弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

宗教法人の労働事件-僧侶が「カルト教団」に入信したことは破門事由・解雇事由になるのか?

1.宗教法人に対する地位確認訴訟

 宗教法人に対する地位確認訴訟の可否が問題になった事件に、最三小判平11.9.28判例タイムズ1014-174があります。

 これは、宗教法人の代表役員の地位を罷免する懲戒処分を受けた僧侶が原告となって、罷免の無効を主張し、当該宗教法人を被告として地位確認を請求した事件です。

 この時、原告が主張したロジックは、大意、

罷免処分を行った法主は、法主の地位に就くための血脈相承という宗教上の秘伝を受けていない

ゆえに、法主の名のもとに行われた罷免は無効である、

といったものでした。

 最高裁第三小法廷は、

「本件は、宗教団体とその外部の者との間における一般民事上の紛争などとは異なり、宗教団体内部における教義及び信仰の内容を本質的な争点とするものであり、訴訟の争点につき判断するために宗教上の教義及び信仰の内容について一定の評価をすることを避けることができないものであるから、本件訴訟は法令の適用によって最終的解決を図ることのできないものであって、上告人の訴えを却下すべきものとした原審の判断は、是認することができる。」

「法律上の地位の確認を求める請求であっても、請求の当否を判断するために抗弁事実について判断することが不可欠であり、かつ、当該抗弁事実が宗教上の教義及び信仰の内容に係り裁判所がこれを審理判断することが許されない場合においては、抗弁事実のみを不適法として排斥することは許されず、当該訴えは不適法として却下されるべきものである。」

と述べ、この類の紛争は裁判所では取り扱えないとの判断を示しました。

 こうした判例があるため、宗教法人内で異端論争が発生して僧侶の地位を追われたという人から、

「何とかならないか。」

と相談を受けても、

「地位確認訴訟は難しいのではないか。」

というのが大方の弁護士の相談対応になるのではないかと思います。

 しかし、近時の公刊物に、僧侶が「カルト集団」に入信したことについて破門事由・解雇事由にはならないと判示した裁判例が掲載されていました。

 大阪地判令元.10.3労働判例ジャーナル94-54大岡寺・圓満院事件です。

2.大岡寺・圓満院事件

 本件は甲事件・乙事件二つの事件で構成されており、複雑な様相を呈しています。破門事由・解雇事由との論点との関係で整理すると、要するに、

被告圓満院の総本山圓満院門跡(本院)に勤務する被告bら(二つの事件が併合されている関係で紛らわしいですが、「被告bら」の表記で誤記ではありません)が、被告圓満院が行った普通解雇(本件解雇処分)の効力を争い、雇用契約上の地位を有することの確認

などを求めた事件です。

 この時、被告圓満院が主張した破門事由・解雇事由の一つが、

「カルト教団であり、被告圓満院らの教義に反する真和会に入信し、信者を勧誘するなどして、被告圓満院の本義に基づく義務に違反したこと」

でした。

 裁判所は次のとおり述べて、上記は破門事由・解雇事由とは認められないと判示しました。

(裁判所の判断)

「被告圓満院は、被告bらが、カルト教団であり、被告圓満院らの教義に反する真和会に入信し、被告圓満院内の各自の部屋で祭壇を作って神々を祀ったり、被告圓満院の僧侶を入信させようとしたことを破門事由ないし解雇事由として主張する」

(中略)

