限免職処分回避努力や平等取扱原則等との関係で問題となることはあるとしても、それ自体が問題となるとはいえない。

と判示しました。

6.分限回避義務の主体についての判断

 東京高裁は分限回避義務の主体について、
「機構法に基づき設置された再生会議が取りまとめた最終整理は、機構に採用されない社保庁職員について、『厚生労働省及び任命権者である社会保険庁長官は、退職勧奨、厚生労働省への配置転換など、分限免職回避に向けてできる限りの努力を行うべきである』としていたのであり、政府も、最終整理を踏まえ、閣議決定した本件基本計画において、機構に採用されない社保庁職員については、『退職勧奨、厚生労働省への配置転換、官民人材交流センターの活用など、分限免職回避に向けてできる限りの努力を行う』としていたのであるから、本件基本計画を決定した内閣の構成員である上、公的年金事業の主任の大臣であり(厚労省は社保庁の廃止に伴いその業務の一部を引き継ぐことにもなる。)、社保庁をその外局に持ち社保庁長官の任命権を有していた厚労大臣も、本件基本計画に基づいて厚労省への配置転換を始めとした分限免職処分回避努力義務を負っていたというべきである。

と判示し、社会保険庁だけではなく、厚生労働大臣も分限回避努力義務を負うとしました。

 ただ、

「国家行政組織法上、国の行政事務は国の行政機関によって分掌され、所掌事務の範囲が法定されることになっていること、各行政機関はそれぞれの行政目的に従って活動しており、予算や定員による制約もあること、最終整理においても、分限免職処分回避努力を行うべき主体として厚生労働省及び社保庁長官のみを明示していることに照らすと、内閣及び全ての行政機関が社保庁長官及び厚労大臣と同列に直接具体的な分限免職処分回避努力義務を負っていると解することはできない。

と内閣までもが直接具体的な文言免職処分回避努力義務を負っていることは否定しています。

7.分限免職されたら

 組織変更による分限免職は、被処分者に何ら責任がなくても職を失ってしまうという不利益性の大きい処分です。

 旧社会保険庁の廃止に伴う近時の一連の紛争に関して言うと、裁判所は分限回避努力に積極的な位置づけを与えているように思われます。東京高裁が「容易性」といった考え方を採用せず、分限回避義務について踏み込んだ判断を示したことは注目に値します。

 東京高裁の判断は、後継組織の職員に移行させてもらえずに分限処分を受けた方に対して、分限免職処分の効力を争う足掛かりになるものだと思われます。