弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

職場での録音の許否-従来型のアドバイス「取り敢えず録音」は危うい

1.職場での録音

 労働事件を処理するにあたり、録音は重要な証拠になります。特に、ハラスメントをテーマとする訴訟では、立証の核になることも少なくありません。

 そのため、在職中の労働者からハラスメントに関する相談を受けた弁護士は、当面の対応として、しばしば加害者の言動を録音するように指示します。

 しかし、近時、職場での録音に消極的な評価を与える裁判例が散見されるようになっています。

 以前、このブログで紹介した東京地立川支判平30.3.28労働経済判例速報2363-9甲社事件は、そのはしりになるもので、

「被用者が無断で職場での録音を行っているような状況であれば、他の従業員がそれを嫌忌して自由な発言ができなくなって職場環境が悪化したり、営業上の秘密が漏洩する危険が大きくなったりするのであって、職場での無断録音が実害を有することは明らかであるから、原告に対する録音禁止の指示は、十分に必要性の認められる正当なものであったというべきである。」

と判示したうえ、使用者からの録音禁止の指示に従わなかったことを解雇の正当性を支える一つの事情として位置付けました。

https://sskdlawyer.hatenablog.com/entry/2019/07/24/000740

 また、昨年11月28日に言い渡されたジャパンビジネスラボ事件の控訴審判決(令和元.11.28労働判例ジャーナル94-1)も、会社の禁止に反して女性が執務室内で無断録音したことを、雇止めを正当化する事情として指摘して話題を呼びました。

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20191128-00010454-bengocom-soci

 報道されてから、どのような理屈で職場での録音に消極的な評価が与えられたのかが気になっていました。上述の労働判例ジャーナルという判例集から判決文を見ることができたので、高裁の論理構成を紹介したいと思います。

2.ジャパンビジネスラボ事件(控訴審)

 かなり複雑な事件ですが、関係する範囲で大雑把に要約すると、本件は育休明けに正社員から雇用期間1年の契約社員になった方が雇止めにあった事件です。

 会社から禁止されていたにもかかわらず、執務室内で録音を行ったことが、雇止めの理由になるかが争われました。

 裁判所は次のように述べて、労働者(一審原告)の録音行為を雇止めの正当性を基礎づける事情の一つとして認めました。

(裁判所の判断)

「一審被告は、平成26年9月27日付け注意指導書(甲17の8)により、一審原告に対し、信頼関係の確立に支障を生じ安心して働けなくなるなどとして、執務室内における録音を禁止するように指導し、実際にも、一審被告代表者は、一審原告に対し、面談や交渉の場面の録音は個別に許可するものの、執務室内における録音を禁止するように命じたことが認められる。」
執務室内の会話を無断で録音することは、一審被告のコーチングといった業務上のノウハウ、アイディアや情報等が漏洩するおそれがあるほか、スタッフが少人数であり、執務室も限られたスペースであること(原審における一審被告代表者本人尋問の結果)から、コーチ同士の自由な意見交換等の妨げになり、職場環境の悪化につながる一方で、執務室内の会話をあえて秘密録音する必要性もないから、一審被告において、一般的に執務室内の録音を禁止し、従業員に対して個別に録音の禁止を命じることは、業務管理として合理性がないとはいえず、許容されるものと解される。
「しかるに、一審原告は、一審被告からの指導を受け、一審被告代表者からも録音の禁止を命じられたにもかかわらず、あえてこれに従うことなく、執務室内における録音を止めなかったのみならず、自らが署名した誓約書を撤回すると述べたり、執務室内における録音をしない旨を約する確認書を自ら提出したにもかかわらずこれを破棄して録音をしたものであるから、このような一審原告の行為は、服務規律に反し、円滑な業務に支障を与える行為というべきである。
「これに対し、一審原告は、業務改善指導書等を交付されるなどして一審被告から不当な攻撃を受けたことから、自己の権利を守るために録音したとか、本件組合に伝えるために録音したとか、証拠として録音し、必要なものを除き、その都度消去し、目的外使用しなかったなどと弁解するが、組合に伝達するためであれば、メモ書でも足り、録音の必要性はなく、ボイスレコーダーを用いて執務室内の会話を録音していたのは、業務改善指導書の交付を受ける前の育児休業から復職した直後からであり、自己の権利を守るといいながら、結局、一審被告関係者らの発言を秘密裏に録音し、そのデータをマスコミ関係者らに手渡していたのであるから、録音を正当化するような事情はない。また証拠として録音したともいうが、本件では、一審原告は、一審被告に対し、正社員として再契約を締結することを求めているところ、それは就業環境というよりも交渉の問題であって、執務室内における言動とは直接関係はなく、仮に何らかの関連がなくはないとしても、執務室内における会話を録音することが証拠の保全として不可欠であるとまではいえず、結局、自己にとって有利な会話があればそれを交渉材料とするために収集しようとしていたにすぎないものである。」
「次に、前記認定事実のとおり、一審原告は、マスコミ関係者らに接触し、情報を伝え、録音データを提供した結果、

〔1〕男性上司から『俺なら、俺の稼ぎだけで食わせる覚悟で、嫁を妊娠させる』と言われた、

〔2〕育児休業終了後に子が保育園に入れば正社員に戻すとの条件で週3日勤務の契約社員として復帰し、その後保育園が決まったのに、上司は正社員に戻すことを渋り、押し問答の末に上記発言が出た、

