弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

対象行為の説明のない指導書交付・ヒアリングにどのように対処すべきか

1.対象行為の説明がされない問題

 ハラスメントなどの非違行為で注意、指導等を受けるにあたり、対象行為が特定されないという問題があります。

 具体的に言うと「クレームを生じさせた」「ハラスメント行為に及んだ」などと抽象的に書かれた注意・指導書への署名押印を求められたり、対象行為を明らかにしてもらえないままヒアリングに召喚されたりする問題です。

 指導書に署名押印するのか否か、ヒアリングにどのような方針で臨むのかは、対象行為が分からなければ決めることができません。

 使用者が述べている対象行為が非違行為と言われても仕方がないものであれば署名押印して改善の意思を示すことになりますし、ヒアリングでも反省の意思を示して行くことになります。他方、使用者の認識する対象行為が事実無根であれば指導に理由がないことを示して行く必要があります。ヒアリングでも事実無根であることを具体的に説明して行くことになります。

 そのため、対象行為が特定されないまま、指導書への署名押印を求められたり、ヒアリングに呼び出されたりした場合、先ずは対象行為の特定を求めることが基本になります。

 しかし、私の実務経験上、使用者側が対象行為を明らかにする例は殆どありません。大抵の場合、使用者は対象行為の特定を徹底的に忌避します。懲戒処分の効力を争う訴訟を提起すればどうせ明らかにしなければならないため、秘匿には意味がないと思うのですが、そうした指摘で態度が変わることは先ずありません。

 対象行為が不分明であるにもかかわらず、指導書に署名押印してしまうと、大抵の場合、碌なことになりません。裁判所は「特定されていなくても、内容に心当たりがあったから署名押印したに違いない」という見方をします。ヒアリングも同様です。唐突に質問を浴びせられれば、しどろもどろになるのが通常ですが、裁判所はそれを「自分のことを尋ねられているのに分からないはずがない、話すことに拒否的な態度をとっているということは、なにかやましいところがあるのだろう」と判断します。もちろん、全ての裁判体にあてはまるわけではありませんが、こうした考え方をする裁判体は決して少なくありません。結果、使用者側の「対象行為は特定すべきではない」という確信を更に強まり、対象行為が明らかにされないという現実が作り出されます。

 こうなってくると、対象行為が特定されない場合、指導書への署名押印を断ることはもとより、ヒアリングにも「応じない」という対応方針をとることが現実味を帯びてきます。そうなると一定の軋轢や不利益取扱が予想されはするのですが、断っても断らなくても碌な展開が予想されないのであれば、

断って、

使用者側に過剰な認定、判断をさせて、

訴訟で使用者側の誇張を徹底的に問題視して行く、

という対応をとることに一定の合理性が生じてきます。

 近時公刊された判例集に、対象行為について説明がない指導書への署名を拒み、引き続きヒアリングにも欠席したこと等を理由とした懲戒解雇の効力が否定された裁判例が掲載されていました。東京地判令8.1.27労働判例ジャーナル172-46 公益社団法人地域医療振興協会事件です。

2.公益社団法人地域医療振興協会事件

 本件で被告になったのは、

地域保健医療を支援する病院の設置等を目的とし、d病院(本件病院)を経営する公益財団法人(被告教会)

本件病院のリハビリテーション科の科長(被告c)

の二名です。

 原告になったのは、被告協会との間で雇用契約を締結し、本件病院のリハビリテーション科の理学療法士として稼働していた方です。

 被告協会から懲戒解雇されたことを受け、その無効を主張して地位確認等を求めるとともに、被告cによるパワーハラスメント等を理由とする損害賠償を請求する訴えを提起したのが本件です。

 本件の被告は、

「原告は、患者からのクレームが突出して多く、被告協会の再三にわたる指導や指示にも従わなかったほか、勤務時間中に他の病棟をうろついたり、急性硬膜下血腫で入院していた患者をデイルームに放置して、患者の生命、身体を危険にさらしたりした。被告協会は、原告に対し指導書を交付したが、原告は、指導書への署名を拒否し、被告協会が業務命令として出席を求めたヒアリングも欠席した。

「これらの原告の言動は、職員の服務等について定めた本件就業規程20条、21条2項、10項に反し、同規程53条1号、3号、5号の懲戒事由に当たる。本件懲戒解雇は、客観的に合理的な理由があり、社会通念上相当なものであり、有効である。」

と述べ、懲戒解雇は有効だと主張しました。

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて、傍線部に係る原告の対応について「一定の理由があったものということができる」と判示しました。結論としても、懲戒解雇の効力は否定されています。

(裁判所の判断)

「使用者が労働者に対して行う懲戒は、労働者の企業秩序違反行為を理由として、一種の秩序罰を課するものであるから、具体的な懲戒の適否は、その理由とされた非違行為との関係において判断されるべきものである(最高裁判所平成8年(オ)第752号同年9月26日第一小法廷判決・裁判集民事180号473頁参照)。」

「これを本件についてみると、前記・・・で認定したとおり、被告協会は、本件懲戒解雇の理由として、

〔1〕原告が指導書に署名せず、被告協会から提出を指示された書面や弁明書を提出せず、令和5年4月17日のヒアリングにも欠席したこと、

〔2〕原告が勤務時間中に他の病棟を歩き回っていたこと、

〔3〕原告が急性硬膜下血腫の患者をデイルームに一人にし、患者の生命、身体を危険にさらしたこと、

〔4〕原告に関する患者からのクレームが突出して多いこと

を挙げているから、本件懲戒解雇としての解雇事由は、これらの非違行為であると認められる。」

「しかしながら、前記〔1〕については、原告において、患者からのクレームについて身に覚えがなく、被告cらに対しクレームの詳細な内容の説明を求めても、一切説明がなかった・・・というのであり、原告が指導書への署名を拒んだのもやむを得なかったとみる余地がある。また、ヒアリングの後に回答書の提出を求められた点についても、原告は、ヒアリングで後日回答すると述べた事実はないと主張しており・・・、本件全証拠によっても、原告が回答書の提出を約束していたかどうかは判然としない。さらに、原告が令和5年4月17日のヒアリングに欠席し、弁明書を提出しなかったのは、被告cらによるパワーハラスメントについての相談窓口の調査が完了するまでは、ヒアリングに出席したり、弁明したりする必要がないと認識していたからであり・・・、証拠・・・及び弁論の全趣旨によれば、上記の認識を被告協会の担当者にも伝えていたと認められる。以上によれば、原告が前記〔1〕の言動に至ったことには、一応の理由があったものということができる。

(中略

「本件懲戒解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当なものとはいえないから、無効というべきである。」

3.他の軽微な懲戒処分であったら分からないが・・・

 対象行為が告知されなかったとしても、ヒアリングに業務として応じることを命じられた場合、これを拒絶し切れるのかどうかは明確ではありません。

 しかし、対象行為を告知してくれない中で指導書への署名を拒み、その流れの中でヒアリングへの拒否が行われたにすぎない場合、これを理由に懲戒解雇するのは、やはり行き過ぎであるように思います。

 裁判所の判断は、指導書への署名やヒアリングに応じないことを理由に使用者が苛烈な処分を打ってきた時、これに対抗して行くにあたり参考になります。