弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

大学教授の定年延長-教授会の議決における白票の取扱い

1.白票の取扱い

 会議体で採決を行う時、白票の取扱いをどのようにするのかという問題があります。

 積極的に賛成ではないということで反対票と同じ扱いにするのか、積極的に反対ではないということで賛成票と同じ扱いにするのか、賛成・反対の母数から除外するのかという問題です。

 大学教授の定年延長との関係で、この問題を考えるにあたり参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。東京地判令3.7.1労働判例ジャーナル116-34 学校法人法政大学事件です。

2.学校法人法政大学事件

 本件で被告になったのは、法政大学等を運営する学校法人です。

 原告になったのは、被告との間で雇用契約を締結し、教授等として勤務してきた方です。

 被告では教員について65歳定年制が採用されていました。ただ、被告の就業規則等では、65歳に達しても、

「年度ごとに所属学部の教授会等の議決を経て定年を延長することができる。ただし、定年延長は、70歳となる日の属する年度の末日を限度とする。」

と最長70歳まで働けることとされていました。

 本件で問題となったのは、「教授会等の議決」の理解の仕方です。

 被告の就業規則等には、

「本件学部お教授会は、出席者の3分の2以上の議決によりこれ(定年延長 括弧内筆者)を決定する」

と規定されていました。

 原告の方が所属していた学部(本件学部)の教授会は、65歳に達する原告の定年延長について裁決を行ったところ、賛成票16票、反対票1票、白票9票(原告を除く出席者26名)という結果になりました。

 被告は26票の3分の2(約17.3)に相当する賛成票がなかったとして、定年延長が否決されたとし、原告を退職したものと扱いました。

 これに対し、原告が、教授会の議決は違法無効であると主張し、地位確認等を求める訴えを提起したのが本件です。

 本件の原告は、

「本件採決においてされた白票を投じる行為は、本件学部の規則に規定されていない投票行為であり、予想外かつ突発的に発生した異常な行為であった。本件採決の結果は、このような不適正な行為によるものであって、手続的に不正義なものである。」

「被告は、白票を含めた26票を基準に3分の2を算出していることから、実質的に白票を反対票として扱っていることになるが、白票も一つの意思表示であり、厳密には、積極的に賛成ではないが反対ではない、又は積極的に反対ではないが賛成でもないという2つの場合が想定される。そして、本件学部では、専任教員について65歳を定年とする規定があったものの、本人が希望し、人事委員会等の審査により可とされれば、70歳までの定年延長が認められるのが慣例となっていた。原告についても、人事委員会が原告の業績について吟味し、原告について余人をもって代え難いと評価し、定年延長を可とした上で、その旨の人事委員会の提案についての可否の判断が教授会に求められ、本件採決がされたものである。このように、本件採決は人事委員会等の審査の追認であるから、白票は、賛成票ではないとしても、積極的な反対票ではない以上、実質的に反対票として扱うべきではなかった。」

「したがって、本件採決における3分の2の計算の分母には、白票を算入すべきでなかったものであり、投票総数26票から白票9票を除外した17票を分母とすべきであった。そうすると、本件採決は、総数17票のうち16票が賛成票であるから、投票数の3分の2を超える賛成があったものである。」

と主張しました。

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて、原告の請求を棄却しました。

(裁判所の判断)

「前記前提事実及び認定事実によれば、本件学部における定年延長についての要件や手続について定める定年延長基準では、専任教員の定年延長について、定年延長希望者の意向と該当領域の合意を踏まえて設置された人事委員会が定年延長希望者の業績を審査し、更に執行部がその報告を検討して本件学部の教授会に付議するとされているところ、本件においても、原告の定年延長の議案が以上の手続に沿って本件教授会に付議されている。」

定年延長基準4項では、教授会は『出席者の3分の2以上の議決』により定年延長の可否について決定するものとされており・・・、白票の扱いには触れるところがなく、単に『出席者の』と規定されている以上、当該教授会に出席した者は、実際に賛成又は反対の投票をした者に限らず、白票を投じた者や棄権した者を含めて全て『出席者』に算入され、その出席者の人数を母数として、その3分の2以上の者が定年延長に賛成した場合に定年延長を可とする議決とすることを規定したものと解するのが相当である。
 これを本件についてみると、出席者27人のうち原告を除く26人が投票し、賛成票16票、反対票1票、白票が9票となり、26票の3分の2は約17.3となり、18票が必要であったところ、これに満たない16票にとどまったのであるから・・・、原告の定年延長は、定年延長基準に従った手続を経て、本件採決により否決されたものというべきである。

(中略)

「原告は、白票は規則上規定のない異常な投票行動であり、これに基づく本件採決は不正義である旨主張し、原告本人も、白票を投じることができないのは常識であり、これまでも白票が投じられたという話は聞いたことがない、本件採決前にF学部長が白票を投じないように発言した旨供述し・・・、証人Gも、F学部長がそのように発言した旨証言する・・・。」

「しかしながら、前記前提事実によれば、定年延長基準は、出席者の3分の2以上の議決によりこれを決定すると規定するにとどまり、投票に当たって白票を投じることを禁止する定めはなく・・・、過去の教授会等において白票の扱いを巡って紛糾等したことをうかがわせるに足りる証拠もないことに照らせば、F学部長が定年延長基準の定めのない上記内容の発言をする合理的由は見当たらず、上記各供述は採用することができない。また、仮にF学部長が上記内容の発言をしたとしても、同発言により白票の効力が左右されると解すべき理由もない。そうすると、白票が投じられたからといって本件採決が不正義であるとはいえず、それによって議決の効力に疑問が生ずるということもできないから、原告の上記主張は採用することができない。」

「また、原告は、本件採決は白票を実質的に反対票として扱ったものとして適正ではない旨主張する。」

「しかしながら、定年延長基準において『出席者の3分の2』と規定されている以上、当該教授会に出席した者は、実際に賛成又は反対の投票をした者に限らず、白票を投じた者や棄権した者を含めて全て『出席者』に算入され、その出席者の人数を母数として、その3分の2以上の者が定年延長に賛成した場合に定年延長を可とする議決とすることを規定したものと解するのが相当であることは前判示のとおりであり、白票を投じた者を出席者に算入して3分の2を算出した被告の扱いは相当である。したがって、この点に関する原告の主張も採用することができない。」

3.改正高年齢者雇用安定法の施行前の事案ではあるが・・・

 令和3年4月1日施行の改正高年齢者雇用安定法10条の2第1項本文は、

「定年(六十五歳以上七十歳未満のものに限る。以下この条において同じ。)の定めをしている事業主又は継続雇用制度・・・を導入している事業主は、その雇用する高年齢者・・・について、次に掲げる措置を講ずることにより、六十五歳から七十歳までの安定した雇用を確保するよう努めなければならない。

と70歳までの雇用確保の努力義務を規定しています。

 本件は改正高年齢者雇用安定法の施行前の事案であり、上記努力義務の導入が就業規則の解釈にどのように影響するのかは未知数です。

 しかし、白票を反対票と同じように扱い、可決要件が満たされていなかったとの被告の判断を是認した本件のような裁判例が存在することは、一応、頭に入れておく必要があるように思われます。