弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

家族関係・親族関係が解雇の可否の判断に与える影響

1.家族関係・親族関係が解雇の可否の判断に与える影響

 労使間に家族関係・親族関係がある場合、そのことは解雇の可否の判断にどのような影響を与えるのでしょうか。

 労使間に家族関係・親族関係があったとしても、労働契約法上の適用除外(労働契約法22条2項 使用者が同居の親族のみを使用する場合)に該当しない限り、

「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。」(労働契約法16条)

とのルールが効いてきます。

 家族関係・親族関係の存在がこのルールにどのような影響を与えるのかに関しては、三通りの考え方ができるのではないかともいます。

 一つ目は、解雇をしにくくする事情として位置づける考え方です。多少の逸脱があったとしても、家族関係・親族関係があることを前提とすれば、あまり目くじらを立てるのは適切ではないとする立場です。

 二つ目は、無関係だとする考え方です。家族関係・親族関係のような人的なつながりは、解雇の可否といったビジネスの局面においては関係ないとする立場です。

 三つ目は、解雇をしやすくする事情として位置づける考え方です。労使関係が同居の親族関係のみで完結する場合、解雇権濫用法理(労働契約法16条)を含む労働契約法の適用がなくなります。また、家庭内の不和が基盤にあると、解雇が無効だといったところで互いの鬱積した感情が清算されるわけではないため、正常な労使関係を回復することは難しいように思われます。こうしたことから、労使関係の清算を容易にするべきではないかとする立場です。

 具体的な法適用の場面で、いずれの考え方が採用されるのかは、

家族関係・親族関係の内容(親子間なのか、夫婦間なのか、遠縁の親族関係があるにすぎないのか)

や、

解雇事由の性質(家族関係・親族関係があることによって大目に見られるべき事情なのか、家族関係・親族関係があろうがなかろうが許容されるべきではない事情なのか)

によっても違ってくるのではないかと思います。

 親族関係が解雇の可否に与える影響は、一応、上述のような整理が可能だと思いますが、近時公刊された判例集に、家族関係・親族関係(正確には元夫婦であったこと)を解雇をしにくくする事情として位置づけた裁判例が掲載されていました。大阪地判令元.12.20 労働判例ジャーナル96-66 伊東商事事件です。

2.伊東商事事件

 本件で被告になったのは、質屋、リサイクル業等を目的とする株式会社です。

 原告になったのは被告の従業員です。原告と被告会社の代表者である被告bとは元夫婦の間柄です。協議離婚後も被告会社の従業員として稼働していたものの、被告会社から解雇を言い渡されました。この解雇の効力を争い、地位確認等を求めて被告会社を訴えたのが本件です。

 被告会社が設定した解雇事由は幾つかありますが、その中の一つが「異常な行動等」です。

 具体的には、

「原告は、平成28年6月17日、被告bが顧客を応接していた際、被告bが申込書を印字するよう指示したところ、応接の場に入ってきて『そんなものはない』等と述べるなど、不適切な対応をした。被告bとしては、顧客の面前でもあり、後日届ける旨説明の上で退出してもらわざるを得ず、引き続き、顧客の面前での言動をとがめたところ,突然、原告は机を蹴る、大声で叫ぶなどの異常な行動をした。」

ことです。

 原告は所掲の異常な行動を否認したものの、机を蹴ったという限度では粗暴な行動を認めました。

 これに対し、裁判所は、次のように述べて、解雇の有効性を否定しました。

(裁判所の判断)

「被告会社主張に係る本件解雇の有効性を基礎付ける事実のうち認定できるのは、顧客が退出した後、原告が、原告と被告bの間にあった机を蹴ったというものであり、その程度も不明であるといわざるを得ない・・・。これについて、被用者が使用者に対して粗暴かつ反抗的な態度を取ったということはできるものの、前記前提事実のとおり、原告と被告bは、離婚した元夫婦で、原告が被告会社の取締役を辞任した後において、なお雇用契約を締結するなどしてその人的関係が継続していたものであり・・・、両名間の二女もともに勤務していたという本件特有の事情の下・・・、粗暴なふるまい自体は戒められるべきであるとしても、親族内でのいさかいに準ずるような側面があることも否定できない。このような行為の性質、程度に照らせば、本件解雇の有効性判断において、これを大きく取り上げることは必ずしも当を得たものとはいい難い。
「このような被告会社主張に係る本件解雇の有効性を基礎付ける事実の存否及びその性質、程度を踏まえた評価等を勘案する限り、これによって、被告会社の代表取締役である被告bと離婚し、その後の取締役辞任を経てもなお、あえて期間の定めがない雇用契約の締結に至った原告に対してされた本件解雇については、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められず、その権利を濫用したものとして、無効であると認定することが相当であり、これに反する被告会社の主張は採用できない。」

3.元夫婦の事案ではあるが・・・

 本件は原告と被告の代表者代表取締役被告bが元夫婦であった事案であり、現に家族関係・親族関係が存在する場合の判断ではありません。

 しかし、親族関係が解雇の可否の判断にあたりどのように考慮されるのかを考えるうえで、参考になる事案であることは確かです。

 本件では解雇の可否の判断にあたり、元夫婦であるといった人的なつながりが、解雇をしにくくする事情になることを示しています。

 人的なつながりが労働契約のベースにある企業は少なくないと思われます。この一例があるから家族関係・親族関係がある場合に地位確認が通りやすいと言えるほど実務は単純ではありませんが、解雇の無効を主張するうえで、労働者が自説を補強するにあたっての材料にはなるだろうと思います。