弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

前科はいつまで就職に影響するのか?

1.前科の就職への影響

 ネット上に、

「刑務所にいた過去、会社に打ち明けたらクビ『社会の目があるから…』再起できず苦悩」

という記事が掲載されていました。

http://news.livedoor.com/article/detail/16417362/

 記事は、

「『刑務所に入っていた人を会社に置いておくのは、社会の目があるからちょと…』。宮原さん(30代・仮名)は会社でこのように言われ、職場を去った。

仕事を始めて2、3カ月経ったころに誘われた会社の飲み会で、服役していたことを打ち明けたのだという。」

との事例をもとに、前科の就職への影響を論じています。

2.前科が発覚することと解雇との関係性

 記事で回答者となっている弁護士の方は、

「前科がバレたら、解雇されても仕方ないのだろうか。」

との質問に対し、

「いいえ。必ずしも、そういうわけではありません。採用後、相当期間にわたって大過なく勤務した場合、経歴詐称の信義則違反は『治癒される』と言われています」

と回答しています。

 そして、

「今回の事例の場合はどうなのか。宮原さんは採用されてから2、3カ月後に刑務所にいたことを打ち明け、退職を迫られている。」

との問題設定に対し、

「勤務していた期間が短いため、いわゆる『治癒』論で労働者を救済するのはむずかしいでしょう。また、前科を自ら明かしている場合は個人情報保護法違反の問題にはなりません。」

そうすると、先の判例の存在からして解雇やむなしとなりそうです。

「しかし、前科が何年も前で、その後立派に更生している人を単に前科があるというだけで解雇することに合理性があるのか躊躇を覚えます。

「無論、前科が直近で、その犯罪が職務と関係するような場合などは解雇やむなしとなる可能性もあります。たしかに判例はありますが、今後はその前科の中身など慎重に判断されるようになるのではないでしょうか」

と回答しています。

3.前科が、いつのことなのか?

 基本的には弁護士の方の回答に問題はないと思います。

 しかし、回答者となっている弁護士の方も指摘しているとおり、「解雇やむなし」との結論を導くためには、当該前科が何時のことなのかを聴取する必要があったのではないかと思います。

 前科が何時のことなのかが分かれば、「解雇は違法無効である可能性が高い。」という真逆の結論になることもあると思われるからです。

4.「刑の消滅」の制度(刑法34条の2)

 刑法34条の2第1項は、 

禁錮以上の刑の執行を終わり又はその執行の免除を得た者が罰金以上の刑に処せられないで十年を経過したときは、刑の言渡しは、効力を失う。罰金以下の刑の執行を終わり又はその執行の免除を得た者が罰金以上の刑に処せられないで五年を経過したときも、同様とする。」

と規定しています。

 この条文は、

「いわゆる前科抹消の規定であり、刑に処せられた者につき、一定期間の善行の保持を条件として前科のない者と同様の待遇を受けることとしているものである。」

と理解されています(前田雅英編集代表『条解 刑法』〔光文堂,第2版,平19〕74頁参照)。

 懲役刑は「禁錮以上の刑」にあたります。

 つまり、服役を終えてから10年間、悪いことをせず刑事処分を受けなければ、法律上持つ効果としての前科は消滅することになります。

5.消滅した前科の不告知を理由とする解雇はやりすぎ

 裁判例の中には、刑の消滅制度を前提に、消滅した前科の不告知を理由とする解雇を許されないとしたものがあります。

 例えば、仙台地裁昭60.9.19労働判例459-40 マルヤタクシー事件は、

「刑の消滅制度の存在を前提に、同制度の趣旨を斟酌したうえで前科の秘匿に関する労使双方の利益の調節を図るとすれば、職種あるいは雇用契約の内容等から照らすと、既に刑の消滅した前科といえどもその存在が労働力の評価に重大な影響を及ぼさざるをえないといつた特段の事情のない限りは、労働者は使用者に対し既に刑の消滅をきたしている前科まで告知すべき信義則上の義務を負担するものではないと解するのが相当であり、使用者もこのような場合において、消滅した前科の不告知自体を理由に労働者を解雇することはできないというべきである。

と判示しています。

6.「宮原さん」(30代、仮名)の件も服役終了時期とその後の生活態度によっては解雇の効力を争える場合がある

 記事の「宮原さん」は30代、仮名となっています。

 例えば、21歳で懲役2年の判決を受け、23歳で服役を終え、その後、10年間に渡って真面目に生活し、35歳の時に問題の会社に入った、といったような事実経過が辿られていた場合、「消滅前科の不告知まで問題にするのは行き過ぎではないか」と解雇の効力を争うことも考えられると思います。

 回答者の方も「躊躇を覚えます」と留保はしていますが、服役終了時期を明確に聴取することなく、「解雇やむなし」と回答するのは少し早計ではないかと思われます。服役終了時期が何時かによっては、逆の回答になることも有り得るからです。

7.犯罪には手を出さないのが一番

 刑の消滅という仕組みはあるにしても、服役してしまうと、出所してからも10年間は前科者という経歴がつきまとってくることになります。

 かなり長く尾を引くことを考えると、就職との関係でも、やはり犯罪は割に合わないと思います。

 倫理的な観点からも、自分の身を大切にするという観点からも、犯罪には手を出さないことが大切です。