〔3〕女性は社長とも話し合ったが、『産休明けの人を優先はしない』などと言われ、嫌なら退職をと迫られた、

〔4〕まさに社を挙げてのマタハラで、労働局の指導も会社は無視、

〔5〕女性の後に育休を取った複数の社員も嫌がらせを受けて退職した旨の報道がされ、録音データが再現されるなどしたものである。」
「このうち、

〔2〕の『保育園に入れば正社員に戻す条件があった』

との事実は真実でない上、『保育園が決まったのに正社員に戻すことを渋った』という事実についても、一審原告の説明でさえ、保育園はそもそも申込みすらしなかったというのであるから、保育園が決まったものではなく、保育園に子を預けることが決定したのに一審被告が正社員への再契約をしなかったというのは、真実ではない。」

「〔3〕については、一審原告の求めが、自己の都合のみを優先し、土日のクラス担当のみを希望し、夜間にある平日のクラス担当は考えていないという現実味のないものであったことから、一審被告代表者らが、クラスの担当について一審原告の都合のみを優先するわけにはいかない旨を説明したことがあるが、育児休業明けの者を優先しないとは述べていないのであって、これも真実ではない。また、一審被告は、退職を迫ったこともないから、嫌なら退職をと迫られたというのも、真実ではない。」

「〔4〕についても、一審被告は労働局の助言に従って一審原告と面談の機会を設けたものであって、労働局からの指導はなかったのであるから、労働局の指導を無視したというのは、真実ではない。」

「〔5〕についても、一審原告が育児休業取得後に複数の社員が嫌がらせを受けて退職した事実はないから、真実ではない。一審原告は、P3からのメールで女性従業員が辞める理由は、育児に専念するために育児休業期間の満了により退職した旨説明を受けたものであるし(乙81)、一審原告は、女性従業員らが面談を受け、圧迫さを感じたと言っていた旨供述するが、実際に本人に具体的な理由を確認したわけではない。」

「そして、このように上記報道された事実のほとんどが真実ではないことは、一審原告がした録音データや一審原告が取得した『労働局長の助言・指導処理票』・・・等からも明らかであるし、一審被告からも繰り返しその旨の指摘を受け、一審原告自身それに根拠をもって反論できたわけではなかったのであるから、一審原告も十分それを認識していたものというべきである。」
「そうすると、一審原告は、労働局に相談し、労働組合に加入して交渉し、労働委員会にあっせん申請をしても、自己の要求が容れられないことから、広く社会に報道されることを期待して、マスコミ関係者らに対し、一審被告の対応等について客観的事実とは異なる事実を伝え、録音したデータを提供することによって、社会に対して一審被告が育児休業明けの労働者の権利を侵害するマタハラ企業であるとの印象を与えようと企図したものと言わざるを得ない。
「これに対し、一審原告は、報道は匿名でされており、録音行為も証拠収集として許容されるものであり、実際、一審被告の秘密が漏洩したものではなく、一審被告に損害は発生していないなどと主張する。」
「しかしながら、ここで問題にされているのは、一審原告の不法行為の成否ではなく(実際に一審被告に損害を与えていれば、懲戒解雇の事由となる。)、企業秩序維持に反する行為を繰り返したことが就労の継続を期待する事由に当たるか否かであって、実際に、一審被告に損害が発生したかどうかはその判断に直接影響するものではない。そして、一審原告の録音行為は、マスコミ関係者らに録音データを提供するためのものとうかがわれる上、会社名を特定した報道がされたものではないとしても、他の情報等から一審被告を特定することも不可能ではなく、実際、一審原告は、周囲にその報道に関与したことを自ら明らかにしているのであるから、一審被告との信頼関係を破壊する背信行為であるとともに、一審被告の信用を毀損するおそれがある行為であることも否定することはできない。

(中略)

「一審被告代表者の命令に反し、自己がした誓約にも反して、執務室における録音を繰り返した上、職務専念義務に反し、就業時間中に、多数回にわたり、業務用のメールアドレスを使用して、私的なメールのやり取りをし、一審被告をマタハラ企業であるとの印象を与えようとして、マスコミ等の外部の関係者らに対し、あえて事実とは異なる情報を提供し、一審被告の名誉、信用を毀損するおそれがある行為に及び、一審被告との信頼関係を破壊する行為に終始しており,かつ反省の念を示しているものでもないから、雇用の継続を期待できない十分な事由があるものと認められる。」
「したがって、本件雇止めは、客観的に合理的な理由を有し、社会通念上相当であるというべきである。」

3.「執務室内」「交渉事項」「マスコミ」ときたら要注意

 判決文を読むと、執務室内で録音機を回したこと、一審原告が抱えていたのが交渉の問題であったこと、マスコミに録音データを提供する目的があったことなどが判断に影響しているように思われます。

 そのため、この裁判例は、

執務室内であったとしても、就業環境の問題に取り組むにあたり、訴訟における証拠の保全を目的として、訴訟においてのみ録音データを使う場合

まで射程に含むものではなく、マスコミを関与させず、ハラスメントに関する事案を裁判で普通に処理する場面にまで影響が及ぶことはないだろうと思います。

 ジャパンビジネスラボ控訴審判決に関しては、より事件に近い位置にいる複数の弁護士から高裁の論理と証拠から認められる事実との整合性について疑義が呈されていることもあり、その影響力の評価は、まだ固まっているとはいえません。

 ただ、そうはいっても、高裁レベル・東京高裁の裁判例を度外視して法律相談をすることには勇気が要ります。

 録音に関する判例法理は、今後、複雑な様相を呈して行く可能性があります。従来の「取り敢えず録音を。」といった素朴なアドバイスは、危うさを孕むものになりつつあるのではないかと思います。

 そのため、ハラスメントに関する証拠を集めるための録音を行うにあたっては、その許否や場面、音声データの使い方について、事前に弁護士と相談しておくことをお勧めします。