「この点、原告寺院ら(原告大岡寺と被告圓満院のこと 括弧内筆者)は、被告bらが入会していた真和会がカルト教団であると主張するが、これを裏付けるに足りる的確な証拠は存在せず、七人塚清瀧を信仰対象とするということ・・・以外にどのような団体として活動しているか明らかではないから、原告寺院らの上記主張を認めるに足りる証拠はない。
「また、・・・本件破門処分を決定した臨時役員会の議事録においては、被告bらが真和会に関与したことは破門の理由として明示されていない。この点について、証人g及び原告寺院ら代表者は、臨時役員会において真和会についても話し合った旨供述している。」
「確かに、被告bらが本件破門処分の前に枚方真和会を脱退した・・・ことからすれば、その頃、被告圓満院が被告bらの枚方真和会への所属を問題視していたことが窺われる。しかし、本件破門処分を決定した臨時役員会の議事録には、被告bらの破門処分・・・について、その前提となる被告圓満院の経営状況・・・、北海道別院及び被告両別院を含めた被告圓満院の経営強化・・・を含め、詳細な記録がなされており、専ら被告bらが宗務議会を発足した後、責任役員会に謝罪をしたにもかかわらず、本件公告書において、再度反逆行為等を行ったことについてのみ記載されている・・・ことからすれば、仮に臨時役員会で真和会に関する言及があったとしても、被告圓満院において議事録に記載するに足らない程度、すなわち、破門事由として取上げるに足りない軽微な付随的事情にすぎなかったことが推認される。
そもそも、真和会の構成員が平成15年ごろには、被告圓満院に集団得度に来ていたというのであり・・・、その頃、真和会について認識していたのであるから、仮に真和会の教義が被告圓満院の教義と相容れず、それにもかかわらず、被告圓満院の僧侶である被告bらが他の僧侶らを真和会に勧誘していたのであれば、被告圓満院の宗教活動に重大な支障を生じさせ得る事態であるから、被告圓満院において何らかの対応策を講じるはずであるが、実際には、被告圓満院が何らかの対応をしたと認めるに足りず、むしろ、その後も被告bらを僧侶として雇用し続け、前記のとおり、本件破門処分について協議した臨時役員会においてすら、被告bらの真和会での活動を破門事由として取り上げておらず、別件保全事件提起後の本件解雇処分になって、初めて真和会を解雇事由として主張し始めたものであって、被告圓満院が主張する真和会の実態とこれに対する被告圓満院の行動は整合しない。
「以上に加え、被告bらが、真和会について、いずれか特定の宗派を助長、促進することを目的とする組織ではなく、様々な宗派の信徒が集う親族会のような集まりにすぎないと主張し、その旨供述している・・・ことを併せ考慮すると、これ以上、被告圓満院と真和会の各教義の宗教上の相違等についての判断に立ち入るまでもなく、被告bらに破門事由・・・があったと認めることはできない。

 3.法律上の争訟性が争点となった形跡はないが・・・

 本件では、最高裁第三小法廷の事案とは異なり、法律上の争訟であることが争点化された形跡がありません。

 しかし、争点化されていないとはいえ、従来困難とされていた宗教法人内部の異端論争を端緒とする解雇事件について、裁判所での法的解決の途を開くものとして注目されます。裁判所は、

「宗教上の相違等についての判断に立ち入るまでもなく」

と言いながらも、

「真和会がカルト教団であると主張するが、これを裏付けるに足りる的確な証拠は存在せず」

「被告bらが、真和会について、いずれか特定の宗派を助長、促進することを目的とする組織ではなく、様々な宗派の信徒が集う親族会のような集まりにすぎないと主張し、その旨供述している」

などと真和会がカルト教団かどうかについての判断に踏み込んでいます。

 もちろん、カルト教団かどうかよりも、議事録の記載や過去問題視されていなかったことなどの事情が効いたのだとは思いますが、それでも本件が訴訟要件を満たす事件として普通に審理されたのは、画期的なことだと思います。

 労働事件は法文が抽象的なこともあり、常に最新の裁判例を追って行かなければ相談に適切な回答を出すことができません。裁判例のアップデートを常に意識している弁護士であるかどうかによって、法律相談への回答が異なることは十分に有り得ます。

 公刊物に掲載される裁判例には常識的な線から離れた珍しい判断だから掲載されるというものも多く、必ずしも一般化できるわけではありません。それでも、裁判例は権利保護のための確かな足掛かりになります。裁判例に依拠した主張は、少なくとも独自の見解であるといった理由で排斥されはしないからです。

 宗教法人から異端を理由に解雇されて困っている、法律相談に行ったけれども弁護士から解決は不可能と言われた、そうした方がおられましたら、ぜひ、一度ご相談に来て頂ければと思います。成果をお約束できるわけではありませんが、何とかできるかも知れません。