弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

普通解雇であっても、疑念を明示的に説明した上でその言い分を聴取するなどの手続を経ていないことなどから解雇の社会通念上の相当性が否定された例

1.問題行為を理由とする普通解雇に弁明の機会付与は必要か?

 懲戒解雇を行うにあたっては、弁明の機会付与など適正な手続を踏むことが必要だと理解されています。例えば、水町勇一郎『詳解 労働法』〔東京大学出版会、第3版、令5〕600頁には、次のような記述があります。

「懲戒処分を行うにあたっては適正な手続を踏むことが必要である。労働協約や就業規則上,労働組合との協議や懲戒委員会(賞罰委員会)の開催等の手続を経ることが規定されている場合には,その手続を経ずになされた懲戒処分は原則として無効となる。懲戒委員会等では,事実関係を具体的に明らかにしたうえで,懲戒事由該当性や懲戒処分の必要性・相当性を具体的に検討することが求められる。これらの手続のなかで最も重要なのは,労働者(被処分者)に弁明の機会を与えることである。被処分者に懲戒事由を告知して弁明の機会を与えることは,就業規則等にその旨の規定がない場合でも,事実関係が明白で疑いの余地がないなど特段の事情がない限り,懲戒処分の有効要件であると解される

 これは飽くまでも一つの有力な学説であり、裁判実務上、必ずしも手続違反だけで懲戒解雇が無効になっているわけではありません。しかし、少なくとも懲戒解雇にあたり弁明の機会付与等の手続が不要だと言い切る見解は見たことがありません。

 しかし、普通解雇となると話が違ってきます。規律違反行為や問題行動を理由とする場合であったとしても、必ずしも弁明の機会付与が必要と理解されているわけではありません。過去、このブログの中で普通解雇でありながら弁明の機会付与や手続的相当性が解雇の可否を判断するにあたっての考慮要素となった裁判例を紹介したことがありますが、これらは比較的珍しい裁判例として位置付けられます。

服務規律違反を理由とする普通解雇と弁明の機会付与 - 弁護士 師子角允彬のブログ

懲戒解雇でなくても弁明の機会付与は必要?-能力不足を理由とする普通解雇の可否を判断するにあたり、手続的相当性(弁明の機会の欠如等)が問題視された例 - 弁護士 師子角允彬のブログ

 このような状況の中、近時公刊された判例集に、「疑念を明示的に説明した上で言い分を聴取するなどの手続」を経ていないことが、解雇の社会的相当性を否定するにあたっての考慮要素とされた裁判例が掲載されていました。一昨日、昨日と紹介している、東京地判令6.11.27労働判例ジャーナル159-50 Aston Martin Japan事件です。

2.Aston Martin Japan事件

 本件で被告になったのは、イギリスに本社を置く自動車メーカーの日本法人です。

 原告になったのは、被告との間で年俸を990万円とする期間の定めのない雇用契約を締結していた方です。被告から経歴詐称等を理由として解雇されたことを受け、地位確認等を求める訴えを提起したのが本件です。

 解雇の理由について、被告は、次のような主張をしました。

(被告の主張)

「本件解雇及び本件予備的解雇の理由は、原告が提出書類に偽りの記載をし、また虚偽の申告をしたことである。具体的には、〔1〕英国籍であるにもかかわらず、日本国籍であると偽ったこと、〔2〕前職における年間給与総額が約600万円にすぎないのに、約700万円であると述べたこと、〔3〕経歴書・・・に前職における地位(役職)が『デジタルプロジェクトマネージャー』であると記載したこと、〔4〕前職において、秘密情報の持出しを行っていたにもかかわらず、その事実を否認する本件誓約書を提出したことである。」

 裁判所は解雇理由〔1〕~〔4〕が解雇を正当化する客観的合理的な理由であることを否定したうえ、次のとおり述べて、その社会通念上の相当性も否定しました。

(裁判所の判断)

「被告は、令和5年5月10日に原告を即日解雇としたものであるところ、その時点においては、本件C文書もまだ受領しておらず、原告の経歴詐称や前職における情報の持出しを疑っていたにすぎない段階であり、原告に対して被告のかかる疑念を明示的に説明した上でその言い分を聴取するなどの手続も経ていないことや、被告による書類の追加提出の求めに対し、原告が被告の設定した期限までに求められた資料のほとんどを提出するなど、その対応に不誠実な点があったとは認められないこと等を踏まえると、本件解雇が社会通念上相当であると認めることはできない。

「本件解雇は試用期間中にされたものであり、解約権留保付きの労働契約において解約権が行使されたものと解されるが、解約権留保の趣旨、目的を踏まえても、本件解雇は、客観的に合理的な理由があり、社会通念上相当なものと認めることはできないから、権利を濫用したものとして無効である。」

3.普通解雇という文言は登場しないが・・・

 判決文の中に普通解雇という文言は登場しません。

 しかし、被告が解雇の根拠としたのは、就業規則の「試用期間」に関する条項です。

 懲戒解雇する場合には、懲戒権の根拠規定に基づいているはずなので、本件で問題となっている解雇は「普通解雇」と分類して良いのではないかと思います。

 退職金の支給と結びついている場合は別として、懲戒解雇だろうが、規律違反行為等を理由とする普通解雇だろうが、労働者に与える影響は大差ありません。等しく生活を糧を失うことになります。そうである以上、普通解雇であったとしても、規律違反行為等を理由とする場合には、基本的には弁明の機会付与等の手続が踏まれていて然るべきではないかと思います。

 過去私が紹介したのは静岡地裁沼津支部、福岡地裁の事案でしたが、これらに引き続いて東京地裁の労働部でもこうした判断がなされた意義は大きく、本裁判例は弁明の機会付与がされることなく行われた普通解雇の効力を争うにあたり、実務上参考になります。