弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

相手方実家の借金を理由に婚約破棄できるか?

1.相手方実家の借金を理由に婚約破棄できるか?

 ネット上に、

「妊娠中の婚約者が『実家の借金、400万円を肩代わりして』婚約破棄できる?」

という記事が掲載されていました。

http://news.livedoor.com/article/detail/16450366/

 記事は、妊娠中の女性と交際している男性から相談を受けたという想定で、

「男性によれば、彼女は交際中、借金について一切、話をしなかったそうです。妊娠により結婚話が進んでから、突然に400万円の返済話が浮上。さらに彼女は『借金を返してくれないなら結婚には反対と親が言っている』などと言ってくるそうです。

男性は、彼女との結婚話を白紙にしたいと考えていますが、その場合『婚約破棄したとして、私が慰謝料を支払わないといけないのでしょうか』と聞いています。」

との設例のもと、婚約破棄の可否を論じています。

2.一方的な婚約破棄は可能か?

 回答者の弁護士の方は、

「結論から言えば、婚約を破棄しても、慰謝料は支払わなくてよいでしょう。

婚約者、配偶者だからといって、相手の実家の借金を肩代わりする義務はありません。今回のケースでは、借金も400万円と高額です。よほど高所得の方でない限り、自己破産などの債務整理手続をしてもやむを得ない大きな金額といえ、婚約破棄の正当理由になると考えられます。

ましてや、借金があるのは婚約相手自身ではなく、婚約者の家族ですので、そもそも肩代わりをする必要はないと思われます」

との見解を示しています。

 しかし、私の感覚では、本当かな? と思います。

3.場合を分けて考える必要があるのではないか

 この問題に関しては、場合を分けて考える必要があると思います。

 設例の彼女は、

「借金を返してくれないなら結婚には反対と親が言っている」

と言っています。

 重要なのは、その後の彼女の言動だと思います。

 具体的に言えば、

「だから、借金を肩代わりしてくれなければ結婚できない。」

なのか、

「だけれども、無理はしないで欲しい。肩代わりしてくれれば親は喜ぶと思うけれども、肩代わりしてくれなくても、私は貴方と結婚したい。」

なのかです。

 前者だとすれば、婚約を合意解約するわけですから、それほどの問題はないだろうと思います。

 問題は後者の場合です。

 親に借金があることは、彼女自身の責任ではありません。彼女と結婚したところで、回答者の弁護士の方が言うとおり、実家の借金を肩代わりする義務が生じるわけではないため、男性側に法的な不利益が生じるわけでもありません。彼女が婚姻意思を持ち続ける場合に、親の借金を理由に一方的に婚約を破棄できるかといえば、それはかなり難しいのではないかと思います。

4.離婚の場合との比較

 配偶者の親族との不和が離婚原因になるか否かに関しては、

親族との不和それ自体については必ずしも相手方の責任を問えないが、相手方自身、不和の解消のために必要な努力を怠ったとか、かえって親族に加担して配偶者につらくあたったというような事情があると、相手方の責任が問題になる。」

との理解があります(島津一郎ほか編『新版 注釈民法(22)親族(2)」〔有斐閣,初版,平20〕390頁参照)。

 二宮周平ほか『離婚 判例ガイド』〔有斐閣,第3版,平27〕59-60頁にも、

夫婦の一方と他方の親族の不和は、それだけでは5号(離婚原因のこと 括弧内筆者)にはあたらないが、配偶者の一方がその親族に加担したり、配偶者が親族との不和を解消する努力を怠った場合には、夫婦間の不和に発展し、5号に該当することがありうる」

と書かれています。

 婚約の破棄は離婚よりは緩やかに認められますが、裁判所には相手方自身の問題と相手方親族との問題をきちんと区別する傾向があります。

 そのため、親の希望を伝えはしたものの、それが叶えられなかったとしても、彼女自身には関係を継続する意思があるという場合にまで、親の借金を理由に一方的に婚約を破棄できるとする結論には違和感を覚えます。

5.肩代わりしてくれなくても結婚するという彼女に対し、一方的な婚約破棄はできないのではないか

 私の感覚では、親の借金を肩代わりしてくれなくても結婚したいという彼女に対し、所掲の言動があったことだけで一方的に婚約を破棄するのは難しい(一方的に破棄すれば婚約不履行として慰謝料を請求されかねない)のではないかと思います。

 親族の借金は飽くまでも親族の問題であって、彼女の問題ではないからです。

 婚約破棄の可否は、彼女が親族に加担してつらく当たってきた場合などに初めて問題になることではないかと思います。